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28話

 天正九年 七月 小田原


 あ〜着いた〜! 長い船旅だったぁ! 結構大変だったけど、楽しかったなぁ。

 慶次のおかげで食料には困らなかったけど、やっぱりこの時代の船だと一息で目的地までつけないんだな。地形に沿って、途中途中補給しながら少しずつ進んでいたんだが……予想以上に時間がかかったな。

 なんか海賊っぽい奴らもいたけど、そんな強くなかったし問題なかったね。

 おそらく沼津ら辺で遭遇したんだけど、地元の漁師達が助けてくれたし、鯵も沢山くれたし良い人達だったなぁ。是非、帰りも寄りたいな。

 あ、あと船の上から見る富士山は格別だったよ! 前世では、そんな気にした事無かったけど、やっぱり富士山って良いものだなぁ。

 この時代だと、気軽に見に行けないから、より一層ありがたみを感じるのかもね。


 無事に小田原まで辿り着いた俺達一行だが、困った事が一つだけある。俺の背後にいる彼女だ。

「とのぉ〜とのぉ〜」

 俺を抱き締めながら、完全にだめっ子動物と化しているのは、白百合隊の椿。

 彼女は出港直前で俺達に追いついてくれたんだ。安土から浜松まで、相当距離があるだろうに、たった一日で走り抜けてくれた。

 きっと不眠不休で頑張ってくれたんだろう、椿は俺に文を渡した後、三日三晩眠り続けた。椿の献身には深い敬意を表する。

 椿のおかげで、俺は無事に爺さんからの返信を知ることが出来た。これで北条家と交渉が出来る、本当にありがとう。

 ただ、四六時中抱き着くのは止めて欲しいな。いや、まぁ確かに何でも褒美を叶えるって言ったけど……ね。


 そして、遂に小田原城に着いた。遠目から見ても、その壮大さに圧倒されてしまった。新五郎から、城下町も城の一部だと聞かされた時は何を馬鹿な事をと思ったけど……いや、これは凄いわ。

 確か、秀吉は北条家を滅ぼす為に全国の大名から徴兵したんだっけ? どんくらいの人数だったのかな? 五十万くらいかな?

 まぁとにかく、そんくらいの数で攻めなきゃ駄目だって思ったって事だよな。

 確かに気持ちは分かる。これ、籠城されたら何も出来そうに無いぞ。普通に城の中で自給自足やれそうだし、兵糧攻めが無意味なんじゃ?

 しかも、まだまだ増築予定ってところにある種の狂気を感じるな。


 小田原城を眺めながら物思いにふけっていると、前方に人集りが見えた。城の方から出てきた事を察するに、北条家の家臣達が迎えに来たのかな? 些か、ぼーっとし過ぎたみたいだ。

 こちらも急いで体制を整えると、相手の姿が見えてきた。先頭に立っているのは中年と思わしき男性、頭は剃っているが、間違いなくお坊さんじゃないな。

 服の上からでも分かる筋肉、修羅場を潜り抜けた者特有の風格、こんなお坊さんに説法されるなんて世も末である……あぁ、そういえば乱世だったわ。

 破戒僧(仮)は、俺の前まで来るとガバッと大きく手を広げ、満面の笑みで歓迎を表してくれた。

「これはこれは三法師様、ようこそお越しいただきました。某、上総入道道感と申します。隠居した身ですので、気軽に道感とお呼びください」

「おはつにおめにかかります。さんぼうしでございます。わざわざ、でむかえまでしていただき、きょうしゅくでございます」

 何か良い人そうだな。わざわざ出迎えてくれたんだし、このままついていこうかな。

「これはご丁寧に。これより先は、某がご案内致します故、御安心なさいませ」

「それは、ありがたい。ぜひとも、おねがいいたします」

「はははっ! 今夜の宴は大層盛り上がりますぞ! 家中の者総出で歓待の準備をしておりますし、殿も朝から落ち着かない様子で……余程、三法師様の御到着を楽しみにしていたのですな」

