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14話

 天正十二年五月十九日 加賀国 金沢平野。

【槍の又左】前田利家と【闘将】佐々成政の一騎打ちは、互いに磨き上げた技と技がぶつかり合う一進一退の攻防の末、遂に最終局面を迎えた。



 ***



 両手で槍を軽く握りながら脱力。左足を軸に右足と共に両腕を引き、腰を下ろし、穂先を斜め下に向けながら半身に構える。燃えるような瞳。利家の姿には、一分の隙も見当たらない無い。

「これで、終いにしよう」

 瞬間、赫き闘気が膨れ上がる。類稀なる天稟の才と、宿敵との鍛錬の末に辿り着いた剛の極地。因縁も、葛藤も、全てを焼き尽くさんばかりに燃え上がる断罪の刃。

 それに、成政も呼応する。

 左足を軸に身体を捻り、中腰に構え、左手を軽く黒槍に添えながら吐き捨てる。

「それは、こちらの台詞だ」

 瞬間、蒼き闘気が膨れ上がる。ただただ愚直に修練に励み、死の気配が頬を撫でる戦場の最前線で切り結び続けた末に辿り着いた柔の極地。信頼も、葛藤も、全てを呑み込んでこの一撃にかける。

 静寂。

 一拍……二拍と間が開き、成政の頬を一筋の雫が伝って地面へ落ちる。

 そして、ゆっくりと吸い込まれていった……瞬間、両者同時に駆け出した。

「又左ぁぁあああっ!! 」

「内蔵助ぇえええっ!! 」

 互いの名を叫びながら、共に必殺の奥義を放つ。



 ――前田流槍術 炎の如し 奥義 燎原之炎

 ――佐々流槍術 水の如し 奥義 積水成淵



 唸るように宙を切り裂きながら、真っ直ぐに利家の眉間目掛けて迫る黒槍を、利家の朱槍が右斜め上段からの振り下ろしで見事に相殺する。

『おおおおおおおおおおっ!!! 』

 激しい衝突音。赫と蒼の闘気が混じり合う。空間が悲鳴を上げながら歪む。拮抗。芯を揺さぶるような荒々しい雄叫び。互いに一歩も譲らず。まるで、そこだけが世界から切り離されたかのようにも見えた。

