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45話

 開戦より二時間が経過。

 これまでの戦況を整理しよう。

 


 戦場は、焼け落ちた岐阜城下跡地。

 しかし、焼け落ちたとは言ったものの、道沿いに立ち並ぶ家屋の原形は、今も尚、しっかりと残っていた。

 これでは、平野とは違って道が開けていない故に大軍を展開する事が出来ない。信雄は、確実に勝つ為に家康を引き入れて一万五千という大軍を手に入れたが、結果として大軍本来の力を発揮する事は叶わなかった。

 しかし、それでも数の差という単純明快なアドバンテージは覆らない。

 家康は、前後を取られた現状から即座に持久戦を選択。五郎左が、千三百を率いて正面に陣取り、遊撃隊の源二郎に二百を預けて本陣までの壁とすると、右翼を勝蔵、左翼を力丸にそれぞれ千五百の兵を任せた。一連の動きを確認した家康は、それに応じるように六千の兵を導入。各軍団の大将に、酒井忠次・榊原康政・井伊直政を起用。それぞれ二千人ずつの兵団を三つ編成し、五郎左の策を真っ向から潰しにかかった。



 北。

 昨日、稲葉一鉄率の奮闘により戦力を温存出来た新五郎は、二千五百を率いて山を駆け下りるように奇襲を仕掛けた。

 大声を上げながら背後から奇襲を仕掛ければ、大抵の場合はパニックに陥ってまともに対応出来ない。

 しかし、家康は全く動じなかった。信雄に、四千の兵士と策を授けて背後を任せると、見事に新五郎軍の突撃を止めてみせた。山道故の道幅の狭さと、服部半蔵率いる伊賀者達が絶えずゲリラ戦を仕掛けた事が大きく、これにより新五郎率いる岐阜勢は封殺されてしまった。

 ……だが、その膠着も直に解かれる。



 東。

 兵力の差で場が膠着している隙に、井伊直政がそのまま本陣を突こうと迂回を開始。当然、そんなふざけたことは許さないと、勝蔵が先陣を切って突撃。

 井伊直政軍二千対森 勝蔵軍千五百と、兵力差は五百も開きがあったが、そんなもの誤差でしかないと言わんばかりに勝蔵が無双を開始。一振り毎に敵兵を吹き飛ばし、地に伏していく様子は、仲間に歓喜を与え、敵に畏怖を与える。

 英雄。

 その二文字だけが、彼を讃えるのに相応しい。

 その姿に、直政は一際瞳を輝かせ、三日月の如き笑みを浮かべながら踊りかかった。真正面からの馬鹿正直な特攻。それを受け止めた瞬間、直政は新たな玩具を手に入れた子供のような笑みを浮かべ、勝蔵は煩わしそうに眉を顰める。

「――っ!! ハハ、ハハハハッ!! 強い! 強いな、お前っ!! 最っ高だぁ!! 」

「……チッ、戦闘狂の類か――」

 そこで、相手の姿を見た勝蔵は言葉を詰まらせた。己と同じ赤備えと、兜には鬼の角のような立物。返り血で紅く染った長槍。……ここまで揃えば否が応でも気付く。井伊直政。井伊の赤鬼。あの、本多忠勝の後継者とも噂される徳川家の新星。五郎左より伝えられた、最重要抹殺対象の一人。

(……好機っ! )

 槍を握る手に力を込める。家康は、三つの軍勢をこちらへ向かわせた。当然、各軍にはそれを率いる大将が存在する。井伊直政は、それに抜擢されるだけの力と格があることは肌で感じ取った。

 つまり――

「……貴様を殺せば、一気に戦況を覆せるっ! 」

「――っ! ハハッ! そうか、そうか。ようやく、お前もヤル気になったか! 良いぞ! その方が楽しめるからなっ!! 」

 両者、獰猛な笑みを浮かべながら槍を構える。

「織田家家臣 森 勝蔵」

「徳川家家臣 井伊 兵部少輔」

 荒ぶる闘気。一言一句、言葉を刻む毎に呼吸を合わせていく。……もしかすれば、この戦いは必然だったのかもしれない。闘いの神が、この死闘を求めたのだ。

『いざ、尋常に…………参るっ!! 』

 二匹の赤鬼が綴る、闘いの物語を。



 西。

 こちらは、既に大勢が決まっていた。

「届かねぇ……かっ! 」

 才蔵は、降り注ぐ矢を薙ぎ払いながら歯を食いしばる。眼前には、盾を構えた兵士達が隊列を組んで行く手を阻んでおり、その奥にある安全地帯からは、五百以上の弓兵達が絶え間なく矢を放ってくる。まるで、弾幕のような凄まじい光景だった。

