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30話

 天正十二年五月十五日早朝。

 大友領の凡そ九割を攻め落とした織田軍は、遂に大友宗麟が籠る臼杵城へ狙いを定めた。総兵力は十万を優に超え、沖からは九鬼・村上連合水軍が臼杵城へ大砲の照準を合わせている。

 まさに、数にものを言わせた大包囲網。実に、五十倍以上にも開いた戦力差。来るはずの無い援軍。逃走も降伏も出来ない。ここまでくると、今まで気丈に振る舞っていた大友兵も口を閉ざして意気消沈していた。



 と言うのも、既に大友軍と織田軍の間で行われた前哨戦の結果によるものが大きかった。

 時間は、一日前に遡る。

 夕方頃に臼杵城目の前に辿り着いた織田軍。総攻撃は明日の明け頃と定め、今日は此処に陣を敷いて身体を休めようとしていた。

 しかし、そんな織田軍の前に現れたのは、臼杵城へと続く大門を守るように建てられた三つの砦と辺りを囲う防柵であった。流石の大友宗麟も、何の対策も無しに開戦はしないと言うことだろう。

 臼杵城。丹生島城・亀城とも言われるこの城は、丹生嶋と呼ばれる孤島上の城郭であり、周囲の海が天然の要害となっている為、日本屈指の堅城と名高い。

 それ故に、臼杵城へ乗り込むには橋を渡る必要があり、元々は二つあったソレを大友軍が片方落とした為、織田軍は大門へと続く道を攻略しなくてはならなくなった。

 その付近に砦が三つもあり、それぞれ五百の兵士が詰め寄せているのである。双方にとって、戦いは避けられなかった。これが、臼杵城攻略の前哨戦であった。

 結果は……言うまでもないだろう。圧倒的な数の暴力に、三つあった大友軍の砦は半刻と持たなかった。この日の為に建てられた真新しい砦が、雪崩に巻き込まれるようにあっという間に蹴散らされて廃墟と化した。

 そして、その様子を城から見守っていた大友家の重臣や血気盛んな若者達は、皆が皆あまりの光景に言葉を失っていた。

「い、一体何が起きたのだ……? 負けたのか? 我が精強なる軍勢が……? 」

『…………』

 呆然と呟く大友義統に、誰一人何も返せない。俯き、嘆き、己が未来を悟る。

 心が折れてしまったのだ。それに付き合わされる兵士達はたまったものじゃないが、客観的に見ても既に勝敗は決してしまったかに思われた。



 そんな中、二人の青年が古橋門へと足を進める。二人が所属している部隊は百人程度の小隊。役割は物見兼古橋門の防衛。古橋門付近には二つの物見台が建てられており、それぞれ五名が交代で外の織田軍の様子を監視するのが仕事。件の二人は、その物見係の一人であった。

 当然、そんな勝手な行動を取れば誰かに見つかる。部下からの報告を受けた部隊長が、足早に二人へ近付き声をかけた。

「おい! 貴様ら何を勝手な行動をしている! 」

『…………』

 無言で足を止める二人。その肩を、部隊長が咎めるように掴む。

「勝手に持ち場を離れるとは何事だ!! 名を名乗れ! 一体何処の者ぉ……だ……ぁ……? 」

 怒鳴り散らす部隊長。しかし、二人組の片割れの右腕が一瞬ぶれたかと思うと、その怒鳴り声は嘘のように消え失せた。

 それを不思議そうに見詰める野次馬達。あの部隊長が途中で口を閉ざすなんて……と、思わず手を止めた――次の瞬間、部隊長の首がするりと地面へ滑り落ちた。

『う、うわあああぁぁああっ!? 』

 悲鳴が薄暗い城下に響き渡る。吹き出す血潮。逃げ出す町民と兵士達。奇妙な程に静かな物見台から、滴るように真っ赤な血が伝っていく。それ等を後目に、青年達は颯爽と古橋門へと向かい、その扉へ手をかけた。

「…………っ!? や、やめ――」

 目的を察した兵士が慌てて駆け寄るも、時すでに遅し。古橋扉は、ギィギィと耳障りな音を立てながらゆっくりと開いていく。その先にある橋の向かい側には、既に戦闘態勢を整えた織田軍の姿があった。

 扉が完全に開き切ると、先頭にて黒き馬に跨る巨大な男が天高く槍を掲げた。

「我が名は藤堂与右衛門高虎。臼杵城攻略において、栄えある先鋒隊を任された者也り!! 人の道を外れ、情を捨て、帝に反旗を翻した不届き者達よ思い知るが良い。……これが、民を想い国を想う織田家の力ぞぉ!! 皆の者、往くぞぉぉおおっ!! 」

