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36話

 視線が混じり合う。

「……やっぱり……貴女だったのね。……紫陽花」

 悲しげに呟く竹。そんな彼女に、新五郎は動揺しながらも声をかける。

「そこに居るのは竹殿か!? 対峙しているのは……よもや、白百合の者か!? 一体、何がどうなっている! 」

「……斎藤様……どうかお下がりを。……この者は……敵にございます……っ」

「――っ!? ……あいわかった。竹殿、ご武運を」

「……有り難き……お言葉」

「うむ。……落ち着け、皆の者! 大事無い! 今は、目の前の敵だけを考えよ! 第四班は前へ出よ! 第三班は後方へ下がって補給! 第四班は、敵を引き付けつつ左へ誘導せよ! 直ぐに動け! 良いな! 」

『ははっ!! 』

 新五郎は、鬼気迫る竹の様子に事態の深刻さを悟ったのか、手短に済ませて後方へ下がる。その際、兵士達に指示を出す事も忘れていない。予想外の事態に、兵士達とて動揺しているのだ。矢継ぎ早に指示を出す事でパニックになる事を抑えている。皆、急な指示にも身体が反応するように鍛えられているからだ。

 案外、こんな簡単な事でも兵士達の動揺を消し去る事は出来る。無論、新五郎の人徳のおかげでもあるが。

 さて、そんな新五郎と竹の二人だが、背を向けていた為互いに顔も見ていないし、視線も合わせていない。だが、言葉少なくとも新五郎には伝わった。彼女の、そこにかける想いの熱さを。

 同じ、戦場を駆ける仲間として。同じ、主君に忠誠を誓う同士として。



 馬の嘶きと共に気配が逸れていく。

(……斎藤様……ありがとう……ございます。……どうか……ご武運を)

 竹は、そんな新五郎の気遣いに心から感謝すると、腰を落として鞘に手をかける。本来ならば、身分の違いから声をかける事すら憚られる相手。しかし、新五郎は身分の差など気にせずに竹と接した。あまつさえ、背を向けたまま指示を出す無礼を許し、竹の考えを尊重した。

(……本当に……主従揃って……不思議な御方だ)

 竹は、クスッと僅かに微笑むと、直ぐに意識を切り替えて敵を見据えた。感謝を述べるのは、この窮地を乗り越えてからで良い。今は、そのような余裕は無い。

 そんな竹に対し、紫陽花もこうなっては致し方ないと胸元に隠していた短刀を取り出した。

「……まさか、こんなにも早く駆け付けてくるとは思いもしませんでしたよ。事前に取り決められた配置場所からでは、どんなに急いでも間に合わない筈でしたのに」

「……あれは……嘘。……本当の配置場所は……松だけが知ってる。……私は……朝顔と二人一組だった。……今頃……私の代わりに……朝顔が戦ってる……よ」

 そう告げる竹の脳裏には、複数の敵に対し勇猛に戦う少女の姿が映っていた。実際には、彼女は特に武芸に秀でている訳では無いので、涙目で逃げ回っているのだが……。

 しかし、そうとは知らない紫陽花は、竹の言葉を聞いてより一層顔を険しくする。

「へぇ、なるほど。異常があれば、直ぐに駆け付けられるように相方を用意していたのですか。道理で早い訳ですね。……最初から、私達の中に裏切り者がいると確信していたのですね」

 冷たい視線が竹を貫く。僅かに瞳が揺れた。

「……っ。そう……だよ。……私達は……ずっと前から……裏切り者の存在を確信してた。……だって……おかしいもの。……暗闇の中で……散らばっていた仲間達が……一方的に殺されるなんて」

 そう、竹達は紫陽花こそが内通者だと確信していた。決め手は、あの夜に死んだ海の遺品である血染めの簪。鈴蘭が妹分である海に送った、綺麗な青色の簪だ。



 何故、それが決め手になったのか。

 それは、あの血染めの簪こそが、海が残したダイイング・メッセージだったのだ。

 あの日、死の間際で海は内通者の存在に気付き、その正体が紫陽花だと見抜いた。

 紫陽花は、北条氏政への連絡係を任されていたが故に、いざという時の為に京へ滞在していた。それ故に、明智光秀を対象とした包囲網の設置に深く関わっていたのだ。誰が、何処に居るのかを事前に知る事が出来た。

 無論、包囲網の設置には他の者達も関わっている。十傑の一人である鈴蘭もまたその一人。これだけでは、紫陽花を裏切り者とするには不十分だろう。

 だが、それだけでは無かった。海は、音が遠くなっていく中で確かに聞こえていた。襲撃者が、聞いていた人数とは一人少ないと口走っているところを。

 実は、海達が見張りにつく直前に一人腹を壊してしまったが故に欠員が生じていた。それは、現場の総責任者である鈴蘭も承知の事。知らないのは、一度京へと帰還していった紫陽花だけ。それ以外は、全て所定の位置に着いている。取るに足らない情報だからと、紫陽花へ改まって説明する者など一人もいなかった。

 つまり、襲撃者がポロりと口を滑らせたが故に、件の襲撃には紫陽花が情報を流していた事を逆説的に証明してしまったのだ。

 それ故に、海は最後の力を振り絞って髪の毛から簪を取り外して握り締めた。青色の簪に、自身の赤い血が付着するように。だから、頭部に傷一つ付けられていないにも関わらず、彼女の簪だけが血に濡れていたのだ。

