37話
天正九年 八月 箱根
女将さんから話しを聞いた俺は、いつものメンバーと部屋で話し合っていた。
まぁ、内容が内容なので藤姫と甲斐姫は欠席でも良かったんだが、どうしてもと言うので参加することになった。
議題は勿論、狐憑きと評される白い少女だ。
聞き込みをしていても、少女の名前は一切出ず狐憑きとだけ認知されていたことから、まず間違いなくこれは忌み名だろう。
アルビノは、科学が発達した世界を知っている俺はなんとも思わないが、この時代の人達にはまるで理解の出来ないことだ。人は理解出来ないものを極端に恐れ、蔑み、排除しようとする。
もしかしたら、事態は一刻の猶予も無いかもしれないんだ。
「みんな、わたしはあのしろいしょうじょにあってみたい。いばしょをしらべてほしい」
「はっ……しかし、若様は何故かの娘に会いたいのでしょうか? あまり狐憑きと関わらない方が良いのではないでしょうか」
「そうですよ殿っ! 私共の警備をかいくぐって殿の背後に回るなど、尋常ではございません。ここは、慎重に立ち回った方が良いかと」
「うむ……」
俺のお願いに対して、やんわりと否定的な意見が出る。確かに新五郎や松の意見も一理ある。町民から忌み嫌われ、更に素性の分からないような者を、俺に会わせたくないのだろう。
二人の根底にあるのは、俺への配慮だ。あの少女への恐れは感じられない。
周囲を見渡しても、誰もが心配そうに先行きを見守っている。つまり、二人の意見はみんなの総意ってことだな。
「みながしんぱいしてくれるのは、うれしくおもう。だが、わたしにはあのしょうじょがきけんだとはおもえない」
俺の言葉に、みんなが懐疑的な視線を向けてくる。先程まで、黙って目を瞑っていた慶次までもが、じっと俺を見つめていた。
「小童ぁその根拠は何だ? 話したこともねぇ奴を何故そこまで気にかける」
「あのしょうじょからは、てきいをかんじなかった。しらゆりのものたちが、きづけなかったのもそのせいであろう。てきいがなく、そんざいかんもうすければ、しょうどうぶつとなんらかわらないからな」
「それに……あのしょうじょは、あまりにもはかなくおもえた。まるで、いきていくきりょくがないかのようにおぼろげで……」
最悪の状況を想像してしまい、思わず顔を伏せてしまった。
もし、あの存在感の希薄さが、自らの命を顧みない故のものだったら。もし、その類まれな容姿から、虐待や差別を受け続けた故に行き着いてしまった考えだとしたら……それは、あまりにも残酷なものだ。
「……小童ぁここの民達は、みんな奴を嫌っている。それを助けたら、小童までもが誹謗中傷の対象になるかも知れない。その覚悟はあるか? 」
慶次の厳しい言葉が胸に刺さる。確かに、その懸念は正しい。今の俺はお忍び中の為、正体を知るのは俺達一行以外だと幻庵と女将さんのみ。
慶次達がいるから、直接的な被害は受けなくても批判的な視線に晒されるだろう。いじめられている子を庇って、自分が標的にされることはよくあることだ。
だけど、俺の覚悟は既に決まっている。
「あのしょうじょも、わたしがまもるべきたみだ。すておくことなど、できない」
真っ直ぐに慶次を見つめながら話すと、慶次は軽く微笑んだ。良く見ていなければ分からない程微妙な変化だったが、その様子は『良く言った』と物語っているように感じた。
「カッカッカッ! よぅお前さん方、どうやら小童は覚悟を決めちまっているらしい。ならば、俺達も腹くくらないとな! 」
「そうですね。危険であろうとも、救済の手を差し伸べる。そんな若様に惹かれたのですから」
「ですね。ならば、私達はそれを支えるのみ」
慶次の言葉を皮切りに、みんなが賛同の意を表してくれた。こんなにも、温かい仲間を得られたことは俺にとって、何よりも誇らしい。
早速あの少女を探す為準備していると、突然慌ただしい足音が迫ってきた。
「失礼致しますっ! 殿に火急の報せがあり、参りましたっ! 」
「よい、はいれ」
「ははっ! 」
中に入ってきたのは歳若い青年。赤鬼隊の一人だろう。確か、勝蔵の配下だったような。
「才蔵か? 一体何事だ? 」
「これは森様っ! 申し訳ございませぬ。本来であれば、先に森様のお耳に知らせるべきことですが、緊急事態でして」
二人のやり取りを見るに、俺の推測は正しかったようだ。歳も近いし、仲良いのかな?
「やはり、おぬしはかつぞうのはいかか」
「はっ! 可児才蔵吉長と申しますっ! して、殿に御報告致します。捜索中の白き少女を発見、家族と思われる男性と生活中、住居は町外れにございました」
おぉ見つかったか! ちょうど準備していたところだし、幸先いいな!
「そして、町民の集団が武装して移動中! 行先は白き少女の住居と思われます! 」
だが、後に続く言葉によって場は静まり返った。俺の予感は的中してしまったのだ。
「しんごろうっ! すぐにでるぞ、いそぎしたくせよ! しらゆりはしゅうだんのいばしょを、ちくいちほうこくするのじゃ! かのうであれば、しんろをはばんでもよい! 」
『ははっ! 』
俺は慌ただしく部屋を出ると、目の前に幻庵が立っていた。それは、まるで俺を阻むかのようであり、俺を試すかのようでもあった。
「げんあんどの……」
「三法師様、本当に向かわれるのですかな? 」
「もちろんじゃ! 」
「三法師様……釈迦の手には水かきが付いているとされております。悩める魂を救う為に。されど、そんな釈迦にも取りこぼしてしまうことがあるのです。三法師様が彼女を見捨てても、誰も責めはいたしませんよ」
……誰も責めないだと? ふざけんな! そんなことは、決して見捨てて良い理由にはならない!
「すくおうとしなければ、だれもすくえはしないっ! みずからのほしんのために、だれかをみすてるようなやつが、てんかたいへいのよをきずけるものかっ! 」
幻庵は、薄らと目を見開くと静かに微笑んだ。
「どうやら愚問だったようですな。三法師様、申し訳ございませぬ。わしも同行致しましょう」
「……わかればよい、みなはやくいくぞ! 」
『ははっ! 』
幻庵を加えた俺達は、大急ぎで少女の家に向かった。頼む、どうか間に合ってくれっ!




