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2話

 天正十二年五月二十日。

 その日は、後世において全ての始まりにして終わりの日と伝わる事になる。



 大友家を滅ぼし、悲願の天下統一を果たしたと喜ぶ三法師達に、突如として織田信雄謀反の一報が入る。狼狽える文官。情報を持ち帰った鈴蘭もまた、不忠者め! と、憤慨しながら身を震わせている。

 しかし、この時はまだ三法師の予想範囲内だった。そもそも、あれだけ家康と会っていれば嫌でも疑う。公の場で頭を下げた時は感激したけれど、よくよく考えてみればちょっと胡散臭いな……って思ってしまうのが三法師。権力者の子に生まれた性か、前世では関わりの無かったスキルを会得してしまったのだ。

 とまぁ……信雄は色々と怪しいけれど、三法師の警戒対象はあくまでも家康であり、家康の領地を監視していれば問題ないと判断していた。戦支度を整えようとすれば、必ず物流に痕跡が残るからである。信雄みたいに。それ故に、三法師は信雄率いる反乱軍は三千程度だと予想していたのだ。

 それだけでは無い。狙いが己が首だと分かれば自ずと進軍経路も悟れる。安土城に行くには美濃国を通るしかない。そこにあるのが、難攻不落と名高い岐阜城。その城には、三法師が最も信頼する名将 新五郎に三千の兵を預け守りを固める。

 更には、直ぐに救援に駆けつけられるように勝家達北陸勢を自領にて待機。安土城に赤鬼隊二千、若狭国には勝蔵に三千の兵を用意させてある。

 そして、駄目押しとばかりに、対徳川家康として秀吉を既に呼び寄せていた。その数、一万。秀吉は元々、大友征伐として三万の兵を与えられていたが、二千は龍造寺隆信に潰され、その影響で右腕である長秀は立花山城にて療養。その護衛に三千の兵を割く。後の一万五千は信孝に預けていたので、備後国鞆の浦に着いた時には総勢一万であった。

 単純に、史実の天下人には同等の天下人をぶつけようといった作戦だったが、三法師は一切の妥協を許さずに準備を進めていた。歴史に名を残した偉人に舐めてかかるなんて自殺行為。その凄まじい勢いは、逆らった瞬間に即族滅! と、言わんばかりである。



 されど、家康はその上をいった。

 三法師が、民や国の発展を願って街道を整備すれば、兵士達をその作業員に扮して潜伏させる。とある宿場など、宿から長屋まで丸々徳川軍に乗っとられていた。これは、三河の民の尽力あっての事だが……これは追々語るとしよう。

 更には、新発田や上杉の残党を動かし、佐々成政を唆して闇に落とし、挙句の果てには黒田官兵衛と結束して秀吉を陥れる始末。

 その間に、家康は信雄と合流して総勢一万五千の大軍に膨れ上がった。対する岐阜城の新五郎の手勢は三千、安土城の三法師は僅か二千。よしんば勝蔵が間に合っても合わせて八千。徳川軍とは倍近い兵力差が出来ていた。なんと、気が付けば三法師の策は全て食い破られ、利用され、後一手で詰まされる絶体絶命の危機に瀕していた。

 さて、三法師はこれからどのような決断を下すのか。その前に、各地の状況を見ていこう。



 ***



 天正十二年五月十日未明、越後国春日山城。

 織田家大老柴田勝家が統治するこの場所で、闇に蠢く者達の暗躍が始まった。

 未だ暗がりを月が照らす頃、不意に城下町から火の手が上がった。一、二、三、四……と、連鎖的に小規模な爆発が起こり、灰色の煙が天高く昇っていく。鳴り響く鐘の音。悲鳴。怒号。多くの人々が就寝中だった事もあり、城下町はあっという間に混乱の渦に飲み込まれた。

 そんな中、屋根の上を走り抜け、最短距離で春日山城を目指す影が一つ。名を朝顔。三法師の命により、影で柴田勝家の統治を支えるくノ一である。

「柴田様ーっ!! 一大事にございますっ! 」

 城門を飛び越え、門番の制止の声を振り切り、大声を上げながら廊下をひた走る朝顔。

 その声によって眠りから覚めた者達が、なんだなんだと騒がしい外へと視線を向ける。そこにあった幾十もの火の手が上がる城下の様子に、一同目を見開きながら慌てて動き出す。

 その気配を感じ取った朝顔は、ホッと一息つくと気持ちを入れ替え、上へ上へと駆け上がる。そして、遂に辿り着いた大広間の襖を勢いよく開け放った。

「失礼致しま……すっ!? 」

 そこに居たのは、黒装束の何者かと対峙する勝家の姿。新手の登場に動揺したのか、黒装束は僅かに身体を強ばらせる。それは、戦闘中においてあまりにも致命的な隙であった。

「ぬぅんっ!! 」

「……っ! しま……っ!? 」

 黒装束が、勝家の一撃で頭をかち割られて血の海に沈む。その光景に息を呑む朝顔だったが、良く目を凝らしてみれば、他にも四、五人程の黒装束が同様に血の海に沈んでいた事に気付いた。

「ご無事ですか、柴田様! 」

「……あぁ、朝顔殿か。うむ。問題ない。他愛ない敵であったわ。……だが、こやつらのせいで無駄な時間を取られてしまったな。おそらくは、それこそが目的なのだろう」

 刀に付いた血を拭いながら呟く勝家。そこへ、二人の男が駆け寄る。現れたのは、勝家の養子である柴田勝政に与力である佐久間盛政。両者共に返り血の付いた着流しを羽織っており、道中にて勝家と同様に襲われた事が分かる。

