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30話

【天下一統】

 織田信長と織田信忠がその人生をかけて目指し、託された三法師が泰平の世を願って歩み続けた織田家の悲願。

 朝廷を掌握し、長宗我部家を服従させ、毛利家が織田家に頭を垂れ、上杉家を滅ぼし、奥州勢を制圧し、織田家は日ノ本の凡そ九割を支配するまでに至った。残るは九州。既に、島津家と盟約を結んでいた織田家にとって、残る大敵は大友宗麟と龍造寺隆信だけであった。



 天正十二年三月。

 京にて、三法師が【大友征伐の大号令】を宣言すると、総大将を任された織田大和守信孝は、十万を超す大軍を率いて進軍を開始。

 初戦で龍造寺隆信相手に辛勝するも、九鬼水軍の奇襲によって豊後国府内を攻め落とすと、破竹の勢いで攻めのぼり、瞬く間に大友家居城臼杵城を包囲。島津家の援軍も加わり、最早落城は目前と思われた。

 そして、豊後国府内を落としてから十六日後。

 天正十二年五月十五日 臼杵城 落城。

 ここに、九州の雄として名を馳せた名門大友家が滅亡。織田家は、悲願の天下一統を果たした。

 これで、ようやく乱世が終わる。泰平の世が訪れる。そう、誰もが思った――その瞬間、遂にあの男が隠し持っていた殺意の刃を抜いた。



 織田信雄、黒田官兵衛、佐々成政、徳川家康。この四名が織田家に反旗を翻したのだ。

 備後国、加賀国、尾張国にて、安土城を囲うように三方から立て続けに挙兵。三法師達は、大友宗麟撃破の報告と同時に、件の四名による謀反も知らされる事になった。

 先手を取られ、パニックに陥る家臣達。……無理もない。絶望とは、幸せな時との落差の分だけ重くのしかかってくる。天下一統という悲願を果たした直後の裏切り。それも、織田家一門衆序列上位の者が。文官である彼らにとって、心の許容量を超えるショックがあったのは言うまでもない。



 だが、そんな絶体絶命の危機にも挫けずに立ち向かう者達がいた。三法師、丹羽長秀、森長可、白百合隊、赤鬼隊。総勢五千の戦士達が、織田信雄率いる反逆軍を打ち倒さんと武器を持った。

 三法師達は、懸念事項である黒田官兵衛と佐々成政を羽柴秀吉と前田利家に任せ、即座に琵琶湖を経由して長浜城を目指す。目的地は岐阜城。そこに居る三千の兵士と、それを率いる新五郎と合流する為に。

 そんな三法師の期待に応えるように、各地の戦況は大きく動いていた。

 天正十二年五月十四日 美作国にて、逆賊 黒田官兵衛を羽柴秀吉が討ち取る。更には、天正十二年五月十九日 加賀国金沢平野にて、前田利家が佐々成政と一騎打ちを繰り広げ、激闘の果てに勝利を収めた。



 これで、残す敵は織田信雄と徳川家康のみ。波に乗る織田軍は、速やかに琵琶湖を渡って長浜城に入ると、休む間もなく大垣城へ向けて出発する。そこで一晩明かし、夜明けと共に岐阜城を目指した。

 考えられる限り最速の強行軍。これならば、必ずや岐阜城への救援が間に合う。……そう、誰もが思っていた。

 しかし、岐阜城城下町に到着した三法師達を待ち受けていたのは、新五郎率いる岐阜勢ではなく、逆賊 織田信雄・徳川家康率いる連合軍一万五千。


 既に、岐阜城城下町は焼け落ちていた。



 ***



 天正十二年五月二十一日 岐阜城城下町



 むせかえるような血の臭い。無造作に積み上げられた死体。見せしめのように串刺しにされた死体。空を飛び交う鴉。焼け落ちた町並み。下卑た笑みを浮かべながら、こちらへ視線を向ける信雄と家康の姿。

(間に……合わなかったの……か……っ)

 最悪の想像が脳裏を過ぎり、俺は肩を震わせながら両手を強く握り締めた。

「殿……っ」

「……すまない、……すまないっ」

 松の気遣うような声に応じる事も出来ず、俺は死んでいった者達へ謝罪を繰り返した。朝日に照らされた彼らの姿は、正直上手く言葉では表せられない。

(胸が痛い。悔しい。こんな惨たらしい仕打ちがあるか。彼らが一体何をしたというのか! )

