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17話

 天正十二年四月 筑前国 遠賀川 龍造寺隆信



 死屍累々。

 現状を表すのに、これ以上適切な言葉は無い。

「…………他愛ない、この程度か」

「ぬぐぅ……っ、ぅあ…………ぁ…………っ」

 威勢だけは良かった猪武者の首から手を離す。そのまま力無く崩れ落ちる猪武者。近くには、コレと同じ歳頃の武士が地に伏せている。

 力量差のある相手に二人掛りで挑む気概は認めるが、その先にある敗北の二文字が見えなかったようだ。

 この若者達の選択肢には、初めから勝機など欠片も存在しない。どのような手段で攻めようが変わらない。あるのは、無謀な突撃をした代償を払う未来。即ち、死のみである。

 ……数年後ならばまだ相手になったかも知れぬが、最早それは決して訪れぬ意味の無い妄想。このような雑兵に時間を掛ける必要は無い。

 一思いに頭を潰して止めを刺そうと金砕棒を振り上げた直後、コレとそう歳の変わらぬ若者二人が兵士達の間から現れた。



 逃げ惑う兵士達を掻き分けて現れた二人。その顔に動揺が走る。予想だにしなかった事態に身体を強ばらせ、目を見開いて倒れ伏す二人へ視線を向けていた。この反応から察するに仲間か。ならば敵だな。

 端的に状況を整理すると獲物を構える。敵ならば殺すだけだ。

「虎之助ぇぇぇええええっ!! 」

 片方はあまりの光景に身体を強ばらせていたが、もう一方は雄叫びを上げながら槍を構えて突進して来た。策も何も無い、ただ感情に任せた力任せな突撃。……実にくだらぬ。反吐が出る青臭さよ。

 儂は、それを余裕をもって躱す。鼻先を掠める穂先。勢い余って体勢を崩したところに、横っ腹へ蹴りを食らわす。吹き飛ぶ若者。二度、三度と地面に跳ねながら泥にまみれる。

「……弱いな」

 手応え有り。ろくに受け身を取れていない様子から察するに、あの若者は武人では無く文官であろう。先程の若者より数段劣る。


 あぁ、渇く。


 忙しなく喉を掻き毟りながら、未だに地面に伏したままの若者の下へ止めを刺す為に歩み寄る。止めどない苛立ちが湧き続ける。足元に転がる二人など歯牙にもかけず、ただただあの泥にまみれた若者を殺したくて仕方がない。

 何故か、無性に癇に障ったのだ。あの、弱いくせに仲間を助けようと我武者羅に槍を振るうあの姿が、絶対に勝てるわけが無いと分かっているのにそれを未だ悟れぬ愚かな姿が、どうしようも無く癇に障った。

(この金砕棒で徹底的に潰してしまおう。鎧も、兜も、槍も、頭も全てまとめて潰してしまおう。原形が無くなるまで叩き潰す。その存在が認知出来なくなるまで……徹底的に……)


 あぁ、渇く。


 耐え難い渇きに右手で金砕棒を引き摺り、空いた左手で首元を掻き毟りながら歩く。度々起こるこの発作に苛立つ。

 舌打ち混じりに足を早めると、突如として横から男が飛び出して前を塞いだ。……確か、身体を強ばらせていた方か。

「待てっ!! 我が名は福島市兵衛正則也り!! 貴殿は龍造寺隆信で相違無いか――「邪魔だ」

 煩わしいとばかりに、口上をその身体毎ぶった斬る。一騎打ちを望んでおらず、ただ時間稼ぎがしたいだけの相手に付き合う必要は無い。

 右袈裟斬り。確かな手応え。けたたましい金属音。僅かな拮抗……否、直ぐに俺の力が上回り福島何某を吹き飛ばした。先程同様、幾度も地面を跳ねながら転げ回る。

 しかし、俺はその後を追わずに残された残骸へ視線を向けていた。

 大部分が折れ曲がり辺りに散乱した欠片。あの福島何某は俺に力では適わぬと悟るや否や、槍を金砕棒に沿わせるように回転させながら地面に突き刺し衝撃を逃がした。更には、俺に押し込まれる力さえも利用して後ろへ身を投げ出した。