「ぉぉおおおおおおっ!! 」

「ぁぁああああああっ!! 」

 絶叫。頬には裂傷が走り、瞳からは血涙が流れる。明らかに人智を超えた力。その人ならざるモノに手を出した反動が、自身の身体を崩壊へと誘う。

 肉は裂け、骨は軋み、されど両者共に退かず。誰が見ても、決着が着く前に互いに自滅する姿がハッキリと見えていた。

『いけ、前田様っ!! 』

『佐々様……っ』

 一同、固唾を飲んで見守る。

 両者の力は互角……かと思われたその時、利家の瞳が真紅に輝いた。

「まぁけぇぇるぅかああああっ!! 」

「ぐぅっ!? 」

 瞳の輝きが秒毎に増し続ける。成政の足が押される。……勝敗を分けたのは想いの強さだった。

 突如としてキィンッ! と、耳に残る金属音が響くと共に、両者が纏っていた赫と蒼の闘気が弾け飛び、凄まじい衝撃波と土煙が戦場に吹き荒れた。

『う、うわあああぁぁ!? 』

『退避ぃー! 退避ぃー!! 』

 一瞬にして吹き飛ばされる兵士達。必死に身を低くする者も、逃げ惑う者も等しく土煙に呑まれていった。





 そして、暫く経つと煙が晴れていき、次第に利家と成政の影が兵士達の視界へ映る。どちらが勝ったのか。兵士達は、決戦の行く末に期待を込めて視線を向けた。

 そこにあったのは、共に五体満足で立つ二人の姿。両者の体勢は、共に奥義を放った直後のまま。槍も、交わった状態で止まっていた。

 落胆。そして、困惑。何故、二人は決着もついていないのに動かないのか。その答えは、ピシッと何かが割れる音と共に明らかになる。

「あ、あれは! 佐々様の槍がっ!? 」

 そんな誰かの驚く声と共に、黒槍の穂先が乾いた音を立てながら砕け散る。柄には、深いヒビが大きく刻まれており、最早その黒槍を使うことは出来ないだろう。

「…………ぁ」

 呆然と黒槍を眺める成政の首に、利家の朱槍が添えられる。

「俺の……勝ちだ」

『ぅぅ……ぅぉ……ううおおおおおおおっ!! 』

 湧き上がる歓声と共に、利家は己の勝利を告げた。それと同時に、黒槍が成政の両手からこぼれ落ちて地面に音を立てながら落下する。



 前田利家と佐々成政。

 織田家を代表する武闘派二人の一騎打ちは、前田利家の勝利で幕を閉じた。



 ***



 砕けた黒槍が落ちていくのを呆然としながら見詰めていた成政は、ふと口元を緩めると膝を着いて負けを認めた。

「あぁ……お前の勝ちだ、又左。見苦しい抵抗はせん。殺すなら、さっさと首を刎ねよ」

「…………」

 成政は、静かに兜を外し、流れるように首を晒した。無様な最期は晒さぬと、実に潔い態度を見せる。しかし、その表情は敗軍の将とは思えぬ程に穏やかであり、利家にある確信を抱かせる決め手となった。

 利家は、成政の首元に穂先を添えながら呟く。

「内蔵助……何故、このような事をしたのだ。お前は、誰よりも織田家に忠節を尽くす誇り高き武士だったでは無いか。そんなお前が、このような時に……天下一統という織田家の悲願が叶う時に主家へ反旗を翻すなど……。俺には、未だに信じられんのだ」

 ピクリと、成政の眉が僅かに動くも、その顔は未だに伏せたまま。

「……最初に言ったであろう。全ては、三法師様を安土城より救出する為に行ったことだ。害する気など無い。ただ、四大老によって実権を奪われた主君をお救いしたい……それだけだ」

「親父殿がそんな事をする筈が無いだろう! 」

「……あぁ、そうだな。本当に……その通りだ」

 項垂れる成政。そこに、利家は成政にしか聞こえぬように呟いた。

「今、この会話を聞こえる者は俺達二人だけしかおらぬ。あそこに居る家臣達には、決して内容が漏れることは無い。……だから、どうか話してくれ。内蔵助」

「…………っ」

 利家の真摯な想いが込められた言葉は、真っ直ぐに成政の心を貫いた。

 固く、氷のように閉ざされていた壁が崩れる。それはきっと、幾十年も共に切磋琢磨してきた無二の友である利家だからこそ出来たことだろう。

 成政は、僅かに顔を上げて口を開いた。

「妻と子供を人質に取られた……」

 成政の強く握り締められた右手から、一筋の血が地面へ伝っていく。

「黒ずくめの男達。数は五名だったな。あの佇まいは、間違いなく間者であろう。奴らは、鍔に手をかけ警戒する俺達の前でも一切動揺する事は無く、代表と思われる者が血のついた布切れと紐で結われた髪の毛を渡してきた。……それを見て、直ぐに察した。妻と子が人質に取られたのだと。……顔色を変えた俺を見た奴らは、『我らの指示に従わねば殺す』と、一枚の文を取り出して渡してきたのだ。此度の挙兵は、そこに書かれていた内容に従ったものだ」

「んなっ!? 」

 思いもよらぬ真実に、利家の瞳が大きく見開く。

「……何故、妻子が人質に取られてしまったのだ? 遠出でもしておったのか? 」

「いや、城にいた。加賀国でも、越後国と同様に多数の場所で小火騒ぎが同時に行ったのだ。それを鎮圧しに行き、帰った頃には既に事は終わっておったのだ」

 成政は、自嘲気味に笑う。

「奴らが姿を消した後、俺は慌てて城中を探し回ったが、見つかったのは物言わぬ骸となった傍付き達。全員……殺されていた。誰も生きてはおらんかった。残されたのは、奴らが渡してきた文のみ。……そして、重臣達にも同じように妻子を攫われた者もいるのだ」

「そう……か。何たることか! これは、あまりにも人の道理に反しておる! 一体、誰がこんな事を計画したのだ! 文には何か書いていなかったか!? 」

 憤慨しながや詰め寄る利家。成政は、乾いた笑い声を漏らしながら呟いた。

「……あぁ、書いてあったさ。……黒田官兵衛。奴こそが、此度の謀反を計画した黒幕だ」

「……っ!? な、なん……だと……っ!? 」

 利家は、成政から告げられた人物の名に、思わず立ちくらみを覚える。織田家四大老が一人、羽柴筑前守秀吉が副官 黒田官兵衛が裏切った。その事実は、同じく織田家に仕える身として、あまりにも受け入れ難いモノであった。




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