 赤、青、紫。その三色が、彼女の名を冠した花を示すように。



 紫陽花も、あの一件は悪手だったと認めるのか、深く溜め息を吐いて認めた。

「……あぁ、明智光秀の一件ですか。確かに、アレはやり過ぎましたね。もう少し、慎重に事を進めるべきでした。……ですが、ああでもしないと、明智光秀は殿が敷いた包囲網から抜け出せなかった。それでは、本能寺への奇襲が失敗してしまうのは明白。……死んでいったあの子達には悪い事をしてしまいましたが、致し方の無い犠牲と言うやつですよ」

「……っ! 紫陽花……貴女は……っ」

 そう、顔を逸らしながら告げる紫陽花。しかし、そのあまりの言い様に、竹は瞳を真っ赤に染め上げながら怒りに震えた。彼女自身らしくない事は分かっている。戦場において、敵の言葉を鵜呑みにして平静を失うなど未熟極まりない。常に冷静沈着であってこそ、本当の意味で一人前と言えるのだ。

 だが、それでもこの怒りを抑える事は出来ない。

「……紫陽花……貴女は許さないわ……絶対に……っ」

 妙覚寺で安らかに眠る同胞達。血に濡れた簪。泣き崩れる鈴蘭の姿。あぁ、そうだ。あの日から、もう二年が経とうとしている。だが、私達の家族の命を理不尽に奪った者への怒りは、今も尚、決して色褪せる事は無くこの胸の内に渦巻いている。

「……殺すわ。……この手で」

「……良いでしょう。受けて立ちますよ、竹様。もとより、私の裏切りを知られて生きて返す訳にはいきませんから」

 両者、同時に小刀を構える。

 血生臭い戦場とは打って変わって、背筋が凍るような冷たい風が両者の間で流れていた。

 片や、白百合隊最高幹部の一人。三日月の一角を担う少女、竹。片や、白百合隊十傑の一人。第九席を任されている少女、紫陽花。味方である筈の両者の間には、もう修繕不可能なまでの亀裂が生じていた。



『――フッ!! 』

 二人の姿がブレた瞬間、両者の間合いの中央で刃を交わす。険しい表情。火花が宙を舞い、数秒間の鍔迫り合いの後、互いの反動を利用して距離を取ると、再び縮地を使って間合いへ一足飛びに入る。

『はああああっ!! 』

 一閃、二閃、三閃……切り結ぶ毎に、服や頬が薄く切り裂かれる。急所を守りながらも、その圧倒的な手数で間合いを制するその戦術は、女性特有の身軽さと関節の柔らかさを十二分に活かしたモノ。それを、独自のやり方で技へと昇華されたソレは、まさに白百合流戦闘術と言えよう。

 白百合隊、特に三日月と十傑に位置する十三人は、幼き頃より共に修練に励んできた仲。その根本にあるのは、里で師範達に教わってきた基礎。それ故に、互いの手の内は知り尽くしていると言える。

 だが、それでも――

(……強い、……まさか、……今まで……手加減……してたの? )

 僅かに差し込まれる。顔が苦痛に歪む。紫陽花は、竹の想像よりも強過ぎた。別人かと思う程に。三日月と十傑には、明らかに実力という名の壁が存在する。確かに、桔梗や彼岸花といった例外は存在するが、第九席の紫陽花が三日月の竹と互角に渡り合うなど本来なら有り得ない事態。

「まだまだぁあああ!! 」

「……くっ!? 」

 だが、それも紫陽花が牙を隠していたのならば別だ。ずっとずっと、一人で研ぎ澄ませてきた刃が牙を剥く。

「そこぉおおお!! 」

「――っ! ……ゲホ、ゴホ……ッ」

 竹の小刀が弾かれ、無防備な胴体を狙って足蹴りが放たれる。竹は、堪らず右側へ吹き飛ばされる。新五郎達の居る方角とは真反対へ飛ばされたのは不幸中の幸いか、竹は咳き込みながら最低限の任務は果たせたと小さく頷く。

 熾烈。熾烈。熾烈。一撃の重み。そして、何よりも殺意の密度に差があった。竹は、非情になりきれていない。口では幾らでも言える。だが、それで今まで家族だった者へ殺意を抱けるかはまた別だ。

「……なんで。……私達……家族……でしょ? 」

 竹の瞳が揺れる。だが、紫陽花はそんな竹を鼻で笑ってみせる。

「ふっ。何が、家族よ。私にとって、家族はこの世でただ一人。妹だけよ。あの子だけが、私の家族。貴女達は違う」

「……なら……何で……そっちにつくの? ……徳川は……私達の家族を……「黙れ! あんな奴らは、私の家族では無いっ!! 」――っ!? 」

 その殺意に満ちた淀んだ瞳に、竹も思わず言葉を詰まらせる。

「里で生まれた貴女なんかに、私の気持ちなんて分かる筈が無いでしょう!! 何が家族よ! 何が仲間よ! 偽物ばかりじゃない! あんな里、滅びて当然よっ!! 」

「……っ!? ……紫陽花……貴女……まさかっ」

 目を見開く竹。悟ってしまった。紫陽花が、一体何をしたのかを。

「……えぇ、そうよ。あの日、徳川の兵を里へ誘導したのは私。目印の為に、最初に長の家に火を放ったのは私。……里を滅ぼしたのは、この私よ「そうか。それは、良い事を聞いた」――っ!? だ、誰っ!! 」

 刹那、竹を庇うように三つの影が降り立つ。その衝撃で僅かに土煙が舞う。そして、煙が晴れた後、そこ居たのは白百合隊三日月 松、同じく白百合隊三日月 梅。そして、白百合隊十傑第五席 椿。道を踏み外した同胞を裁く為、此処に集結した。




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