29話
天正九年 七月 小田原城
小田原城まで案内された俺達は、各々身を清めて正装に身を包んでいた。
後、一時間程度で案内が来るみたいだから、それまでに北条家との交渉内容を確認しておこう。
懐に手を伸ばし、爺さんからの文を取り出す。内容は大きく分けて二つ。
一つ目は俺と北条家との婚姻関係を認める。
二つ目は正室は必ず現当主北条氏直の血縁にする事、家臣の娘を養女にする場合は側室以外認めない。
だいたいこんな感じだ。関所の廃止とか、細かいところは爺さん自身で交渉するつもりなんだろう。俺に許された事は、この二つだけだ。
まぁそれは仕方ないか。色々幼子とは思えない行動をしている自覚はあるけど、政治云々を二歳児に任せようとは、俺だって思わないしな。
我儘を言えたとしても、せいぜい自分で嫁さんを選ぶ事くらいだろう。
二つ目の項目の側室云々って絶対そう言うことだよね。自分の好みの女の子がいても、側室で我慢しろってことだろ。
はぁ……爺さん気が早すぎない? いや、婚姻云々言い出したのは俺か……まぁ爺さんも子供めっちゃいるし、一人くらい自分の好みの女の子を、側室に選んだことあるんだろうなぁ。
そうこうしてる間に、予定の時間になっていたようで、小姓が案内しに来た。
「失礼致します。三法師様、御案内しても宜しいでしょうか」
チラッと周りを見ても、みんな準備バッチリみたいだし、このまま案内されても大丈夫そうだね。
「うむ、よろしくたのむ」
「ははっ」
小姓の後を追うように部屋を出ようとすると、スっと松が横につき小さく耳打ちした。
「殿、あの者はおそらく影の者かと。北条家の敷地内ですが、一応警戒は必要かと」
えっ? この子忍びなの? あぁでも、有り得るな。俺も松と椿を、侍女として傍に控えさせているし、絶対裏切らない護衛って重要だもんな。
「このままでよい」
「……はっ」
不承不承ながら、後ろに下がる松。どうやら俺の身代わりになれるギリギリのラインを、常にキープしているようだ。
まぁ、そこが落とし所か。椿の方は全く反応してないから、大丈夫だと思うんだけどね。この子、敵意には人一倍敏感みたいだし。
最初に少しごたついたが、無事に大広間まで通された俺達一行。中には歴戦の武将達が勢揃いし、上座には二人の男性が座っている。
良く見たら、顔が似ているので親子なんだろう。
確か、北条家は前当主北条氏政と現当主北条氏直が、合同で政治を行っているんだよな。
一応、新五郎から教えて貰っておいて良かった。見た目的に俺から見て右側が北条氏直で、左側が北条氏政だろう。
俺の家臣達は、一旦大広間の入口付近で待機してもらい、俺と直臣三人のみ中央まで進む。
一歩進む毎に、様々な視線に晒され胃がキュウッと痛む。好奇的な視線がほとんどだが、中には見極めようとしているのか鋭い視線も感じる。特に上座の二人と、近辺にいる十名程の武将達が発する圧はどんどん強くなっている。
あそこだけ空気が歪んでんのかってくらいヤバくて、正直近付きたくないが……当主や重臣達に無様を晒す訳にはいかない。
ゆっくりとだが、一歩一歩着実に進んでいくと、予定通りの場所に辿り着く事が出来た。
「おはつにおめにかかります、さんぼうしでございます。ほんじつは、きゅうなほうもんにかかわらず、このようなすばらしいかんたいを、ごよういしていただき。まことにかたじけのぅございます……」
新五郎に散々しごかれた俺は、だいぶ作法も様になってきたのではないだろうか。やれば出来る子三法師、練習の時より所作がスムーズに出来てる気がする!
