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30話

 天正九年 七月 小田原城


 暖かな日差しが朝の訪れを教えてくれる。部屋の隙間から射し込む日差しに導かれ、目を覚ました俺は混乱の境地に陥っていた。

 俺の横には満面の笑みで眠る椿の姿がある。何処と無く達成感に満ちたソレは、俺を胸元に引き寄せてはムフフっと幸せに満ちた笑い声をあげた。

 おい、貴様起きてるだろ。

 しかし、松はどうしたんだ? 椿のこんな蛮行を黙って見てる訳が無いし……何とか首を動かし辺りを見渡すと、俺は恐るべき光景を見てしまった。


 そこには、畳の上に倒れ伏す松の姿があった。着物ははだけ、尻を突き出した状態でピクリともしない様子は、いつもの彼女からは到底想像出来ない醜態であった。

 な、なんで松があんなところにいるんだ!? 寝てる……訳では無さそうだな、気を失っているみたいだ。

 えっ……まさか、椿がやったのか!? あの松を? 松は俺の護衛を任されるくらいだから、白百合隊の中でも三指に入るんだぞ!

 まさか椿のやつ、俺と添い寝をする為に限界突破したのか! どこの主人公だよお前。


 このままじゃしょうがないから、椿の頬をペチペチ叩くも起きようとせず、逆に俺の手に頬を擦り寄せてきた……おい。

「つばき、おきよ」

「んん……ふわぁ〜。むぅ……との? ……おはようございますっ! 」

 椿は俺の声で起きたかのように、目をしょぼしょぼさせながら欠伸をし、胸を大きく逸らしながら身体を伸ばす。そして、俺と目が合うと穏やかな表情で朝の挨拶をしてくれた。

 一つ一つの仕草が男を一撃で再起不能にする魔性の技、これが天然だったらとんでもない事だが……忘れてはいけない、おそらく椿は最初から起きていたという事実を。

 俺がジト目で椿を見ていると、流石に自覚があったのかスっと視線を逸らした。

「……つばき、なぜまつがかようなところで、たおれておるのかせつめいせよ」

「え……と、その……」

 俺に問い詰められた椿は、最初はしどろもどろになっていたが、何を思ったのか突然キリッとキメ顔になった。

 ……だいたい人ってのは、こういう時ろくなことを言わないものである。

「当初は、殿と添い寝するのは交代制にしようと話し合っていたのです。ですが、私は気付きました。松様を打ちのめしてしまえば、毎日殿と添い寝が出来るということに! 」


 ドヤ顔で妄言を撒き散らかす椿に、思わず頭が痛くなってしまった。お前はどこの戦闘民族だ。

「まつがかわいそうではないか。なにゆえ、ここまでするひつようがあったのだ? 」

 椿にとって、松は上司であり尊敬する先輩じゃないのか? あの状態の松を見る限り、抵抗した痕跡も無く完全な不意打ちだったのだろう。誰だって、信頼する同僚から奇襲を受けたらああなる。実に哀れなことだ。

「確かに松様は亡き頭領の一人娘であり、心から敬愛する先輩です。ですが、殿との添い寝に比べたら塵芥同然でございます」

「愛らしい吐息、美麗しい寝顔、抱き締めた時に感じる暖かさ、そして私の袖をギュッと握り締めははうえ……と可愛らしく呟くのです。そのどれもが至高であり、殿との添い寝は私にとって至福のひとときであり、生きる糧なのです! 誰にも譲りません! 」

 その堂々たる宣言に、目の前が真っ暗になっていく。正直、途中から全く聞いていられない程の精神的ダメージを受け、崩れ落ちてしまった。

 な、なんてことカミングアウトしてんの!? こんなこと誰かに聞かれたら、俺が社会的に死んじゃうから! 恥ずかしすぎて憤死するから!