 明らかに戦慣れした動き。あれを咄嗟にやったのならば天賦の才だろう。……だが、最初の若者二人と同様に未だ俺の前に立つには早かった。面倒になる前に潰してしまおう。

 視線を上げて土埃の先を見る。そこには、都合良く福島何某とあの青臭い愚か者は重なり合うように倒れていた。

 金砕棒を引き摺りながら歩く。すると、俺の気配に気付いたのか二人がゆっくりと立ち上がろうとする。

 身体中が痛むのか、酷くぎこちない動きであり、遠目から見ても息が荒いのが分かる。万全の状態でも相手にならなかったというのに、そのような状態では話にならぬのは明白。

 しかし、抜いた太刀を地面に突き刺し、よろけるように身体を支える二人の瞳は未だ死んでいなかった。その瞳の奥には燃えるような熱が宿っていた。


 あぁ、渇く。


 再び湧き続ける苛立ちに血が出る程に喉元を掻き毟ると、鼻息荒く二人の下へ駆け出す。一刻も早くこの存在を消さねばならない。

 地面が爆ぜる。急加速する俺を迎え撃つべく歯を食いしばって構える二人。そのような鈍重な動きでは間に合わないぞ。もう一段階速度を上げて二人の前で停止する。巻き起こる土煙。勢い良く金砕棒を振りかぶると、それに合わせるように土煙が巻き付く。刀を構える二人。その瞳に映る俺の姿は、どこか焦りにも似た感情が色濃く見えた。


 ――若……。


「……ぅ……ぉお…………うううおおおおっ!! 」

 一瞬、脳裏を過ぎる顔。それを振り切るように雄叫びを上げながら金砕棒を薙ぎ払う。狙うは、存在が癪に障る愚か者の方。抵抗すら出来ぬままに死ぬが良い。

 轟音、唸りを上げながら愚か者の頭目掛け迫る。避ける気力も無いのか、愚か者は悔しげに歯を食いしばるのみ。

 しかし、俺の一撃が当たる刹那、真横から飛び出した一つの影が愚か者を庇った。

「佐吉ぃいい!! 」

 舞う鮮血。遥か後方へと吹き飛ぶ身体。庇ったのは福島何某。砕けた鎧の残骸だけがその場に残っている。手応え有り。俺の一撃をまともに食らっていた。死んだかは分からぬが、最早戦線に戻って来る事は無いだろう。

「い、市兵衛ぇぇえええっ!! 」

 悲痛な叫びを上げる愚か者。福島何某は佐吉と言っていたか。聞かぬ名だ。やはり、ろくに戦場に出た事の無い文官の類か。

「……馬鹿な男だ。こんな弱者を庇うとは……己が身を犠牲にして他人を助ける行為に一体何の意味がある。未だ、己が生き残った方が勝機があったものを。実に……くだらぬ」

「…………っ」

 その言葉に、虚ろだった愚か者の瞳に力が戻る。唇を噛み締め俺を睨むその姿が無性に癪に障り、その頭を全力で殴りつけた。

「ぐぅ……あぁ…………っ!? 」

 頭から血を流しながら泥にまみれる。腹に蹴りを入れて追い討ちを掛けると、愚か者は吐血しながら苦しそうに咳き込む。

 しかし、ここまでしても尚、その瞳を曇らせる事は出来なかった。不屈の焔が燃え続けている。ふざけるな。何故、未だ諦めない。心が折れない。何が、お前をそこまで奮い立たせている。

 苛立ち。止めを刺さんと金砕棒を振り上げる。すると、今まで黙っていた愚か者が口を開いた。

「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ。龍造寺隆信……お前は、どうしてそこまで非情な決断を下せる」

「なに? 」

「はぁ……、はぁ……、はぁ……。二万もの兵士達を布石にして、家臣達を捨て駒にして、唯一無二の重臣を囮に織田軍を追い詰めた。その決断力と軍略は見事だと言えましょう。……しかし、何故お前は冷静な表情を保てるっ。多くの命を犠牲にしておきながら、何故そうも平然としていられるのか理解出来ないっ! 家臣達は、鍋島直茂は大切な仲間であろう!! 」

 睨みつけながら叫ぶ。腫れ上がった顔から覗く瞳に、思わず右腕に力がこもる。

「……小僧、名は何と申す」

 俺の問いに、愚か者は眉を顰める。

「……石田佐吉三成だ」

「そうか。……石田よ、一つ冥土の土産に教えてやろう。家臣や農民共は、所詮幾らでも湧く使い捨ての駒に過ぎんのだ。戦の果てに幾ら死のうが関係ない。この俺が生き残れば、また幾らでも兵を集められる。王がいる場所こそが国なのだ」

 そう締めくくると、石田何某はみるみる顔を赤らめて怒りをあらわにした。

「な……っ!? ふ、ふざけるな!! 命をなんだと思っている!! 失ったモノは二度と帰って来ない。民や家臣は、決して使い捨てにして良いモノでは無いんだ!! 何故、お前はそうも容易く命を足蹴に出来る。……お前には、お前には人の心が無いのかっ!! 」


 ――何故、貴方様は人を愛せぬのですか……っ。


「…………っ!? 」

 その姿に、何故か俺の腕が振り上げた状態で固まる。脳裏に過ぎるあの顔が、目の前にいる石田何某と重なって見えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 三成、良く啖呵を切ってくれましたね。史実でも、名領主であった貴方ならではの言葉です。 [一言] 隆信、驕り高ぶる者は久しからずと言え。全ての万民に無駄な命など存在せず、各自が天命を受けて生…
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