43話
天正九年 九月 箱根
先日の話し合い以降、幻庵……いや、師匠と正式に師弟関係を結んだ。
それからはもう、一切容赦なく指導されたものだ。あのジジイ『自分の持つ全ての知識を捧げる』と言っただけあり、勉強になる話しを沢山聞けたのだが、その分拳骨の量が増えた。
このジジイ、まさかのスパルタ教育方式である。文字通り叩き込もうとしているのだ。
まぁ時間が無いから、仕方が無いことなんだが。
不幸中の幸いだったのは、この三法師ボディが高スペックだったことだろう。一度教えて貰ったことは、大抵直ぐに覚えられるから師匠も喜々として教えてくるのだ。
流石は、第六天魔王と甲斐の虎の孫だ。才能だけなら、おそらく日本史上最強かもしれない。
そんな才能マンな俺は、現在座禅をしていた。
いや、勿論反抗はした。時間無いんだから、とっとと政について教えてくれ……と。
「なぜざぜんをせねばならぬのだ? わたしはそうになるきはないのだぞ! 」
こんなもの意味が無い! っと、ささやかな反抗を見せたものの、拳骨一発であえなく撃沈されてしまった。
「三法師様は、いささか感情的になりすぎるところがございます。確かに、それで勝ち得た命や育まれた絆がございましょう。されど、この先々でも吉と出る保証もございません。ならば、物事を冷静に見通す心を鍛えなくてはなりませぬ。故に禅を組むことで、精神修行をしているのですよ」
むぅ……正論過ぎてぐうの音も出ない。
黙り込んだ俺の様子に、納得したと判断したのか師匠は諭すように頭を撫でてきた。
「三法師様、視野を広げなさい。怒りに身を任せ力を奮っても、本来の力は発揮されません。心を落ち着かせ物事の本質を見極めるのです。良いですか……大局を見据えぬ者は、王たる器とは言えませぬよ? 」
「うむ……」
これも年の功なのか、絶妙なバランスで飴と鞭を使い分けるからタチが悪い。
修行内容も、ちゃんとした理論の上で成り立っていることが分かるし、何より俺の為だと言われたら嬉しいやら恥ずかしいやらで、心中複雑である。
そんな訳で、昼間は精神修行、夜は座学といったスケジュールを繰り返す毎日、そろそろ座右の銘が明鏡止水になってきそうである。
王様になるより先に、悟りを開きそうな今日この頃、昼間にしては珍しく師匠に呼ばれた。
部屋に入ると、にこやかに微笑む姿が目に入り、これは説教では無いと安心したのも束の間、師匠によって気分は奈落の底に叩き落とされることになる。
「おや、来ましたね」
「おししょー、なにようでしょうか」
「うむ、本日は三法師様がどれ程まで、北条家の政を理解出来ているか確認致したく……」
「……え? 」
まさかの抜き打ちテストである。これには、俺も動揺を隠せないでいたが、ギロッと睨む師匠を見て慌てて姿勢を正す。
だが、どうしても額を滴る冷や汗が止まらない。
抜き打ちテストが好きな学生は、おそらくいないだろう。いたとしたら、サプライズ好きか特殊性癖保有者の二択だ。俺はマゾでは無いから、断固として拒否したい。
確かに、抜き打ちで知識がどれほどついているかチェックするのは、実に合理的だ。
定期試験のように、生徒達に猶予を与えなければ素の実力が測れるし、なにより生徒達に緊張感を与えることが出来る。
だが、頭では分かっていても、心情的に認める訳にはいかないだろう。抜き打ちテストなんざやった日には、その教師は生徒達の脳内でフルボッコにされて評価を落とし、卒業後には記憶の片隅へポイっだ。
「うむ、余裕そうですな。それでは、第一問」
『ちょっと待ってくれ!? 』そんな俺の葛藤なぞ、知ったことかと言わんばかりに、非情にも開始の合図が鳴り響く。
「北条家二代当主氏綱様は、氏康様へ五ヵ条の訓戒状を残しております。それを三法師様なりに、解釈してみせていただきます」
「うむ…………」
師匠の問いに対し、熟考を重ねる。五ヵ条の訓戒状自体は知っている。師匠が口酸っぱく教えてくれたおかげで、般若心経みたいにスラスラ言えるまである。
だが、自分なりの解釈ってのが難しい。分かりやすく且つ的確なモノにするには、ソレ自体を深く理解する必要があるのだ。それこそ、知らない人に教えられるほどに。
教科書通り覚えていたら、一生身につかないってことを教えたいのだろう。
俺は、考えを纏め終わり、一つ一つ順番に答え始める。
「ひとつ。たいしょうのみならず、かしんにいたるまでぎをおもんじること。くにをおおきくすることにとらわれ、ひとのみちをふみはずすべからず。ぎをおもんじ、こうせいにはじないおこないをすべし」
恐る恐る師匠の顔色を伺うと、満足そうに頷いていた。どうやら、合格点みたいだ。
「左様。国を大きくすることは確かに大事ですが、義無き行いはいずれ身を滅ぼし、国を傾けるでしょう。そうなれば、本末転倒でございます。三法師様は、賢王として偲び草で語られる人物になりなされ」
「はい! 」
そうだよな。自分勝手に暴虐の限りを尽くした暴君は、大抵国と一緒に滅びる運命だ。
正直、脳裏にじいさんの顔が写ってしまったが、見なかったことにしよう……うん。
「ふたつ。みぶんにとらわれず、ひとをはんだんすべし。ひとそれぞれにちょうしょとたんしょがあり、それをみきわめられるかはたいしょうのぎりょうしだいである。ひつようないひとなど、ありはしないときもにめいじよ」
これにも、師匠は満足そうに頷く。
「左様。これは、三法師様が常々心得ていることですな。学問を修め、才覚に秀でていると言われた者が武勇においては劣ることもあり、逆にうつけ者が武勇に優れていることもございます」
「優れた大将とは、身分に囚われずその者の長所を見出し、最大限活用出来る者を指します。三法師様は、身分に囚われない心を持っております故、後は目利きが出来るよう経験あるのみですな」
「はい! 」
これは、いわゆる適材適所だな。その人の長所を最大限に引き出す活用方法を、瞬時に見極めることは今の俺には無理だろう。経験あるのみだ!
身分や環境に囚われず、その人の長所を導く場所が必要だな。
……そう考えると、学校って最適なんじゃ?
義務教育受けてるだけで、この時代じゃ神童扱いだしな。
これが、前世みたいに全国各地で子供の教育を行えば、飛躍的に日本は発達するかもしれないよな。頭良い人が数人固まっても限りはあるし、沢山の意見があった方が知識も技術も発展するかもしれない!
天下統一したら、沢山学校を作ろうかな。その為には教師が必要だし、色々な大名家の軍師集めて教師を育成することから始めてみるか!
なんか昔、『民は馬鹿であれ』とか聞いたような気がするけど? まぁ気にしなくていいか。
これから先のことに思いを馳せつつ、師匠からの課題はまだまだ続く。




