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21話

 四月十八日 巳の刻 龍造寺隆信 死亡。

 その一報は、各大名家の間者達によって恐るべき速さで九州全土を駆け回った。

 僅か一代で九州全土にその名を轟かせるまでに至った龍造寺隆信。現在の九州の覇権争いは、大友家・龍造寺家・島津家の三強であると言われているが、近隣諸国の大名家は『大友家は落ち目であり、実質的には武力の龍造寺家と軍略の島津家の争いである』と見ていた。その龍造寺家当主龍造寺隆信が、織田軍によって討ち取られた。負けたのだ。武力では九州随一と謳われたあの怪物が。

 この衝撃的な事実に、ある者は畏れ、ある者は喜び、ある者は当然だと頷く。此度は、そんな彼らの反応を見ていこう。



 ***



 先ず初めに、誰よりも早く情報を仕入れたのは島津家であった。島津家当主島津義久は、密かに龍造寺軍に間者を忍び込ませていた。それ故に、秀吉が龍造寺隆信を討ち取り、勝鬨を上げた瞬間に戦場を後にして己が主人の下へ向かった。

 こうして、島津義久はどの大名家よりも早く龍造寺隆信が討ち死にした事を知ったのである。

 それに伴い、義久は兄弟であり島津家の中枢を担う義弘、歳久、家久の三人を呼び出した。上座に座る義久と、それに向かい合う形で横並びになる弟達。その中でも、武闘派である義弘はある程度話の内容が予想出来ているのか、瞳を輝かして義久を見ている。

 義久は、そんな義弘の様子に苦笑を浮かべながらも、早速本題を切り出した。

「……龍造寺軍が敗れた。当主龍造寺隆信を筆頭に、右腕である鍋島直茂、龍造寺四天王と謳われた主力陣も全滅。嫡男である龍造寺政家は佐賀城に居た為無事であったが、最早龍造寺家に未来無し。裏切った有馬家の存在もある。早々に、織田軍の軍門へ下るだろう」

 すると、義弘はそれ見た事かと膝を叩いて立ち上がる。その瞳には、隠しようのない喜びで満ち溢れていた。

「では、いよいよ島津家も大友征伐に乗り出すのですねっ!? その時は、この又四郎に先鋒をお任せ下さいませ! 必ずや、兄上の期待に応えてみせましょうぞ!! 」

 血気盛んに腕を振り上げて先鋒を務めたいと主張する義弘。その横では、歳久が義弘に乗っかるように戦の方針を練る。

「ではでは、先ずは日向国から豊後国に入り岡城を攻略しましょうかねぇ……いや、岡城は難攻不落の山城。落とすのに時間をかければ大友征伐に間に合わない……うん、それでは本末転倒……か。……ならば、大友家と親交の厚い佐伯家が治める栂牟礼城を攻略した方が大友征伐に貢献したと言えるし、織田家に恩が売れるのでは……? 又は、相良を動かして肥後国へ攻め入るのも良い。最近、阿蘇家が調子に乗っていると聞きますからねぇ。これを機に叩いて領土を増やすのも……」

「いや、少し待ちなさい又六郎」

 義久は、一人でどんどん話を進めようとする歳久を止める。すると、兄の声が届いたのか、ようやく歳久は思考の海から帰ってきた。

「……ハッ! す、すみません兄上。ようやく戦だと思うとつい興奮してしまいまして……」

 歳久は、面目ないと頭を下げる。それを見た義弘も落ち着きを取り戻した。その間、家久はじっと義久へ視線を向けたまま口を閉ざしていた。



 義久は、二人が冷静になってくれた事に一安心すると、島津家の今後の方針を語っていった。

「いや、落ち着いてくれたのなら良い。……さて、これからについてだが、我ら島津家は織田家との盟約に応じて出陣する。数は五千。先鋒は又四郎、二千を預ける。又七郎は又四郎の補佐に着いてくれ」

「承知っ! 」

「ははっ」

 義久の指示に、義弘と家久は即座に頷く。

「そして、此度の戦は私も出陣する。又六郎は、私の隣りで補佐してくれ」

『おぉ!! 』

 義久出陣に、義弘と歳久の瞳が輝く。義久自ら出陣するという事は、それ即ち島津家の今後を左右する重要な戦だと思ったからだ。戦好きな彼らからすれば、乱世が終わる前に大戦で武功を挙げたかった。それが、ひいては島津家の為になるのだと。

 しかし、義久はそんな弟二人の考えを見透かすように右手を突き出して制する。

「言っておくが、島津家は積極的に戦はしない。あくまでも、織田家との盟約を守る為であり、大友征伐の主力は織田家のまま。わざわざこちらから、大友宗麟の首を狙いにはいかない。目立たぬように立ち回り、戦力を温存した状態で臼杵城を取り囲む織田軍に合流出来ればそれで良い。肥後国攻略など以ての外だ」

『え、えぇっ!? 』

 予想だにしない答えに慌てて立ち上がる二人。義久は、二人を宥めるような身振りをする。

「落ち着きなさい。……良いか? 今、島津家が最も考えねばならない事は今後の身の振り方だ。乱世は終わる。大友家は滅びる。これは確定された定めだ。奴らが幾ら足掻こうとも、過程が変わるだけで結果は絶対に変わらない。それは、二人も分かるな? 」

『……えぇ』

 義弘と歳久は、顔を見合わせ後に頷く。二人からしても、大友家の勝ち目など皆無であった。義久は、そんな二人の様子に満足気に頷くと続きを語った。

「実際、島津家の援軍などいらんのだ。織田家が求めているのは、織田家と島津家の関係を外に示す事。要は、島津家は織田家の傘下に下ったと示せれば良い。武功なんて最初から求めていない。そんな戦に本気を出しても無駄な犠牲を出すだけ、そんなのあまりにも馬鹿らしいだろ? 程々で良いのだよ、程々で」

