33話
天正九年 八月 小田原城
第二回織田家・北条家合同宴会から二週間が過ぎた。もう夏真っ盛りな日々が始まり、クーラーが恋しくなってしまう。あれは、文明の利器だ。
宴会は三日三晩続き、途中から各地の城主達もお祝いに集まったおかげで凄く盛り上がり、その影響か城下町でも祭りが開かれる騒ぎになった。
こんなにも祝って貰うことなんて、無かったから凄く嬉しかったなぁ。
藤姫ともこの二週間で親睦を深めることが出来たし、関係は良好だ。
ただ、デート中に手を繋ぐのでは無く、抱っこされていたのは男としてのプライドをズタボロにされる苦い思い出になってしまった。
本来ならば、既に箱根に着いている頃だったのだが、何処から聞きつけたのか、佐竹家・里見家他関東の諸勢力や蘆名家・小野寺家・伊達家など奥州の諸大名も祝いの品を送ってきたおかげで、その対応に時間を取られてしまった。
使者達の反応から、だいぶ織田家に下手に出ていたし、余程爺さんが怖いのだろう。
今回の婚姻で北条家の存在はかなり大きくなった。今後は織田家の分国として、関東そして奥州の対応をしていくことだろう。
そんなこんなで、ようやく準備も終わりそろそろ出発か……っという時に事件は起こった。
事の始まりは、いつものように藤姫の部屋に行った時に起こった。最近では毎日のように遊んでいる為、特に声掛けもせずに部屋に入る。
部屋の中には、当然の如く藤姫がいつもの場所に座っていたのだが、その隣りに見知らぬ女の子が座っていた。
歳は藤姫と同じくらいだろうか、綺麗な赤色の着物に身を包み、目はキリッとつり目で強い意志を感じさせる瞳だ。顔立ちも整っているが、可愛いというよりカッコイイ感じで将来は大層美人になるのが見て取れる。
藤姫は、俺が入ってきたことに気付くとニコリと微笑み手招きした。
「これは三法師様、おはようございます。昨夜は良く眠れましたか? 」
「うむ、おはよう。しんぱいせんでも、よくねむれたぞ」
「それは、なによりですわ」
藤姫は、隣りに座った俺の頭をしきりに撫でる。これはもう日課のようになっており、どうやら藤姫は幼子の面倒を見るのが好きなようで、こうして甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
まぁ確かに、俺は幼子とは言えない精神性を持っているが、藤姫に世話を焼いて貰っていると心が温まる感じがするので、なすがままにされている。
ふと気がつくと、先程の綺麗な女の子がこちらをじっと見ていた。いけない、すっかり忘れていた彼女のことを紹介して貰わないといけないな。
「ふじ、このこはどなたかおしえて」
すると、藤姫もすっかり忘れていたのか、少し申し訳なさそうにしながら彼女の横まで移動した。
「あぁ申し訳ございません。こちらは成田様の御息女甲斐姫ですわ。彼女とは歳が同じでして、その縁で仲良くさせていただいておりますの」
「甲斐、こちらが三法師様ですわ。話した通り、とても愛らしいでしょう? わたくしの婚約者であり、日ノ本で一番素敵な殿方ですのよっ! 」
藤姫によって自己紹介された俺達は、お互いを見つめ合う。成田っていうのは聞いたことないが、おそらく北条家の家臣だろう。
その凛とした雰囲気は、藤姫とのソレとは対称的で案外相性が良いのかも知れないな。
そんな彼女は、その雰囲気通りハキハキとした口調で挨拶をしてくれたのだが……これが、中々の爆弾をぶっ込んでくれたのだ。
「貴方が三法師様ですか! 私は甲斐と申します、これから末永く宜しく御願い致します! 」
かなり熱量の感じられる声は、やたら耳に残り聞き間違いが無いことを物語っていた。
今、確かに彼女は『末永く宜しく御願い致します』って言ったよな?
