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35話

 天正九年 八月 箱根


 硫黄の良い香りが漂う温泉町、そう遂に箱根に到着しましたっ!

 とはいえ、前世みたいな立派な設備とかは無いけれど、やっぱりこういうところは昔から賑わっていたのか随分旅館があるように思える。

 もしかしたら、宿場町としての方が有名なのかも知れないね。

 さてと、幻庵は向かいに見える山の麓にいるみたいだから、早速向かうとしよう。

 町中をゆっくり歩きながら散策していると、出店のような物もチラホラ見かける。箱根といえば黒たまごが有名だけど、この時代にもあるのだろうか? 久しぶりに食べてみたいなぁ。

「あそこは、なにをうっているのだろうか……」

「殿っ! 私が見て来ます! 少々お待ちを! 」

「ありがとうつばき、くろたまごがあったらかってきてほしいな」

「御意っ! 」

 凄まじい勢いで店に突っ込んで行ったが……大丈夫だろうか? 乱暴なことはしちゃ駄目だよ?


 数分後、明らかに肩を落としながらトボトボ帰ってきた。正直、この段階でもう期待していない。

「……っ! 申し訳ございませんっ! 黒たまごなる物を……見つける事は……出来ませんでした……」

 使命を果たせなかったことが、余程悔しかったのか歯を食いしばりながら報告してきた。

 椿のこんな顔、初めてあった時以来だ。

「ふぇっ……」

 俺はあの時の悲しい記憶と、黒たまごが無かった悲しみがごちゃ混ぜになり涙を流すと、椿は悲痛な表情を浮かべ今にも腹を切りかねん事態に陥ってしまった。

「申し訳ございませんっ! この醜態、腹を切ってお詫び申し上げます! 」

「ちょ、ちょっと待ちなさい、貴女正気!? 」

「離してくださいませ松様! わだじは……わだじはっ! 」

「くっ! なんでこんな時に馬鹿力発揮するのよ貴女は! 良いから止めなさい! 」

「うおぉぉぉおぉぉぉぉんっ! 」

「くぅ……森殿! 手伝ってください! 」

「あ、あぁ任されよ。大人しくしてください椿殿! こんな道の真ん中で他の人の迷惑ですぞ」

「うおぉぉぉおぉぉぉぉんっ! 」

「げふぉっ!? 」

「森殿ぉぉぉぉっ!? 」

 泣きながら暴れる椿と、ソレを羽交い締めする松。

 椿を押さえようとして、顎にエルボーをくらい一発KOされた勝蔵は実に哀れである。

 それを見て爆笑する慶次に、胃のあたりを押さえる新五郎……問題の現場をぐるりと囲うように人が避けており、空から見れば椿を中心にぽっかり穴が空いているように見えるだろう。

 そして、地元民と旅人だろうか? この騒ぎを遠目で見ながらヒソヒソ話している。世が世なら警察沙汰になってもおかしくない、何ともカオスな空間が広がっていた。あぁどうしたらいいんだ!

「あぁ三法師様、これで涙をお拭きくださいまし。よしよし、いい子いい子」

 そんな状況を見かねた藤姫が、ギュッと抱き締め慰めてくれる。あぁ良い匂い、藤姫に抱き締められると不思議だが安心してしまうんだよね。まさに包容力の塊、これがバブみかっ!

