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99話

 

 敵と対峙するにあたって、間合いの駆け引きとは戦況を大きく左右する重要な要素である。間合いを制する者が勝利を掴む。間合いを読めない者は、勝負の土俵にすら上がれていないと言っても過言では無い。

 故にこそ、人は武器を手に持った。石を、棍棒を、剣を、槍を、弓を、銃を。射程距離を伸ばすことで、相手の間合いの外から攻撃することを良しとした。その方が、明らかに有利だからである。

 それを、分かりやすく表した言葉がある。【剣道三倍段】武器術において、槍術を相手にするために剣術の使い手は三倍の技量が必要であるとされる。

 この数値が正しいかは定かではないが、間合いの広い槍の方が有利なのは確かであり、その担い手は日ノ本最強と謳われる本多忠勝。間合いの内側に入ることは至難の業だろう。事実、高瀬らは忠勝の間合いに入った瞬間に、有無を言わさず斬り捨てられたのだから。



 それでも、本多忠勝に勝つには間合いの内側に入るしかない。その刃を届かせる為に。彼らは、その一瞬に勝機を見出した。その一瞬を作り出す為に、彼らは己の命を対価に布石を打った。

 例え、己の刃は届かなくとも、後に続く者へ繋げる行動を。最後まで足掻く選択を――っ!

「……あぁ、そうだ。俺の弟子は、例え力及ばなかったとしても、諦めて膝を折るような無様はしねぇ。一度命を懸けると誓ったのならば、命尽き果てるその最後の瞬間まで投げ出すことなく戦い抜く。そんな、馬鹿野郎共なんだよ……っ。そんな馬鹿野郎共が、そう言って命を懸けた奴らが、同じようにあれると俺を信じて託したんだっ!! 」



 ――ならば、次は一刀斎の番だ。



「んならァ、応える以外の選択があるかよォ!!! 」

「――っ!? 」

 土煙を切り裂き、一条の流星が天から降り注ぐ。虚を突かれた忠勝の反応が若干鈍った。その一瞬の隙に、一刀斎は間合いの内側へと入り込む。

 そこは、一刀斎の間合いだ。

「カァアアアアアッッ!!! 」

 猛べ、猛べ、猛べ。大上段。ただただ、そのひと振りに己の全身全霊を込める。防御など考えない。百二十パーセントの力を攻撃に注ぐ捨て身の一撃。躍動する筋肉。飛び上がり、落下する勢いをそのまま刀に乗せ、烈火の如く燃え盛る斬撃を放つ。

「ぅぉぉおおおおおおおーっ!!! 」

 赤く、紅く、赫く。一刀斎の雄叫びに呼応するかの如く赤雷が迸る。

(俺は、てめぇの剣に名前を付けるつもりは無かった。弟子は取っても、型を教えたことは一度もねぇ。戦いは流動的であり、型なんざ持ってたらてめぇの選択肢を狭めるだけだと思っていたからだ。名を付けたところで意味なんてねぇってな。……だが――)



『意味ならあるよ。自分の型を持っていることは、どの分野においても強みになる。どんな窮地でも、自分を見失わない精神的支柱。自信を持って繰り出せる必殺の型。……勿論、一刀斎の考えを否定するつもりはないけれど、別に型を持っていても良いんじゃないかな? 』


『そういう……ものッスかね? 』


『ふふっ、難しく考え過ぎなんだよ一刀斎は。……ん、そうだねぇ。一刀斎風に言うなら、【自分が名付けた流派が歴史に刻まれる】……なんて、すっごくカッコイイと思わない? 』


『!! 俺の、付けた名前が……』


『……うん、良い顔になった。大丈夫。今は思いつかなくても、きっとその時が来たら自然と分かるよ。その剣の名前が。だって、一刀斎の剣は――』



 ――キミが歩んできた人生そのものなんだから。



 脳裏を過ぎる、幼き主君の言葉。

「……そうだ、そうだな。殿の言う通りだ。俺の剣は、俺の人生そのものだった。愚直に刀を振り続けた剣術馬鹿のなぁ」

 答えは、既にこの手の中にあった。剣術が好きで、昨日出来なかったことが出来るようになったら嬉しくて、手合わせに勝つ度にのめり込んでいった。朝も、昼も、夜も刀を振り続けた。晴れの日も、雨の日だって、ただひたすらに刀を振り続けた。

 辛いとは思わなかった。辞めたいとも。だって、自分は――剣術が大好きだったから。

 カチリと、一刀斎の中で歯車が噛み合う。

「……あぁ、これだ。これが、俺の剣の名前か――」

 笑いと共に力が込み上がる。安直かもしれない。だが、その言葉はすんなりと己の中へと入っていった。まるで、最初から決まっていたかのように、何の疑いもなく受け入れることが出来た。



 それは、史実ではついぞ名乗ることの無かったモノ。弟子が相伝を継ぎ、その後数多くの流派を後世へと残した一大剣術の名前。その名を、一刀斎自身が世界へ刻む。

 さぁ、今こそ最速最強の一振を繰り出す時が来た。

「一刀流、一の太刀ぃぃ――」

 星のように煌めく一太刀を。



 ――星火燎原ッッ!!!



