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41話

 天正九年 八月 雪


 私は夢を見ていた。

 昔の……父と母が生きていた頃の夢を。

 長い長い夢を。



「おかあさ〜んっ! 」

「あらあら、もう雪ったら甘えん坊ねぇ」

 不安定な足取りで母の胸に飛び込む幼い私、懐かしいその光景はここが夢の中だと気付かされた。

 あの頃の私は目が悪く、外で遊んでいると日に焼けてしまう為、いつも家で母と一緒にいた。

 身体も弱く家の手伝いもあまり出来ない私だったけど、そんな私にも愛情を注いでくれる家族が大好きだった。


 私の家族は父と母、兄と私の四人家族。

 父は村一番の猟師で、その大きな手で撫でられるとゴツゴツして痛かったけど、それ以上に温かい気持ちになれるし、いつも優しく抱き締めてくれる母と兄さんも大好きだったよ。

 だから、そんな大好きな家族と違う私が大嫌いだった。髪の毛も肌の色も真っ白で、目は青く身体は脆い……家族や村の人達の姿とはかけ離れた見た目は、私だけがこの世界で孤立しているように思えて、悲しくて人知れず涙を流していた。

 そんな私をいつも慰めてくれたのは母だった。誰にも知られていないつもりだったけど、いつも母にはお見通しで涙が枯れるまで優しく抱き締めてくれたっけ。

「おかあさん、どうしてわたしだけみんなとちがうの? みんな、わたしのこといみこだって……」

「大丈夫よぉ雪は忌み子なんかじゃないわ。だって、雪が生まれてきてくれて本当に嬉しかったもの。こんな綺麗な髪の子、他にいないわ。みんな羨ましがっているのよ」

 優しく髪を梳いてくれる母に、めいいっぱい甘えられるこの時間が好きだった。母の温もりと共に愛情を感じられるこの時間が。

「雪、きっといつか貴女の全てを受け入れてくれる人が現れるわ。例え、世界中を敵に回しても貴女を守ってくれる……そんな素敵な人がね」

「ほんと? 」

「えぇ勿論よ! お母さん嘘ついたこと無かったでしょう? 」

「うんっ! 」

『ふ……ふふっ……あははははっ! 』

 幸せな時間だった。ずっとずっとこんな日々が続けば良いのに……そう願っていた。


 そんなちっぽけな願いすら、世界は認めてはくれなかった。


 ある雪の日、両親が死んでいた。

 朝起きると、昨日まで元気だった父も母も、もう二度と動くことは無い骸と化していた。

 その時は何も分からず、ただただ泣き叫ぶことしか出来なかった私を、兄さんが必死の形相で背負って連れ出してくれた。

 ……逃げ出した私達を、鬼のような形相で追いかける大人達を見て、馬鹿な私はようやく気付いたのだ。

 この人達に両親が殺されたことを……そして、両親が殺されたのは私のせいだということを。



 この日から、私の世界は灰色になった。

 何を食べても何を飲んでも味がせず、人の顔や景色でさえ色落ちていった。

 いっそのこと、何も感じなくなってしまえば楽だったのに、私への誹謗中傷だけはいつまでも頭に残り続けていて、泣きたくて仕方がなかった。



 何回目の引越しだっただろうか……両親が死んでから何度も何度も行く先々で迫害に会い、その都度誹謗中傷に晒された私はいつしか精神を病んでいった。

 殴る蹴るは当たり前、空腹で反抗する体力も無い私はもう心身共に限界だったのだ。

 だから、あんな取り返しのつかないことをしてしまった……この日の出来事を、生涯忘れることはないだろう。

「もう、どっか行って……」

「えっ? 」

「どっか行ってって言ってるのよっ!!! もう何なのよ! どうしてこんな目に会わなきゃならないのよ! 私が何をしたって言うのよ! 」

「…………雪」

 突然襲った金切り声に、兄さんは呆気にとられている。これは、ただの八つ当たりだ。何の意味もないことなのは分かっている。馬鹿で無意味で愚かな行いだ。そんなこと、分かっている筈だった。

 だけど、一度溢れてしまった感情は留まることを知らず、感情の赴くまま兄さんに暴言を浴びせてしまった。

「どうせ、あんたもうんざりしてるんでしょ? こんな化け物連れてるせいで、ろくに飯も食えず定住することすら出来ない! 父さんと母さんが死んだのだって私のせいよ! 全部全部全部全部ぜ……んぶ……わたしのせい…………もう、どっかいってよ……なんで、こんなわたしがいきてるのよ」

 あぁ……言ってしまった……こんな筈では無かったのだ、こんな筈では……。

 私にはもう泣きながら蹲ることしか出来ない。

 いくら後悔したってもう遅い。一度口に出した言葉は二度と無かったことには出来ないのだ。

 私はなんて醜いのだろうか……守って貰うことしか出来ない弱者の身で、不満を零して暴言を撒き散らかす。私は自分自身の手で、大切な家族を切り捨てたのだ。

 なんて救いようのない女だろうか……これでは、見捨てられて当たり前じゃないか。


 そんな愚かな私を、兄さんは優しく抱き締めてくれた。母のように温かく、父のように力強く抱き締められたソレは『決して離さない! 』そう言っているかのようで、自然と流れる涙を堪えきれなかった。