 はっはっはっと、軽く笑いながら話す義久に義弘と歳久は困惑気に首を傾げる。すると、今まで黙っていた家久が口を開いた。

「今後の身の振り方……外に示す……程々の戦い……成程、兄上は力を持ち過ぎることで織田家に睨まれる事を恐れているのですね? 」

「……ふっ、やはり又七郎は悟れたか」

 嬉しそうに笑う義久。家久に、義弘と歳久の視線が集まる。『乱世が終われば戦は無くなる。武功を、領土を広げたいならば島津家も果敢に攻め込まねばならない』二人は、そう考えていた。

 その考えは、戦国武将として満点の回答。しかし、泰平の世を生き抜くには棄てなくてはならない野心なのだ。

 家久は、一度咳払いをして義弘と歳久の方へ身体を向けた。

「島津家の現在の領土は、薩摩国・大隈国・日向国の三ヶ国。石高は約六十万石程でしょう。そして、又六郎兄上がこれを機に攻め込めばと言っておられた肥後国は凡そ三十四万石。もし、島津家が肥後国をも手に入れれば九十万石に届き、島津家は最大の繁栄を築く事でしょう」

「うむ、その通りだ」

「…………」

 家久の言葉に、武闘派の義弘は嬉しそうに頷いたが、智略に秀でた歳久は何かに気付いたように口を閉ざした。

 歳久の予想は的中する事になる。

「……ですが、その石高は織田家にとって脅威と思われる危険性が極めて高く、傘下大名家として不相応と言わざるを得ませぬ。大友征伐後、九州仕置きを考える織田家にとって、百万石に届き得る大名家の存在は邪魔としか言えないでしょう。間違いなく織田家に睨まれまする。……子々孫々の事を考えれば、せめて六十万石の現状維持が最善手。それ故に、又三郎兄上は程々で戦うように仰られたのですよ。領土を得ても、自分で自分の首を絞めるだけですから」

「うむ、その通りだ」

『………………』

 力強く頷く義久と、対照的に腕を組んで押し黙る義弘と歳久。不満ではあるが認めざるを得ないと内心納得しているのか、二人からは反対の声は上がらなかった。



 静かな空気が四人の間を漂う。

 理屈は分かった。しかし、だからといって攻める気も無く出陣しても何も得る事は出来ず、無駄に兵糧を消費するだけ。更には、そんな気の緩みを敵に突かれれば手痛い目に合う事は目に見えて分かっている。……故に、義久達はどうやって兵士達の士気を上げようか頭を悩ませていた。

 だが、そこは軍略家 島津家久。ただ兄の意見を否定するのでは無く、双方折り合いをつく事が出来る案を考えていた。

「又三郎兄上、一つ宜しいでしょうか? 」

「……うむ、申してみよ」

 真っ直ぐに見詰めてくる家久の姿に何かを感じたのか、義久は強く頷いて先を促す。自然と、義弘と歳久の視線も集まった。

「私は、栂牟礼城を包囲すべきと思われます」

「佐伯家の居城をか? しかし、あの城は堅城と名高い山城だ。万の軍勢でも数ヶ月は持ち堪えるだろう。我らが栂牟礼城を包囲している間に大友家が滅びたら……」

 語尾をぼかして暗に示す義久。しかし、家久は自信有り気に続きを語る。

「問題ございません。私の狙いは栂牟礼城を落とす事に非ず、城を空けて臼杵城に集まっている大友家家臣団。彼らの心を砕く事こそが、大友家を滅ぼす決定打となりましょう」

『家臣団の心? 』

「左様にございます。現在、大友宗麟は織田軍に対抗しようと各地の家臣団を臼杵城へ集めております。それ即ち、家臣達は己が領地を、家族を、居城を留守にしているという事。先日、大友家重臣立花道雪が城を出た直後に居城を落とされた事で、彼らの脳裏には嫌な予感で溢れておりましょう。そんな時に、また重臣の居城が包囲されたら彼らはどう思うでしょうか? 」

『…………っ!? 』

 三人から驚きに満ちた視線が家久に向けられる。人の不安の種をこれでもかと揺さぶる悪魔の所業。寒気がする程の謀略。

 されど、包囲するだけで直接的な戦いがなければ兵士達の損害は無く、もし栂牟礼城側が精神的に限界が来て降伏勧告を受け入れれば大友征伐に貢献したと言える。城を落としに行くならば兵士達の士気も上がる。

 まさに、家久の出した案はこれ以上無い程の最善手と言えた。

「難攻不落の山城なれど、人の心は不落に非ず。臼杵城攻めの良い援護にもなりましょう」

『…………』

 家久の笑顔に、一同頼もしさを覚えると同時に敵で無い事に安堵感を覚えるのだった。

 


 ***



 後年、義久は家久を「我が兄弟の中で、最も天に愛された才有る者」と評した。

 そして二日後、義久は宣言通り進軍を開始。島津家は、大友征伐に向けて遂に動き始めた。

 順調に動き始める島津家。しかし、その一方で四国から豊後国上陸を目指す滝川軍は、非常に苦戦を強いられていた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ようやく最新話に追いついた! [気になる点] 九州、征伐終わって人を売りに出さなくなったらあっという間に養える人口飽和してしまいそう、早めに芋を入手せねばですな。 [一言] >島伝いならア…
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