「はははっそれは、ありがたいことです」

 何それ!? どんだけ期待してんだよ。はぁ……胃が痛い、まぁ北条家の気持ちは分かるからなぁ。なんとか頑張ります。


 道感に、先導されながら大人しくついて行く俺達一行。でも、何か静か過ぎるって言うか、大人し過ぎって言うか……何かあった? 特に新五郎なんか、ぶるぶる震えちゃってるしさ。

 気になった俺は、ちょいちょいっと新五郎を呼び寄せ、他の人に聞かれないように問いかけた。

「しんごろう、なにがあった? みんなようすがおかしいぞ」

「いや……そのぅ……」

 目は泳いでるし、ゴニョニョ煮え切らない態度……正直、新五郎にしては珍しい態度だし、何からしくないな。うん、有罪。

「つばき」

「はっ」

 瞬く間に新五郎の背後をとった椿は、手を首元に添えて何やら呟いている。おそらく『殿の手を煩わせるな』とか言ってるんだろう。

 織田家の重臣相手にこの態度、完全にアウトである。多分椿の中だと、主人とそれ以外に決して越えられない壁があるのだろう。……椿の将来がちょっと不安でしょうがないんだけど。

 ……今、チラッと椿の手の中で何かが光った気がするが、きっと気の所為だろう。

「しんごろう、はなして」

「……殿は、あの御仁を知っておりますか? 」

 若干顔を青くした新五郎は、弱々しく前方を指さした。その先にいるのは、道感である。

「ゆうめいなのか? 」

「あの御仁は、北条孫九郎綱成殿です。北条家の主力部隊五色備えのうち、黄備え隊を率いて数々の戦場で大功をあげられた御仁です」

「つよかったのか? 」

「かの軍神上杉謙信が毘沙門天の化身ならば、あの御仁は八幡大菩薩の化身でしょう。信玄公もその武勇に恐れを抱いたとか……」

 げぇっ!? 軍神と同レベルって化け物じゃないか! なんで、そんな人が出迎えに来るんだよ。

 はぁ……そりゃ新五郎達も緊張するわな、相手は伝説クラスの人間なんだもん、小市民にVIPの相手をしろって方が無理な話しだな。

「つまり、しんごろうたちはきんちょうしていたから、かようにしずかだったのか」

「はい、かの御仁は東国無双と称しても決して過言ではありません。氏康殿が亡くなられた際に、家督を息子に譲り隠居したとは聞いていましたが……まさか、こんなところでお会い出来るとは思いませんでした。感無量でございます」

 器用に小さな声で喜びを露わにする新五郎、その目にはキラリと光るものがあり、身体は喜びに震えていた。

 どっからどう見ても、熱狂的なファンである。てか、新五郎が相手を『御仁』とまで呼んで、敬意を表すなんてよっぽどだ。

 昔、熱狂的なアイドルファンだった姉が、握手会直後に見せた顔そのものである。

 最近、新五郎には心労をかけていただろうし、そろそろ飴を与える頃合だろう。

「しんごろうがのぞむなら、どうかんどのとたいだんできるきかいをもうけるが? 」

「っ! ……若様、それはまことでしょうか? 」

 口調は丁寧だが、目が血走っていて正直怖い。どんだけだよ、ガチ勢じゃん。

 君の背後にもガチ勢がいること忘れてないよね? 多分、俺の恐怖の色を感じ取ったのか、椿の眼が据わり始めた。これ以上は命の危険があるだろう。

「しんごろうには、せわになっているからな。そのくらいしゅじんとしてかなえよう」

「ありがとうございますっ! 」

 深々と頭を下げる新五郎……俺はこの日、人が囁きながら叫ぶ事が出来るのだと知った。

 はぁ……何か毒気を抜かれちゃったな。まぁ良い感じにリラックス出来たって考えれば良いか。


 因みに、道感は七十近くの老人らしい。いやっ若作りし過ぎだろっ! 五十近くにしか見えないぞ! あの筋肉坊主、とんだ外見詐欺師だ!



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