 無論、力丸達は何もせずにここまで追い込まれた訳ではない。中洲へと逃げる尾張の民達を援護しているうちに、ここまで追い込まれてしまったのだ。

 そうなるように誘導した人物。それこそが、この軍を率いている大将 酒井忠次である。

「あの男を近寄らせるな。長槍で牽制し、大盾で壁となり、弓矢で距離を維持せよ。あの手合いは、間合いの外からの攻撃にとんと弱い。馬鹿正直に、一騎打ちに応じる必要はないからな」

『御意! 』

 一糸乱れぬ統率。氷のような理性。主君の命ならば、それが武器を持たぬ民でさえも躊躇なく射殺す忠誠心。

 氷の指揮官 酒井忠次。

 彼は、理解していた。この戦の勝利は、この局地的な勝利とは無関係だと。森 力丸も、可児才蔵も討ち取る必要はないのだと。

「時間を稼げばよい我々と、我々を自らの手で倒さねばならぬ貴様ら。であれば、開幕で速攻を仕掛けられなかった時点で貴様らの負けは必然。……まぁ、それが分かっているから民を狙って一斉射撃を行ったのだかな」

 背筋が凍るような冷たい笑み。

 酒井忠次の采配を前に、才蔵達は近付くことも出来なかった。間合いに入れなければ、才蔵も敵を殺すことは出来ない。例え、死兵で固めて突撃を仕掛けても、あの壁を越えられるのは十人にも満たないだろう。敵は二千いるのだ。話にならない。力丸も、この状況を打開せんと必死に策を考えているが、どれも決め手にかける。

 最早、彼らは詰んでいた。



 南。

 榊原康政は、この戦場で誰よりも冷静に戦況を分析していた。

「弓兵、一斉射撃。……止め。歩兵、三百追加。右、前に出過ぎるな。足並みを揃えよ」

『ははっ! 』

 冷静に、どこまでも冷静に采配を振るう。詰め将棋のように、一手ずつ、丁寧に。彼もまた、理解していた。自分が、敵将を、ましてや三法師を討ち取る必要はないのだと。

「……焦る必要はない。ただ、じっくりを腰を落として戦えば、それだけで相手は勝手に追い詰められていく」

 視線の先には、必死に采配を振るう五郎左の姿と、鬼の形相を浮かべながら槍を振るう慶次の姿。その奥には、焦りを見せる源二郎もいる。

「前田慶次は鬼札。真田源二郎は見せ札。……大方、平八郎を警戒しているのだろう。わざわざ、相手をする必要は欠片もないな」

 冷たく言い放つ康政。そう、慶次達もまた、才蔵のように苦しめられていた。

「――っ!! クッソがぁあああっ!! 」

 苛立ちをぶつけるように槍を振り回す慶次。しかし、距離を取っている敵にはカスリとも当たらない。そう、榊原康政もまた、単体戦力に秀でた慶次を封殺する為に、長槍と盾兵で距離を取り、遠距離からの射撃を行っていた。しかも、時折、鉄砲を使った牽制も混ざる。

 こうなってしまえば、慶次もまともに動けない。彼は、あまりにも目立ち過ぎたのだ。家康に、警戒されてしまう程に。



 ***



 各軍の主力同士の戦い。その勝敗は、戦況に大きな影響を与えるだろう。

 だが、家康には未だ四千の後詰めがいる。それに対して、三法師にはもう余力はない。

 損害は、両軍合わせても三百人程度。差はない。膠着状態が続いていた。

 しかし、開戦から二時間が経過したところで、遂に状況が大きく動いた。白百合隊が、服部半蔵と伊賀者達を討ち取ったのだ。これにより、新五郎軍の勢いは一気に増すだろう。信雄を討ち取ることも出来るかもしれない。



 ……だが、そこまでだ。

 家康の首には届かない。例え、信雄を討ち取ることが出来たとしても、そこには未だ兵士達が残っている。三法師の登場によって逃げた農民達とは違う。織田信雄を主君と仰ぐ者達が。

 当然、そいつらは死にものぐるいで敵討ちを成し遂げようとするだろう。更には、その先に家康が四千の兵を率いて待ち構えている。二千五百の軍勢が、真っ向から八千の軍勢にぶつかっても犬死にするだけ。新五郎の特攻は、多方面からの一斉攻撃によって真価を発揮するのだから。



 しかし、他の戦況は織田軍の劣勢。どこか一つでも崩れれば、そこから一気に家康は攻勢に出て、三法師の敗北が決定してしまうだろう。

 それ程までに、三法師達は追い詰められていた。

 この状況を打破するには、それこそ奇跡を起こすしかない。この流れを一掃するような、神懸り的な奇跡を起こすしか――



 ***



 その時、中洲へ迫る影が見えた。



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