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23話

 天正九年 六月 浜松城


 遂にやってきた家康との対談、家康の策略にまんまと引っかかった俺は、初っ端から無様な姿を晒してしまった。

 バレていないと思いたいが、相手は歴戦の武将、希望的推測はやめておいたほうが良いだろう。

 だが、まだまだ序盤、ここから切り替えないとな。


「とくがわどのは、さきのいくさでたかてんじんじょうをだっかんされたとか、まことにおめでとうございます」

 まさか、俺の口からその話題が出るとは思わなかったのか、一瞬眉がピクリと動いた気がする。

「これはご丁寧に、ありがとうございます。苦節七年、我が徳川家の悲願でしたからな。しかし……よくご存知ですなぁ」

「……ほんだどのより、おしえていただきましたゆえ」

「……はははっなるほど。平八郎、あまり人様に自慢話をするものでは無いぞ」

「ははっ申し訳ございませぬ」

 ふぅ……助かったぁ。一瞬家康の目が怪しく光ったような気がしたし、本当に心臓に悪いな。

「確かに高天神城を奪還出来た事は、大変嬉しく思います。ですが、あれは武田の失態ですなぁ」

「しったい……ですか」

「えぇ、武田家当主勝頼はあろうことか、後詰を送らず高天神城の兵を見殺しに致しました。これは武田家の威信を致命的に失墜させましょう」

「たけだかちゅうのものたちにも、どうようがひろがっている……と」

「えぇ、長篠の一件以降落ちぶれておりましたが、今回の勝頼の対応はまさに悪手。……もし、同様の状況下において、信玄公だったならば、もっとうまく立ち回り、なんらかの策を講じた筈。そう思う家臣は一人や二人ではござらんでしょう」

 成程な。その動揺の隙をついて、家臣団の切り崩しから始めているのか、中々いやらしい手だが、実に有効的な手だ。

 しかし、優秀な親を持つと子供は大変だな。何がなんでも、期待に応えなきゃいけないし、一度失敗でもしたら落胆に変わる。まさに、人の信頼は得るが難しく、失うが易しだな。

「かしんのしんらいも、きずきあげてきたいこうも、いちどちにおちてしまえば、そこまでかもしれませんな」

「左様、此度の勝利は一つの城を奪っただけに有らず、それ以上の価値あるものでしょう」

 静寂が辺りを支配する。誰しもが言葉に出さなくても、次に繋がるモノが頭に浮かんでいるだろう。『武田討伐』その時は、刻一刻と近付いていた。


「おっと、これは二つの幼子に話す内容ではございませんな。はははっ! これは失敬、三法師様と話していると、幼子とは到底思えませぬ故、長々と語ってしまいました」

 おどけたように話しているが、若干俺を警戒しているように思える。これは動揺しているのか?

「いえいえ、わたしなどしょせん、いまだふたつのわらべにございます。とくがわどのの、ごきょうじゅ、たいへんべんきょうになりました」

「いやはや、ご謙遜を。三法師様は神仏の御加護を賜っておいでなのでしょう。私の倅である長丸は、三法師様と歳も近いのですが、毎日遊んでばかりでございます。お恥ずかしい限りです」

 へぇ長丸か……知らないな。だけど、俺は転生者だしなズルみたいなもんだろ。普通の子供だったら、毎日遊んでばかりが当たり前だろうな。うん、俺が異常なだけだ。

「そこまで、おきになさらずともよろしいのでは? としがちかいのでしたら、ぜひともになりたいものです」

「それは、まことに有り難く、是非とも仲良くしてあげてくださりませ」

 同年代の友達なんて、一人もいなかったし会ってみたいけど、まぁ今回は無理かな。浜松城に泊まるのは今夜だけだし、明日の朝には出発して、湊で船に乗り換えなきゃいけない。いつか、会ってみたいものだ。