 こんな惨劇を作り出した信雄と家康に対し怒りに震えていると、隣に立つ勝蔵が眉を細めながら口を開いた。

「……何か、違和感があるような? 」

「……えっ? 」

 その呟きに、バッと顔を上げて勝蔵の方を向く。一筋の光に縋るように。しかし、勝蔵も具体的には分かっていないのか、眉を落としながら顔を伏せた。

「あ、いや…………。申し訳ございませぬ。某にも、ハッキリとは申し上げる事が出来ず……」

「いや、良いんだ。こちらこそ、ごめんね」

 落胆はしていない。俺自身が違和感に気付けていないんだ。不満を口にする権利すら無い。場数の差だろうか。ただ、非常にもどかしい……っ。



 そんな暗い空気が流れる中、一人の男が俺達の隣へ歩み寄る。そう、俺は忘れていたんだ。この中で、誰よりも場数を踏んでいる歴戦の智将の存在を。

「それは、城下町の状態と兵の配置でしょうな」

『丹羽様っ!? 』

 五郎左の登場に場がざわめく。

「……五郎左、詳しく教えてくれないかな? 」

「はっ。先ず、城下町の状態についてですが、不自然なまでに手前と奥で破壊の痕跡に差がございます。こちらから見て手前は、非常に激しい戦闘があったのか、あちらこちらに壊れた家財や砕けた鎧の欠片が散らばっており、焼け落ちた母屋の扉にも破壊された形跡が見えます。……しかし、奥の岐阜城よりにはそれが見えない。まるで、わざと燃やしたかのように」

「わざと? 」

「えぇ、あまりにも綺麗に焼け過ぎております。戦闘の末に建物へ火が燃え移ったのであれば、もっと倒壊した建物があってもおかしくありません。そして、あそこに積み上げられた死体ですが、見た限り殆どが武装した兵士達のモノと思われます。それが、手前に固まっている。……敵の進行を食い止めるべく小隊が残り応戦し、城への道を断つ為に火を放った。そう、考えても不思議ではございませぬ。それに……あまりにも静か過ぎます」

『……っ!? 』

 一同、ハッとしながら辺りを見渡し始める。確かに、五郎左の推測を裏付けるような痕跡がチラホラと見つかった。

 ゴクリと、唾を飲み込む音が聞こえる。散りばめられたピースが、正しい場所へと収められていく。そして、五郎左はゆっくりと右手を伸ばして家康を指差した。

「何より、兵の配置がおかしいのですよ。もし、私達の襲撃を知って事前に陣を敷いていたのであれば、何故大将である織田信雄と徳川家康が前に出ているのでしょうか」

「……っ! 確かに、それはおかしい。普通、大将は陣の後方にいる筈だよね。実際、余もこうして最後方にいる。大将首を取られたらお終いなんだ。奴が、それを理解していない筈が無いよ」

 言いながらようやく違和感に気付けた。前方、岐阜城を背にして並ぶ反逆軍。こちらから見て右手に徳川家康軍、左手に織田信雄軍とハッキリ分かれている。隊列は伸びるように縦長になっており、何故か大将が最前線に立っているように見え、兵士達はこちらの動きを警戒するように動こうとしない。

 まるで――

「……まるで、城攻めを行う直前に、背後から敵兵が現れたかのような動揺ぶりですな」

「……五郎左、教えてくれないかな。分かっているのだろう? この状況を打破する方法を。余は、何をすれば良い? 」

「……」

 視線が交わる。皆の視線が俺達二人に集中する。危険は重々承知している。だが、引く気は一切無い。そう、視線で訴えていると、五郎左は深く息を吐いて頷いた。

「……正直に申し上げれば、一家臣として主君にこのような策を告げたくはございませぬ。三法師様ならば、一も二もなく引き受けてしまうでしょうから。……分の悪い賭けにございますよ? 」

「大丈夫。余は、五郎左を信じている。五郎左も余を信じよ。必ずや成し遂げてみせる。……それに、こう見えて余は中々豪運なのだよ。ちょっとやそっとの困難くらい乗り越えてみせる。今までのようにね? だから、案ずる事は無いよ」

 フフンと、胸を張りながら笑ってみせると、五郎左は返すように薄く微笑んだ。

「ふっ、……左様でしたな。確かに、三法師様は類稀な強運の持ち主でした。……では、策を授けましょう。失礼致します」

 と言うと、五郎左が顔を近付けて俺だけに聞こえるように耳打ちする。その内容に、俺は思わず目を見開いてしまった。

(確かに、これは五郎左らしくない考え。奇策も奇策。一歩間違えたら……て言うか、相手の出方次第では俺死んじゃうよね。……だけど、それ故に意表を突く事が出来るし、上手くタイミングが合えば一気に場の流れをこちらへ引き寄せられるかもしれない)

 少し右手が震えている。

 恐怖か、はたまた武者震いか。

 俺は、ニヤリと笑って五郎左へ視線を向けた。

「うん。それでいこう」

「はっ。では、私は他の者達へ伝令を出して参ります。……三法師様、ご武運を」

「うん。またね」

「……ははっ」

 五郎左は、手綱を引いて伝令隊の下へと駆けて行く。俺は、その背を一瞬だけ見て、直ぐに前へ向き直った。

「松」

「はっ」

「白百合を率いて金華山へ入ってほしい。この戦の勝敗は、あの山を制した者になるだろう。……それに、きっとあそこには松達の仇がいる筈だよ」

「……御意。直ちに出発致します。……殿、ご武運を」

「うん、任せたよ」

「ははっ」

 松の気配が消える。一度も視線を合わせる事は無かったけれど、特に不安は感じなかった。松ならば大丈夫だという信頼があったからこそだろう。

「では、いってみようか。裏切り者を倒しに」

 前進と命ずると、俺を乗せた輿がゆっくりと前へ進み始める。直後、戦場に法螺貝の音色が響き渡った。




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