「なんでよ……あんな酷いこと言ったのに、なんで抱き締めてくれるのよ……」

「当たり前じゃないか。俺にとって雪は、化け物なんかじゃ無い! 大切な妹だよ」

 どこまでも、どこまでも優しく笑う兄さんを見ているのが辛くて仕方がなかった。

 私なんかがいなければ、きっと今頃父や母と笑いあって過ごせたんだ。結婚だって出来たかもしれないし、子供もいたかもしれない。

 そんな幸せな未来を奪った私を、どうしてここまで愛してくれるんだろう。

 そんな私の考えはお見通しなのか、優しく何度も何度も頭を撫でてくれた。

「雪は優しい子だ。父さん達が死んだのも、いま辛い生活をおくっているのも自分のせいだって責め続けている」

「けどね、雪はなんも悪くないんだよ。ごめんねぇ雪、怖かったんだろう? もし、俺が死んでしまったらって思ったのだろう? 」

「……うんっ! 怖いよぉ私のせいで、また家族を失うのが怖くて仕方がないんだよぉっ! 」

 だから、私をここに置いていってよお兄ちゃん。私がいなければ、きっと幸せな未来が待っている筈だから……。


「……馬鹿だなぁ雪は、約束忘れちゃったのか? 」

 兄さんの言葉に、ハッと顔をあげる。涙でくしゃくしゃになった兄さんを見ていると、あの日の約束が一気に脳裏を過ぎる。

 あの日……両親が殺されて、必死で逃げた先にあった洞窟で確かに約束したのだ。

『これからは、辛い時も悲しい時も嬉しい時もずっと一緒だ。二人なら、どんなことでも乗り越えられるさ。だから、ずっと一緒にいような』

『ずっと? 』

『あぁずっと一緒にいよう。約束だ』

『うん! 』


「あ……あぁ……ごめん……ごめんねぇお兄ちゃん」

 大切な大切な約束だ。なんで忘れていたのだろうか、二人で交した大切な思い出なのに。

「もう、怖くないか? 」

「うん、うんっ! 」

「そっか、良かったぁ。大丈夫だよ雪、いつかきっと雪を護ってくれる人が現れる。その時まで、お兄ちゃんが護るから、ずっとずっと傍にいるから、だから大丈夫だよ」

「う……うぅぅぅ……うぅわぁぁぁあああああああぁぁぁんっ!!! 」

 この日、灰色だった世界に色が一つ戻った。私は大切なモノを失わずにすんだのだ。

 そのおかげで、今まで生きてこられた。兄さんがいなかったら、私はここまで生き永らえることは出来なかっただろう。

 兄さんは私の大切な家族であり、私はそんな兄さんの妹であることを誇りに思う。



 そして、私達兄妹は運命の人に巡り会った。

 箱根で私達に襲った悲劇は、今まで見たことない規模で逃げ場なんて何処にも無かった。

 兄さんが頭を強く打たれ気を失ってしまった時、あぁここで終わりなんだ……そう、すんなり受け入れてしまった。

 どうせ死ぬなら、せめて兄さんと共に……。

 そんな絶望的な最中、私達に救いの手が差し伸べられた。


『やめよっ! 』


『ふざけるのもたいがいにせよ!!! じぶんたちとちがうからと、たしゃをさげすみ、おとしいれころそうとする。そんなみがってなかちかんをおしつけて、きさまらはずかしくおもわんのか! このおろかものめが! 』


『みずからのこうどうをかえりみず、たしゃをぎせいにし、あまつさえこうえいにおもえだと? しょうしせんばん! たしゃをふこうにしたうえでてにいれるしあわせなぞ、このわたしがゆるさない!!! 』


『あたりまえじゃ! おぬしはばけものなんかじゃない。ばけものがこんなにもうつくしいなみだをながすものか! おぬしはいきてよいのじゃ。わたしがめんどうをみる、あにとともにこい』


 三法師様は、瞬く間に民衆を説き伏せ場を収めてみせたのだ。あの私達を庇うように立たれた御姿と、その御言葉の数々を私は決して忘れはしない。

 夕焼けを背に両手を広げ民衆を威圧する様子は、普通なら小さなその背中を何倍にも大きく感じさせていた。

 そして、三法師様が放つ御言葉はどこまでも清く正しく美しかった。嘘偽りのない言葉は、灰色に塗りつぶされた私の世界に彩りを与えてくれたのだ。

 この人なら信頼出来る……そう、心の底から思えたからこそ、私の閉ざされた心が癒されていったのだろう。


 お母さん、いたよ! 私のことを護ってくれる人が本当にいたんだ。こんな見た目の私を、化け物の私を受け入れてくれる人がいたんだ……。

 こんな私を人間だと、生きて良いのだと言ってくれた。私達の境遇に、涙を流してくれた。

 三法師様は、私に生きる意味を教えてくれたんだよ。それが……どんなに嬉しかったか。


 お母さんお父さん、私いますっごく幸せだよ。

 だから、安心してね。いつかきっと、三法師様と兄さんと一緒にお墓参りに行くからね。


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― 新着の感想 ―
[一言] なぜこのコミュ力を化け物扱いして毛嫌いしている自分の母親に対して発揮できないのか。説教していて自分に刺さって来ない?おまいう的に。
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