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13話

 天正十二年四月十五日。

 遂に、織田家による大友征伐が始まった。

 織田信孝を総大将にした総勢十四万の大軍が、朝敵大友宗麟並びに討伐令に従わなかった龍造寺隆信を討ち滅ぼさんと進軍を開始。

 中国地方の最西端に位置する長門国。そこに集うのは、織田本軍三万を率いる総大将織田信孝。連合軍一万がその後を追う。更には、大友征伐第二軍大将羽柴秀吉率いる五万の大軍。その内、【謀神の系譜】毛利輝元が、叔父小早川隆景を参謀に二万を率いて先鋒を務める。

 そして、大友家本領地豊後国と海を挟んだ向かいに位置する伊予国には、第三軍大将滝川一益率いる五万の大軍。【海賊大名】九鬼嘉隆と【海賊王】村上武吉が一丸となって海路を切り開く。

 そして、それを迎え撃つ大友家と龍造寺家も黙っては終われない。織田家の援軍に駆け付ける島津家もだ。

 それぞれが、死力を尽くして己が思い描く理想へと導かんとする。戦を求める者も求めぬ者も関係ない。誰もが、その避けられぬ戦場を目指して突き進むのだ。

 全ては、誰のものでもない己が勝利の為に――



 ***



 天正十二年四月十八日 筑前国 織田信孝



 三法師が京にて大友征伐を宣言して約一ヶ月後、毛利家の援軍二万を加えた総勢九万の大軍は長門国を出発し、敵領である筑前国へ南下した。

 門司城、小倉城を素通りして先へと進む。土地勘の無い我らを案内するのは、筑前国出身の武将である秋月種実と少弍氏の末裔。

 秋月は、大友家に対して強い怨みを抱いているらしく、毛利輝元から紹介された際には最前線で戦わせて欲しいと懇願してきた。

 少弍は、龍造寺隆信に滅ぼされた一族の末裔らしく、一族の仇討ちだと此度の戦に協力してくれた。正直、話を聞いた時には良く生きていたものだと感心したものだ。運も実力のうちだろうて。



 さて、案内人を得た我らの足取りは軽く、長門国を出てから僅か三日後には遠賀川周辺の平野に辿り着いていた。普段は大人しい川のようだが、先日の嵐で水量は増水。やはり、舟を使った方が良さそうだ。

 少し出鼻をくじかれた思いだが、気持ちを切り替えて標的を見定める。狙うは筑前国の要所を押える立花山城。大友家宿老戸次道雪の居城だ。自然と、その城がある方角へ視線を向けてしまう。

 立花山城は難攻不落と名高い堅城であり、攻め落とすには容易では無い。しかし、大友宗麟並びに龍造寺隆信との決戦を控える今、此処を押さえなくては背後を突かれてしまう故に、圧倒的な兵力差で早々に落としてしまおうと当初から決まっていた。

 しかし、状況は我々の予想を遥かに上回る勢いで変化していた。その一報が入ったのは、秋月が用意した舟で兵を向こう岸に渡している最中の事。数日前に放った忍びの者からであった。

「立花山城が落ちた……と? 」

「ははっ、二日程前に龍造寺隆信率いる軍勢が立花山城を強襲。高橋紹運らの奮闘虚しく、立花山城を守っていた大友兵は全滅したとの事」

(確か……その日は嵐だった。闇夜に紛れて強襲したのか。だとすれば、凄まじい決断力と実行力。余程、兵の掌握に長けた者の仕業か)

 ひとり感心していると、忍びの報告に羽柴が疑問を口にする。

「高橋紹運は岩屋・宝満城主であろう? 何故、立花山城にあの立花道雪がいないのだ? 」

「それが、大友宗麟が主力の武将を自らの居城へ集めているようで。立花山城が落ちる三日前に、城主が一族を率いて立ち去る姿を農民が目撃しておりました」

「…………切り捨てられたか」

 黒田の呟きに眉を細める。おそらく、大友宗麟は広大な領地全てを守る事を諦め、本領である豊後国防衛に集中するつもりなのだろう。

 高橋紹運は、そんな主家の方針によって切り捨てられた者。正直哀れに思えたが、保身に走る主家に最期まで忠義を貫いた漢の死に様を侮辱するわけにはいかず、誰もが口を閉ざした。

 そんな静寂が場を支配する中、突如として黒田が立ち上がって呟いた。

「これは…………来ますな」

「何を……」

 続く言葉は出て来なかった。黒田が呟いた直後に鳴り響いた怒号。天地を揺らす衝撃。周囲の山々から立ち上る砂煙に、木々の間を這う黒い影。その正体を察した俺は、勢い良く立ち上がって吠えた。