 俺が悟りを開きつつある頃、ふと気が付くと甲斐姫が居なくなっていた。

 一体何処に行ったのかと思っていると、先程椿が特攻して行った店から出てきた。

 何をしていたのかと思うと、甲斐姫はおもむろに饅頭を取り出し半分に分けた。

「三法師様、蒸し饅頭を買ってきましたよっ! 私と一緒に食べませんか? 」

 半分こにした饅頭を差し出す甲斐姫は、凄くキラキラして見えた。

 ふっイケメン過ぎるぜ甲斐姫さん。

 人が恋に落ちる瞬間を体感しちまったぜ。

「おぉぉぉ……とのぉぉぉぉっ! 」

 何故か血涙を流しながら、椿がこちらを見ているが……見なかったことにしよう……うん。

 因みに、甲斐姫が持っていた方の饅頭は、更に半分こにした上で藤姫に渡していた。

 アフターフォローまで万全とは、恐れ入ったぜ。


 さて、ちょっとトラブったけど俺達一行は無事に目的地に着きました。

 ここは木賀温泉と言って、北条家がちゃんと管理しているところなんだって。

 なんでも、ここの温泉は幻庵の許可証が無いと入れないらしく、俺達は先に幻庵が泊まっている宿屋に来ていた。

 ここは、箱根でも一番長く続いている宿らしく、見た目は昔ながらの趣のある宿だ。あまり、聞いたことない名前だけど是非とも未来まで残って欲しいものだな。

 そういえば、俺がここに居るって北条家でも上層部しか知らない機密情報扱いらしい。見送りに来てくれていた家臣達も、ほとんどは何も知らされていないのだ。

 というのも、やはり温泉に入っている時は無防備な為、居場所を知られて襲撃っ! だなんてことになったら大変だからみたい。

 一応警備はいるみたいだけど、完全じゃ無いからな。抜け道とかから入ってくる奴もいるんじゃないかな? 猿とかも入ってくんだしさ。


 女将さんに通された部屋には、一人の御老人が座っていた。頭は剃られており、袈裟を着こなしたその姿はベテランのお坊さんのようであったが、しわくちゃの顔に隠れた全てを見透かすような瞳は、この御老人が只者では無いことを物語っていた。

「三法師様ですな。わしは幻庵宗哲と申します。殿からはお話しを伺っております故、どうぞお入りくださいませ」

 ふぅ……よし、行きますか。

 一歩部屋に入ると、そこらじゅうから何かに見られている気配を感じる。まさか、他にも人がと思ったが……否、これは幻庵の視線だ! 俺の一挙一動をじっと見ているのだ!

 一瞬震えそうになる足を、なんとか抑えて席に着く。まずは、急な訪問を詫びなければいけない。

「しつれいいたします。……おはつにおめにかかります、さんぼうしともうします。こたびは、きゅうなほうもんにかかわらず、あたたかくおむかえくださり、まことにかたじけのぅございます」

 一度頭を下げてから幻庵を見ると、まるで先程までの視線は夢幻だったかのような、好々爺然とした笑顔を見せていた。

「ほっほっほ。よくこんな遠いところまで、参られましたな。ゆっくりなさっていってくだされ」

「ありがとうございます。ですが、わたしはおんせんにつかりにきたのではなく。げんあんどのに、まつりごとをおそわりにきたのですが……」

 少し慌てて本題に入ろうとするが、そんな俺を幻庵は、まぁ落ち着きなさいと言わんばかりに手で制した。

「これこれ、お若いのに焦ってはいけませぬぞ。なに時間はたっぷりあります。今日はお疲れでしょうし、温泉に浸かりゆっくり休養なさっては如何ですかな? 休むのも修行の内ですぞ」

 そう言って許可証を渡されてしまった。

むぅ、ここまで言われてしまったら致し方ない。今日のところはゆっくりと休みますかね。


 まずは温泉ってことで、俺達一行は露天風呂まで移動していた。一応、男風呂・女風呂で場所が別れており、覗き対策もバッチリだ。

 やはり、いつの世も男の考えることは一緒なのだなぁとしみじみ思う。

 そういうところ……俺は好きだぜ!

「さぁ、三法師様参りましょうか。お背中お流し致しますわ」

 かくいう俺は藤姫に抱っこされていた。

 えっ? 俺? 勿論、女湯ですが何か?

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 日本の温泉文化ってGHQが来るまで混浴が一般的だったような気が…… まぁファンタジーだから良いですけど。
[良い点] 勿論女湯ですがにワロタw
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