これは一体どういうことでしょうか……そんな意味を込めて藤姫の方を見ると、『よく言ったわ』と言わんばかりに頷いていた。これは、完全にグルである。
「はじめまして、かいひめどの。わたしはさんぼうしです。それで、さきほどのはつげんはどういったいみでしょうか」
「どうか、私を側室に御迎えくださいませ! 必ずや、御身を御守り致しましょうっ! 」
なんて真っ直ぐで男らしいプロポーズだろうか、キリッとした表情に力強い眼光、まさに舞台俳優のような男前っぷりだ! だが、女だ。宝塚歌劇団のスターになれそうだな。
しかし、これは困ったことになった。色々な方々から娘を側室にと誘われていたが、その全てを断っている。確かに爺さんからは許可を貰っているから、好きなだけ選んでも良いのだがそれとコレは話しが別だ。
正直、藤姫への義理立てが無かった訳では無いが、俺が心配しているのは誤って間者を嫁にしてしまった時だ。
当たり前だが、嫁さんにだって実家はある。文だって送ることもあるだろう。その中身を確認するのも大変だし、不信感を与える為半ば黙認される。
つまり、俺の近辺で起こった情報は、相手に筒抜けだということだ。故に下手な相手を選ぶ訳にもいかず、のらりくらりと避けていたのだが。
まさか、嫁さんが嫁二号を紹介してくるだなんて、夢にも思わなかった。藤姫? ちょっと強か過ぎやしませんか?
「ふじ、どういうことかせつめいせよ」
ちょっと不機嫌なのが声に漏れてしまったのか、藤姫は俺をあやすように抱き締めてきた。
「三法師様、貴方様はいずれ天下を統べる御方ですわ。であれば、側室を囲うのも当然のこと。相手の身元を探っていては、キリがありませんわ。ですので、わたくしが一番信頼する甲斐姫を紹介したのです。彼女とわたくしで、貴方様を守らせてくださいまし」
俺は胸がいっぱいになってしまった。藤姫は、彼女なりに俺を守ろうと考え、内を固めようとしてくれたのだ。きっと藤姫なら、例え徳川幕府みたいに大奥をつくることになっても、それを取り仕切れる体制を整えることが出来るだろう。
全く大した女子だ、俺には勿体ないくらい……そんな彼女を嫁に貰えるなんて、俺は幸せ者だ。
いつの間にやら、俺と藤姫を包み込むように甲斐姫が抱き締めてきて。本当にこの子は男前だなぁなんて、三人で笑いあった。
あぁ幸せだ、この三人ならいつまでも幸せになれるそう思い、俺は正式に甲斐姫を側室に貰い受けることを決めた。
「かい、どうかこのわたしをささえてほしい」
俺は甲斐姫の肩に手を置き、しっかりと瞳を見つめながら言うと、彼女は俺の頬を二度、三度撫でると柔らかく微笑んだ。
「この身朽ちる時まで、貴方様のお傍に」
……正直、俺の方がときめいてしまったのは、墓場まで持っていかなければならない秘密だな。
そして、遂に出発の時が来た。傍らには家臣達は勿論、藤姫と甲斐姫もいる。
甲斐姫の側室入りはすぐさま小田原中に知れ渡り、多くの方々から御祝いの言葉と沢山の縁談を頂いた。正直、後半部分は見て見ぬふりをしている。
そんな甲斐姫のお父さんは、丁度良く小田原城にいたため直ぐに挨拶に向かった。お義父さんは号泣しながら『娘を選んでくださり、恐悦至極にございますっ! 』と叫んでおり、彼女の性格は父親譲りなのだなぁと実感してしまった。
勿論、氏政・氏直親子にも報告をしたし、あちらも大層喜んでくれて、今もこうして見送りに来てくれている。
「それでは、そろそろはこねにむかいます」
「はい、行ってらっしゃいませ。問題なく箱根まで着けるよう、御祈り申し上げます。それと、道中にある城主達には先触れを送っております故、気軽に御頼りくださいませ」
「なにからなにまで、まことにかたじけのぅございます。げんあんどのには、よろしくおつたえしますゆえ、それではまた」
「えぇ、お帰りをお待ちしております」
『行ってらっしゃいませっ! 』
北条家家臣達も勢揃いで見送りに来てくれて、俺達の姿が見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた。
こうして、俺達一行は小田原城を出発した。
目指すは温泉の町箱根、さぁ今から楽しみだ!




