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44話

 天正九年 九月 箱根


 さてと、次は五ヵ条の訓戒状の三つ目からだな。

「みっつ。けっしておごるべからず。ぶをわきまえず、むりがたたればみをほろぼす。みずからのたちばを、じかくすべし」

「左様。三法師様には、まだ早いですが酒・女・博打で身を滅ぼす者は、大抵身の程知らずの愚か者ですな。しかし、これはあらゆる場面で応用が聞きます故、良く覚えておくように」

「はい! 」

 今回はちょっと採点甘めだったのか、『まぁ及第点』って顔をしている。

 まぁ幼児に借金云々は、ちょっと早すぎだよな。確かこれって、京の流行りに乗っかろうと分かりもしない茶器に手を出して、雪だるま式に借金抱えた奴がいたんだよな?

 多分、高い物は良い物って感じで、どんどん買い漁ったんだろうなぁ目に浮かぶわ。


 茶器って言えばじいさんが思い浮かぶけど、アレはコレクター魂に火がついただけだな。集めることに意味が有り、その後は知らんって感じ。

 前に安土城の私室に行った時、そこら辺に茶器が放置されてたしな。あれ、城と同価値ってんだから凄い話しだよ。

 そうそう、秀吉も茶器の価値は分からないけど、価値ある物だとは知っているって文に書いてあったっけ。案外そんなもんで良いのかも、下手に知ったかぶってもろくな目に遭わないよな。


「よっつ。けんやくをこころがけるべし。みずからのみえのために、たみをくるしめるべからず」

「左様。王たる者、民を蔑ろにしてはなりませぬ。確かに、王は民の上に立つ者ですが、それすなわち民無くば王足りえぬのです。決して、民を忘れてはなりませぬぞ」

「はい! 」

 これは、一番大事かもしれない。王様は国を豊かにしなければならないのに、重税を重ねて民を苦しめたら、田は荒れ国は荒れ最終的には滅亡してしまうだろう。それでは、本末転倒だ。

 人の上に立つならば、下の者を護らなくてはならない。そうじゃなきゃ、人はついてこないし国を治めるなど夢物語。

 戦だって、武士だけじゃ始められない。農民や商人など、多くの人の協力が勝利に導くのだ。

 北条家三代目当主北条氏康が亡くなった時、国中の民が涙を流したと言う。俺も、それくらい民に慕われる王様にならなきゃな! 中世ヨーロッパの傲慢な貴族みたいにはなりたくない。

 王になるから認められるのでは無く、民から認められたから王になるのだ。そのことを、肝に銘じて日々精進しよう。


「いつつ。しょうぶはかちすぎてはならぬ。かいしょうは、みかたのおごりやまんしんをまねき、みずからをあやうくする。ゆえに、かったときほどきをひきしめるべし」

「左様。勝ちが続くと、驕りが生まれ慢心から敵を侮るようになります。上様が今川義元を討ち滅ぼした際、義元は慢心していたから今川家は滅びたのです。まさに、勝って兜の緒を締めよ。三法師様も、常々忘れぬように」

「はい! 」

 勝って兜の緒を締めよ……か。聞いたことある言葉だったけど、氏綱の言葉だったのか。

 確か、じいさんが今川義元倒したのって桶狭間の戦いだっけ? 当時は、じいさんも弱っちかったから、まさか負けるとは思わず油断したんだろうな。まさに油断大敵、死にたくないし気をつけなきゃ駄目だ。

 しっかし、じいさんも無茶したよなぁ。じいさんも二度とやりたくないって言ってたし、結構ギリギリの戦いだったのかも。


「これは、多くの名将に通じるものがございます。かの武田信玄は、勝ち方にこだわりがございました。戦に勝つということは、五分を上とし、七分を中とし、十分を下とする。そう言い残しております」

「勝つのは当たり前として、五分の勝ちであったら今後も頑張ろうと励みになり、七分の勝ちで手を抜き怠け心が出てくる、そして完勝だと、敵を侮りおごりがでてくる……その怠け心や侮りが負ける原因になるのです。実に深い言葉、かの軍神上杉謙信も賞賛していたそうですな」

「なるほど……」

 面白い考え方だな。やっぱり、歴史に名を残す名将ってのは似通った考えになるのかな? 好敵手にまで褒められるなんて、かなり凄いことだ。

「三法師様も、自分なりの勝ち方を探してみると良いでしょう」

「はいっ! 」

 自分なりの勝ち方……か。今後の課題になりそうだな。



「どうやら、良く勉強しておるようですな。感心致しました」

 北条家五ヵ条の訓戒状、その全てを無事に言うことが出来たおかげで、どうやら師匠もご満悦みたいだ。

「氏康様は、氏綱様のご意思を継ぎ古今の名将に相応しい功績を挙げました。敵から国を護り、飢饉や災害、役人の不正などから民を護り名君と崇められたのです」

「領内の検地を行ない、諸役賦課の状態を徹底的に調査したことで多くの不正が摘発されました。そして、家臣団や領民の統制がより円滑に行われるように小田原衆所領役帳を作成し、詳細に記載しております。このおかげで、家臣団や領民の負担が明確になったのです」

「他にも、国人衆を監視し不正を防ぐ為に評定衆や目安箱を作成したり、税制改革も致しました。無論、一筋縄ではいかないこともございましたが、根気強く内政に励んだからこそ名君となったのです。三法師様も、より一層励むように」

「はいっ! 」

 師匠の言葉の節々に、強い敬意を感じる。余程、北条氏綱・氏康のことを尊敬していたのだろう。

 確か、師匠は氏康が亡くなった時に隠居してしまったと言っていた。高齢だったこともあるが、尊敬していた主君を失ってしまった悲しみで燃え尽きてしまったのかもしれない。

 そう考えると、良く俺を弟子に迎えてくれたと思うし、生ける伝説と謳われた師匠に認められたのかと思うと、自分に自信が持てる。

 やっぱり北条家に来て正解だった! まさに名君の鏡といえる人がいて、その人が残した善政の数々を直接学べるんだ。これ以上無い最高の環境と言えよう。

  気が付くと、既に辺りは暗くなっており、そろそろ夕餉の時間だろう。今回の授業は、かなり集中していたからか時間の流れが早く感じてしまった。

 今日は、もう終わりだろうし明日も頑張らないとな!

 


 この時の俺は完全に油断しきっていた。具体的には夕餉や温泉のことを考えるほどだ。そんな油断を、師匠が見逃す筈も無いことを俺は思い知るはめになる。


「それでは、第二問」

「えっ!? 」

 抜き打ちテストを乗り切ったと油断した瞬間に、無情にも第二ラウンド開始。

 まさに、油断大敵勝って兜の緒を締めよとはこのことだ。

「三法師様、どうかなさいましたかな? まだまだ終わりではございませぬよ? 」

 この時の師匠の顔を、俺は生涯忘れないだろう。

 ニヤニヤとコチラを見ている様子から、完全に狙っていたことが察せられる。しかも、冗談では無さそうなところが、より一層タチが悪い。


 この日、夜遅くまで明かりは消えなかったそうな。

 …………あのジジイ、いつかシバく!


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