「敵襲ぅうううっ!!! 」

『…………っ! 』

 その言葉に弾かれたように皆が動き出す。

 兵は、未だ半分も川を越えられていない。先鋒隊が最初に川を渡って周囲を確認し、その後に各軍団の中枢を担う者達が渡りきった直後の襲撃である。

 まさに、兵力差で劣る龍造寺軍が織田軍に勝つには、ここしか無いという絶妙な采配。

 立花山城を落とし、山道を下って物理的にも勢いに乗る龍造寺兵に対し、こちらは呆気ない程に楽な道程を進んで気が緩んだところに奇襲を掛けられて慌てふためく織田兵。

 認めよう。形勢は間違いなく龍造寺軍の優勢だ。

『かかれぇぇ…………かかれぇぇえええ…………』

 地獄の奥底から響くような地鳴りが聞こえてくる。馬も人も混乱に陥る。武将達が必死になって落ち着かせているが、それを待つ余裕など既に無い。

「毛利軍先鋒隊前へ! 羽柴軍は、右翼左翼に別れて毛利軍を補佐せよ! 敵は真っ直ぐに、こちらへ向かって来ている。兵の間隔を開けて段階的に敵兵の勢いを削げっ! 七兵衛は、引き続き兵の川渡りを指揮せよ! 兵数はこちらが勝っているのだ。順次兵を突入出来るようにせよ!! 」

『御意っ!! 』

 怒号混じりに指示を出して愛馬に跨る。少しでも兵の士気を上げられるのであれば、最早手段を選んでいる余裕は無い。旗持ちに錦の御旗を掲げさせて愛馬の手綱を引く。

「我が軍勢は日ノ本一! 不意を突かれた程度で揺らぐ者などいない! 今こそ、帝の威光の名の下に己が武を示せっ!! 」

『おおおぉぉっ!! 』

 法螺貝が鳴り響いて先鋒隊が前へ前へと出る。先の先を取られた動揺は拭えぬとも、身に染みた経験からか直ぐに武器を構え直す。



 しかし、そんな慌てて動き出す我らを嘲笑うように、日輪を表す【日足紋】が風に揺られてはためいた。

「島津との戦いでは結局不完全燃焼で終わってしまったからのぅ……さぁて、少しはこの渇きが潤えば良いがなぁ」

 妖しく紅い焔が揺れる。

 俺はその時、確かに怪物の足音が聞こえていた。



 ***



 天下統一を目指し大友征伐に乗り出す織田軍。その行く手を阻むは日輪掲げし肥前の熊。後に、『遠賀川の戦い』と伝わる九州最初の戦いは、龍造寺隆信の奇襲によって幕を開けた。

 織田軍九万のうち、遠賀川を越えられた者は先鋒を務める毛利軍二万と羽柴軍四千五百。主力陣は揃っているが、川が二手に分かれているせいで兵が三つに分断してしまっている。それに加えて、思わぬ奇襲で混乱状態だ。

 それに引き換え、龍造寺軍は丸一日以上兵を休ませた上での傾斜を使った奇襲。その数二万五千。元々島津家との戦いを想定し準備していた為に、その戦で使う筈だった兵士を全て動員していた。

 これにより、織田軍と龍造寺軍の兵力差は互角。織田軍は兵の順次投入可能とはいえ、流れは確実に龍造寺軍にあった。



 さてさて、此度の戦の舞台になる九州だが、現在は大友家・島津家・龍造寺家が覇を競い合う三強時代。

 名門大内家が没落し、九州探題大友家の栄光は過去のモノへと過ぎ去っていった今日この頃。群雄割拠。流れた血が大地を染め、川を遺体が埋め尽くす修羅の国。そんな暗黒時代へまた逆戻りかと思われたその時、運命は怪物と英傑を作り出した。

 一族をほぼ根絶やしにされながらも、その身一つで復讐を果たした下克上の怪物 龍造寺隆信。

 落ちぶれた家を立て直し、揃いも揃った百年に一度の英傑達。神の気まぐれか、時代が求めたのか薩摩の英傑 島津四兄弟。

 乱世が終わりを迎えようとするこの時に、それに立ち会うに相応しい英傑・怪物が相見えた!

【薩摩の鬼 島津家】

【肥前の熊 龍造寺家】

【豊後の切支丹 大友家】

【戦国の覇王 織田家】

 さぁさぁ、役者は出揃った!

 鬼が首級を挙げるのか、人喰い熊が巨人すらも喰らい尽くすのか、切支丹の祈りは神に届くのか、それとも覇王が全てを飲み込むのか!!

 激動の三十日が今始まる!!




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― 新着の感想 ―
[一言] 龍造寺隆信は生きてましたか。沖田畷の戦いは起きてないので、当然ですね。 九州の愚か者共が、織田家の真髄を思い知るが良い。朝廷の官軍の勅許を受けているのだぞ。降伏は許さず、身を滅ぼすが良い。
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