 俺は咄嗟に周りを見渡し、人影がないか確認する。もし、今の話しを聞いている奴がいたら殺すしかない。

 侍女を抱き締めながら母親呼ばわり? こんな面白いこと俺だったら絶対言いふらす。うん、間違いない。

 全神経を集中させ気配を探るも、反応は無い。どうやら人殺しにならずにすんだようだ。


 人と言うものは面白いもので、羞恥が一周回ると憤怒に変わるらしい。

 俺はキッと椿を睨むと、怒りに身を任せ殴りつける。……実際は、ポカポカって言うよりペチペチ叩いてる感じでダメージなんて無いに等しいが、そんな細かいことは気にしていられない。

「うぅぅぅ……このばきゃもの! なんてこというのじゃあほ! だれかにきかれたら、どうするんじゃこのあんぽんたん! 」

 きっと今の俺は、顔を真っ赤にして半べそかいているのだろう。身体全体が怒りに震えているし、視界は涙でぐしゃぐしゃだ。それでも、なんとか椿の頬へペチペチ攻撃をする。

 うぅ……悔しい! 何が悔しいって、そんな俺を見て鼻血を垂らしながらデレデレしている様子から、俺がこれ以上怒っても相手に得しか与えられないってことだ。

 それを自覚した途端、ドッと疲労感が押し寄せてきて息を荒らげながら座り込んでしまった。

「うぅぅぅ……つばきのばきゃ……」

 なんで朝からこんな目に会わなきゃならないんだよ。くぅっ俺にあんな恥ずかしい癖があったなんて……穴があったら入りたい。


 俺のあまりにも意気消沈した様子を見かねたのか、椿は優しく抱き締めてきた。いや、お前のせいだからね。

「殿、気にする事はありません。恥ずべきところなど何一つ無く、ただただ愛らしいだけでございます。……殿が望まれるのであれば、この事は誰にも言いません」

「……ほんどうが? 」

「えぇ二人だけの秘密でございますっ! 」

 ……何か上手く嵌められた気もするんだけど、背に腹はかえられぬか。

「やくそくだからな」

「はいっ! 」

 はぁ……椿の好感度がカンストしてる気がする。まぁ恋愛感情ってよりは、保護欲が暴走してるんじゃないかな?

 ……お前十四だろ、母性発揮するには早すぎませんかね? 女の子は早熟って言うけど、これは行き過ぎでは。


 と言うよりも、今回の件は椿が全面的に悪いよな。なんで、俺がここまで恥ずかしい思いをせねばならんのだ!

 そんな椿には天誅が必要だろう。俺の視界には確かに、幽鬼の如くゆらゆらと立ち上がる松の姿が見えていた。いけ、そこだやっちまえ!

 松は俺のアイコンタクトに気付いたのか、無音で椿の背後に立つと、流れるように絞め落としにかかった。

「殿、おはようございます。そして椿、昨夜はよくもやってくれましたね? お返しに貴女と同じやり方で落としてあげましょう」

「ごふぅっ! ま……まつさま……」

「ゆっくりおやすみなさい」

 拘束が緩まった隙に抜け出すと同時に、椿が崩れ落ちた。おそらく意識を失ったのだろう。

 椿、松を怒らしちゃ駄目なんだよ。赤鬼隊の練習中でも、調子乗った奴らをしばき倒してプライドズタボロにしちゃうんだから。


 気を失った椿を寝かせ、フッと一息つく。

 はぁ……疲れた、お腹空いたし朝餉にしようかな。そう、松に話しかけようとすると、何やらモジモジしながらこちらを見ている。

 言いたいけど、言って良いのだろうか……そんな葛藤が目に浮かぶ程、わかりやすい態度だ。

「まつ、どうしたのだ? 」

 俺が問いただすと、苦笑いを浮かべながら誰にも聞かれないように、小さく耳打ちしてきた。

「その……殿の癖は今に始まったことではありませんし……ね。毎回、添い寝すると寝言で母上と呟きますので、今更気にしなくても良いのですよ? 」

 おれは めのまえが まっくら になった。

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