 その後も、家康と談笑していると、いつの間にか日も暮れ、夕食の時間が近付いてきたようだ。

「さて、そろそろお食事でもいかがでしょうか、きっとご満足いただけるかと」

「それはありがたい。おことばにあまえさせて、いただきます」

「はははっ今宵は、ゆっくりとお寛ぎになってくださりませ。おいっ! 皆の者用意せよ」

『ははっ』

 家康が用意してくれた料理は、見てるだけでも楽しめる豪華絢爛な物だった。新五郎達も徳川家の家臣達と楽しそうに飲んでいるし、赤鬼隊の皆も別室で楽しんでいるようだ。

 残念ながら、俺は満足に食事をとる事が出来なかったが、それは仕方ない事だろう。最近、だんだん固形物を食べれるようになったが、まだ俺一歳だもんなぁ。はぁ……早くちゃんとした食事をしたいな。

 家康もその辺は配慮してくれたのか、様々な芸者を呼んでくれていて、趣向を凝らした芸を見せられているうちに、俺は食事の事などすっかり忘れて楽しんでしまった。

 そんな俺の様子に気を良くしたのか、家康は伺うように尋ねてきた。

「三法師様、どうでしょうか。楽しんでいただけましたでしょうか? 」

「はい。すばらしいだしもののかずかず、おもわず、めをうばわれてしまいました」

「そうですか、それはようございました」

 うんうん、これには俺も大満足だ。家康も俺の返事を聞いて、にこやかに返してくれたし今回の歓待は大成功だと思っているのだろう。

 ん? 今、コチラをチラッと見て胸を撫で下ろした男がいたから、多分あれが責任者だろうな。

 確か……榊原とか言っていたような……そうだよなぁ責任者からしたら、失敗は許されないだろうし、ずっと緊張しっぱなしだろう。お疲れ様です。

 あれ? 確か家康って安土城で接待を受けるんだよな、そこで光秀が失敗して怒られて、本能寺の変に繋がるとか。

 あの光秀がそんなポカするかな? う〜ん、ちょっと無理矢理な気がするなぁ。一応、胸の片隅に置いておこう。


 その後も、宴は滞りなく進み、みんな終始笑顔でお開きとなった。

 そして明朝、俺達一行は浜松城を出発する。見送りには、家康は勿論のこと、多くの家臣達が集まってくれた。

「それでは、とくがわどの、わたしたちはしゅっぱついたします。さくやは、まことにありがとうございました」

「いえいえ、お気になさらず。湊までは平八郎が護衛致します故、どうか御安心くださりませ」

 おぉあの人外に護衛して貰えるのか、それじゃ何も心配は無いな。

「かさねがさね、まことにかたじけない」

「いえいえ、どうかお達者で」

「はい、それではしつれいいたします」

 

  こうして、浜松城を後にした俺達は、道中特に問題も起きず無事に湊まで着いた。

  熱田よりは、こじんまりとしているが、中々活気に満ちた湊だ。沖合に目を向けると、5隻の立派な船が並んでいた。

 ここまで至り尽くせりだと、ちょっと怖いくらいだが、こんな立派な船を用意して貰っておいて、乗らない訳にもいかないだろう。家康も、流石に自分が真っ先に犯人に疑われる状況で、俺を殺したりはしないだろう……多分。

「ほんだどの、ここまでのごえい、たいへんありがたくおれいもうしあげます」

「いえいえ、徳川家家臣として当然のこと。某も、三法師様方との時間は、とても有意義なものでした」

「そういってもらえると、こちらもありがたい」

「三法師様は確かに、類稀な才をお持ちでいらっしゃる。ですが、御身は未だ二つの幼子。どうぞご自愛くださりませ」

 うむ、それを言われると俺も自覚している分辛いな。こんぐらいの歳だと、ふとした瞬間に命を落としかねないしな。

 はぁ……本能寺の変を乗り越えれたら、少しはゆっくりできるかな。

「うむ、わかった。ほんだどのもおげんきで」

「はい、三法師様」

 本多との別れを終えた俺達は、いよいよ出航の時が来た。

 さぁ、いよいよ北条家に行くぞ!

長丸 天正七年生まれ


後の第二代征夷大将軍徳川秀忠である。


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