 土煙を切り裂いて、唸りを上げながら刃が迫る。それに対し、忠勝は真っ向から受けて立つことを選んだ。引くことも、いなすこともしない。それは、王者の戦いではないからだ。

「来い、伊藤一刀斎っ!! 」

「――っ! 忠勝っ!!!! 」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!! 』

 咆哮。刹那、両者の刃が重なり合い、凄まじい衝撃波が吹き荒れる。赫と黒の闘気が衝突する。拮抗。互いに、一歩も引かぬ意地と意地のぶつかり合い。

 最強同士の一騎打ちが始まった。



 ***



 誰もが、一度は夢に見た剣と槍の頂上決戦。事態は、直ぐに動いた。

「はぁあああああーっ!!! 」

「――っ」

 僅かに、忠勝の右足が後退る。一刀斎は、加速した馬の背から目掛けて飛び降りている。勢いの差。それが、拮抗していた状況を瓦解させた。

「ぐぅ……」

 苦悶の表情。押し込まれる忠勝。ミシミシと、蜻蛉切から嫌な音が鳴る。体勢不利。このままでは、力で押し切られると思ったのか、忠勝は自ら引いて力を受け流そうとする……も、一刀斎はその動きを察知していた。僅かに力が緩んだその一瞬の隙を突き、一刀斎は一気に攻勢に出る。

「セ、ァアアアーッッ!! 」

「!? 」

 鍔迫り合ったまま、一気に懐へ踏み込んでからのかち上げ。鈍い金属音と共に、忠勝の両腕が上に弾かれて胴が空く。

(そこ……だぁあっ!! )

 息を止め、刀を振り落とす。紙一重で避ける忠勝。しかし、これは連撃技。未だ、終わっていない!

「シッー!! 」



 ―― 一刀流 弐ノ太刀 火走り



 鋭く息を吐き、横薙ぎの一閃を繰り出す。忠勝の意識の隙間を突くその剣閃は、瞬く間に忠勝の首元へと迫る。流れるような動き。忠勝は、未だ動けていない。入った。一刀斎は、確かな手応えを得る。

 ……だが、その一閃を忠勝は事も無げに無力化した。



 ――ギンッ!



 甲高い音と共に刀が弾かれた。

 目を見開く。速度、タイミング共に申し分なかった。しかし、隙を窺い、作り出し、誘い込み、一刀斎が必中を確信して放たれた斬撃は本多忠勝には通じなかった。一刀斎の一閃を上回る速度で槍を引き寄せ、的確に刀の側面を叩き落としたのだ。

 だが、僅かな動揺があれど一刀斎は攻撃を続ける。張り詰めた空気の中、僅かでも緩みやほころびを生じさせれば致命傷になり得る。呆けている場合ではないのだ。

 それに、一度で駄目ならば、二度三度と続ければ良いだけのこと。攻撃が当たるその時まで。

 一刀斎は、奮然と剣を握り、一足飛びに駆け出す!



 ―― 一刀流 参ノ太刀 火天の舞



 繰り出されるのは舞うような五連撃。袈裟懸け、横薙ぎ、斬り上げ、逆袈裟、刺突。技を繋げる最中にフェイントや体術も織り交ぜ、時には曲芸じみた体運びで忠勝を翻弄しようとする。

 だが、ありとあらゆる手段を駆使しても、そのどれもが忠勝の槍捌きの前に無効化される。まるで、こちらの動きを学習しているかのように、回数を重ねる毎にその動きは洗練されていく。

 届かない。届かない。届かない。あと一歩、薄皮一枚が切り裂けない。全て、完璧に捌かれる。愕然とする。両者の間には、技量の差は隔絶としてい――

「――カッ!? 」

 空白。視界が弾け、一刀斎の身体が硬直する。ぶちかまし。意識の波が乱れたその一瞬を突かれた。コンマ数秒、一刀斎は瞬く間に正気を取り戻すも、その時にはあれ程苦労して詰めた間合いが元に戻ってしまっていた。

「……さて、次はこちらから行かせて貰おうか」

「!! 」

 刹那、闘気が爆発する。重苦しい空気。引力の如きプレッシャー。忠勝が槍を構える。ただそれだけで、濃厚な死の気配を肌で感じる。

 


 攻守交替。



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