『うぅぅぅぉおぉぉおぉおぉおおおっ!!! 』

 織田軍の雄叫びが国中に響き渡る。

 臼杵城攻略戦が幕を開けた。



 雄叫びを上げながら橋を渡る織田軍。その勢いは凄まじく、瞬く間に中ノ門・大門を突破して城内を蹂躙していく。

「ひ、ひぃぃ!? だ、誰か助け……」

「戦えぇ!! 武器を取れぇ!! 武器を……」

「嫌だ嫌だいや……だ……」

「かかれ、かかれぇええ!! 」

「乱取りは禁止だ!! 報酬はたんまりある。欲しくば首級を挙げよ!! 」

「アッハッハッ……アーハッハッハッハッハッ!! 殺せぇ…………殺せぇええ!! 」

「父の仇じゃあああ!! 」

「や、やめ……て…………ぁ」

『ぅ……ぅあ……うわあぁぁああああっ!? 』

 絶叫が木霊し、鮮血と狂喜が舞い踊る地獄絵図。逃げ惑う民を背後から突き刺し、足がもつれて転倒した兵士の上に跨り幾度も短刀で刺し続ける。むせ返るような匂いが漂う中、国中から集まった志願兵が笑い声を上げながら大友軍に飛びかかる。

 まるで、血に酔ったかのように。

 されど、大友軍もただでは終わらぬと粘っていた。大門を突破され、もう後が無くなったと判断した兵士達は最後の力を振り絞る。ここで逃げても死ぬ。負けても死ぬ。生きたいなら戦うしかない。火事場の馬鹿力。背水の陣。切支丹は神と教会の為に、武士は大友宗麟への忠義を貫き奮起する。

『ふん……ぬぅうううおおぉぉぁあああっ!! 』

 凄まじい勢いで迫る織田軍と盾を構えた大友軍がぶつかり合う。骨に響く衝突音。砂塵が舞う。最前線にいた者が勢い余って押し潰されると、その穴を埋めるように後続が突っ込む。

 そして、大友軍が一際大きい雄叫びを上げた刹那、僅かに大友軍が押し返す。相手の重心が移動した瞬間を狙い済まして再度押す。これには堪らず、中央付近の織田兵が数歩後退る。

『…………っ! 』

 いける! 舞い降りた好機に大友兵の筋肉が躍動する。二歩、三歩、四歩。ズルズルと地面に線を引きながら織田軍が押し戻される。

(あぁ、俺達はやれる。明らかに押している。ここで流れを作れれば――「かかったな」

 戦場に響く声音。大友兵の希望を摘み取る死神の鎌。それを聞いた大友兵は、背中に冷たいナニカを感じ、一様に青ざめながら慌てて周囲を見渡す。

 そこでようやく気付いた。前に出過ぎた我らを囲う織田軍の姿に。

「詰みだ」

 高虎による死の宣告。四方から槍で貫かれた大友兵は、呆気ないくらいに抵抗も出来ず地に伏した。

 釣り野伏せ。島津家が誇る戦術を、高虎は一度聞いただけでその場に適した形にアレンジした。末恐ろしき才能。それは、大友軍に恐怖による膠着をもたらした。

 足が止まってしまえばそれまで。

「それ、かかれぇええ!! 」

『おおう!! 』

 絶えず突入してくる織田軍に、遂に大友軍の前衛千二百が飲み込まれた。そして、勢いそのまま雪崩の如く天守閣へ突き進む。

「……クソッ! もう、ここまで来やがったか! 」

 この騒動に大友家の重臣 田原親賢も動く。織田軍の進行速度から逆算して罠を仕掛ける。本丸へと続く門。その固く閉ざされた門の屋根に、弓矢を構えた兵士達がずらり。

「来たぞ! 放てぇええ!! 」

「……っ! 大盾用意! 構えぇ!! 」

 数多の矢が空に弧線を描きながら迫る。しかし、その動きを看破した高虎が大盾隊を前線に立たせてこれを防ぐ。

 その様子に田原親賢は舌打ちをすると、配下を怒鳴り散らしながら指示を出す。

「国崩しの照準を奴らに合わせろ! この際、海からの攻撃は無視して良い!! とっとと動けたわけ共がぁ!! 」

「し、しかし……火薬が全て湿気っていて使い物になりません!! 何者かが水をまいたとしか考えられません!! 」

「な、なんだとっ!? 」

 配下の報告に、田原親賢は目を見開いて動揺する。その刹那、破城槌が扉に衝突する音が響き渡った。



 ***



 所変わって、本丸に位置する礼拝堂にて二人の男が向かい合っていた。一人は、袈裟姿に似合わぬ爛々とした瞳が目に付く中年の男。そして、もう一方は刀を杖がわりにし、様々な感情が入り交じったような悲しげな眼差しを浮かべる老人であった。

「どうやら、織田軍を引き入れたのは貴様らしいな。……道雪よ」

「…………殿」

 大友宗麟と立花道雪。かつては、誰よりも深い絆で結ばれていた仲だったが、今の両者の間にはそのような空気は流れていない。

 誰にも邪魔されないこの場所で、臼杵城攻略戦は最終局面を迎えていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 因果応報よ、大友家の者共。 戦争は数ですよ、織田家の武威を示すことで南蛮人の威圧にもなり、諸大名に恐怖を植え付ける事で天下は織田家にありと示せるのです。 道雪の手引きでしたか。宗麟が往生際が…
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