俺の汗と涙の結晶は、一定以上の効果を発揮出来たのか、相手から戸惑う気配を感じる。
「よくぞお越しくださりました三法師様。私は北条家当主北条新九郎氏直と申します。三法師様にお会いできて光栄でございます」
氏直は笑顔で歓迎してくれた。確か二十歳くらいなんだよな、好青年って感じだ。横に父親である氏政もいるけど、にこやかに会釈したくらいで話しには入ってこない。
一応、俺への歓待は当主の仕事ってことなのかな。このオッサン、俺だけじゃなくて息子まで試してんのかよ……厳しいなぁ。
「わたしもおあいしとうございました。おだわらのちをふめたこと、とてもうれしくおもいます」
「それは、これ以上ない褒め言葉でございます! どうぞ、ごゆっくり楽しんでくださいませ」
氏直は心底嬉しそうに笑ってくれた。誰でも地元を褒めて貰えば嬉しくもなる。実際、また小田原に来れて嬉しかったしね!
「ふふっ、さぁさぁ堅苦しい挨拶はここまでに致しましょう。長旅の疲れを癒す歓待の宴を、用意しておりますぞ! 」
氏直の号令を皮切りに、各々所定の場所まで移動すると料理が運ばれてきた。うん、今更だがこういった催しって緻密な段取りの打ち合わせあってこそだよな。事前に何をするか分かっているからこそ、慌てずに行動出来るし失敗も未然に防ぐ事が出来る。
こういったところは、昔から変わらないって言うか、日本人気質なんだろうな。……宴の度に、新五郎の白髪が増えている気がするけど……いつもご苦労さまです!
さて、俺の食事だが遂に離乳食から幼児食にランクアップしました! 俺の為に作ってくれているのは分かる、分かるんだけど……やっぱり離乳食って味気ないんだよね。
まぁ幼児食も固い物とかは、避けた方が良いみたいだけど、断然離乳食よりご飯っぽくなった! ビバ満一歳!
ではでは、実食といきましょうか。
先ずは汁物からいただきましょう。両手で器を持ち一口飲む、その瞬間口いっぱいに広がる旨み、海辺に近いからか魚介の扱いに慣れているのだろう。味噌と魚介でとった出汁が完璧にマッチしている、思わず涙が零れる程美味かった。
他の料理も素晴らしい物ばかりだった。白米、漬物、前菜どれもこれも美味しかったが、やはり一番は煮物だろう。
味は俺用なのか薄味だったが、それでもしっかりと旨みが染みていて、口の中でとろけるようなホロホロ具合、今まで食べてきた中でも一番美味しい物だった。
「ほうじょうどの、たいへんすばらしいりょうりでございました。ありがとうございます」
「いやはや、気に入っていただけたようで幸いでございます。芸者も呼んでおります故、どうぞお楽しみくださりませ! 」
俺が深々とお礼を言うと、まだまだこんな物では無い! っと、ドヤ顔されてしまった。どうやら氏直は褒められて伸びるタイプらしいな。
……隣りにいる氏政の頬がひくついてるから、後でお説教受けそうだけど。
まぁ俺は気にしないし、料理があれだけ素晴らしかったから、芸者達にも期待してしまう。
今夜はとことん楽しませて貰おっかな。難しい話しは、また明日だ。
その後、夜遅くまで宴は続き、北条家と俺達一行はとても打ち解ける事が出来たと思う。
余程盛り上がったのか、家臣達のかくし芸大会に移った際、北条家も織田家も関係無く入り交じって騒いでいた。
俺は教育に悪いからと松達によって寝室に移動させられてしまったけどね。
はぁ……最後までいたかったなぁ。こういう時は、子供って扱いが嫌になる。
なんか、新五郎の様子がおかしかったから、多分はっちゃけ過ぎたのだろう。……後で、慶次に詳細を聞かなきゃいけないな。
ようこそアンダーグラウンドへ、黒歴史はいつでも貴方の傍に寄り添っているよ!