「義父上!! 城下の団子屋にて火災が発生した際、近隣住民が怪しげな男を見たとの報告が! どうやらその男、旧新発田家に仕えていた者に良く似ているとのこと! 」

「こちらも、旧上杉家の者を見たとの報告が上げられております! ……叔父上、これは偶然ではございませぬ。明らかに、何者かによる破壊工作でしょう。速やかに下手人の正体を探りましょうぞ!! 」

「……落ち着け、盛政。今は、下手人や敵の狙いを探るよりもこの混乱を収めるのが先だ」

 勝家は、そこで一旦話を区切ると朝顔へ視線を向ける。

「この騒動……何やらきな臭い。根拠は無いが、この程度で終わらぬ予感がする。……朝顔殿は、速やかにこの事を三法師様へお伝えくだされ。この柴田家の家紋が刻まれた小太刀があれば、各地の領主も快く早馬を貸すだろう。存分に使ってくだされ! 」

「は、ははっ! 忝のぅございますっ!! では、私はこれにて失礼致します! 」

 小太刀を受け取りながら深く頭を下げて礼を言うと、朝顔は足早に馬小屋へ向かう。馬小屋は、ぽつんと馬だけが取り残され、世話役は既に逃げているのか誰も見当たらない。されど、朝顔は寧ろ好都合だと馬に跨り城を出た。

 悲鳴。怒号。絶叫。混乱極める城下町を、朝顔は見向きもせずに駆け抜ける。一度でも助けを乞う人を見れば必ず情がわくから。

(ごめんなさい……でも、今は貴方達を助ける余裕は無いの。私も、さっきから妙な胸騒ぎがするのよ……っ)

 見事な手綱捌きをみせる朝顔の顔は暗い。そんな鬼気迫る表情に、誰もが道を譲った。



 ***



 必要最低限の食事と眠りで北陸を駆け寄る朝顔。加賀国へ到着したのは、春日山城を出発してから六日程経った五月十六日。勝家の予想通り各地で混乱が起こっており、道中迂回されながらも必死で駆け抜けた。

 そんな朝顔の元へ一つの影が迫る。

「そこで止まって、朝顔っ! 」

「えっ!? は、蓮? 」

 そこには、朝顔と同様に馬に跨り地を駆ける蓮の姿が。その姿に手綱を引いて馬を止めると、蓮は鬼気迫る表情で朝顔の肩を掴んだ。

「越後は! 越後は今、どうなってるのっ!! 」

「え? あっちは、新発田家やら上杉家やらの残党が各地で騒ぎを起こしていて、柴田様が家臣を率いて鎮圧に動いているわ。……私もそうだけど、柴田様も何かきな臭いモノを感じ取ってね。急いで、殿の元へ向かってるところよ」

「……っ、やっぱりそうなのね! ……良い? 焦らずに聞いてね? ……佐々様が挙兵したわ。真っ直ぐに越前へ向かってる。私は、これを謀反だと判断したわ」

「む、謀反っ!? 」

 蓮の言葉に朝顔は目を見開く。とても信じられない事だったが、ここで蓮を問い詰めても何も解決しないだけ……と、朝顔は問い詰めたい気持ちをグッと堪えた。

 その様子に、蓮は話の先を続ける。

「私は、これから前田様の元へ向かうけれど、朝顔も一緒に行きましょう。越後の事も話す必要があるわ」

「……分かったわ。直ぐに出発しましょう」

 力強く頷き合う二人。両者同時に手綱を引き、越前へ出発した。



 翌日、利家の居城である北ノ庄城へ向かった二人だったが、直ぐにその足を止める事になる。何故ならば、既に利家は加賀へ向けて出陣しており、道中にて陣を敷く前田軍に合流した為だった。

 そこで、二人は衝撃の事実を知る。


【ここに、織田尾張守信雄の意を示す。織田信孝並びに、柴田勝家・丹羽長秀・滝川一益・羽柴秀吉の五名は、幼き主君 三法師が政を行えない事をいい事に傀儡化し、五名の都合の良いように織田家を操っている。これは、まさしく謀反なり。真に織田家を思う忠臣よ。今ここに安土へ集え。我らが主君をお救いするのだ!! 】


 朝顔は、そこに記された内容に身体を震わせる。恐る恐る利家へ視線を向ければ、ソレは俺宛に送られたモノであり、他の者達にも間違いなく送られていると語った。そして、それ故に成政の動きをいち早く察知出来たのだと。

「三法師様に伝えて欲しい。おそらく、俺や親父殿は決戦の地に立てぬだろう。そうなるように仕組んだ者がいる。お気を付けくだされ……と」

「……前田様は、どうされるのですか」

「馬鹿を止めに行く。……これは、俺にしか出来ない事だからな」

『…………っ』

 力無く笑う利家に、二人は何も言えなかった。どうしてこうなってしまったのか、どうして味方同士で戦わねばならぬのかと悔しくて涙が出てくる。

 陣を離れ安土城へ向かうその足取りは力強い。二人は、必ずや裏にいる卑怯者を叩きのめすと固く誓ったのだった。



 ***



 信孝を討ち倒し、更には四大老を追い出して織田家を掌握せんと動き出す信雄。その裏で、今回の絵を描いた策士は薄く歪んだ笑みを浮かべていた。

「あぁ、なんて綺麗なのだろうか」

 屋敷全体を覆う業火を見蕩れながら狂ったように笑う官兵衛。

 天正十二年五月九日 備後国 鞆の浦。

 此処が、全ての始まりであった。




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― 新着の感想 ―
[一言] 巫山戯るな。信孝は、三法師様が一番信用している一門衆だ!!! 大老方が傀儡とは笑止千万!!!! 信雄と家康、謀反をお越した暁の結末を思い知らせてやる。今笑っているが、絶望する顔が楽しみだな。…
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