22話
天正九年 六月 三河
爺さん、徳川家、北条家の許可を貰えた俺は六月上旬頃、岐阜城を出発した。メンバーは俺と松の他に、新五郎、勝蔵、慶次の直臣三人は勿論。赤鬼隊五百、世話係に小姓と侍女十数名、白百合隊は二十名程近くに潜伏しているので、総勢五百ちょいってところか。
ルートは、三河を通って遠江にある家康の居城浜松城に寄る。そこで、船に乗り換え相模へ向かう。
熱田から直接向かう方が早いんだけど、徳川家は北条家とも同盟を結んでいるし、無視したら反感買いそうだから、わざわざ浜松城まで行くことになった。
まぁ、家康には一度会っておきたかったから、丁度良かったんだけどね。
道中、襲撃などのハプニングも起こらず、俺達は順調に三河の国境まで進む事が出来た。
そろそろ、徳川家の迎えが来るかな? と思っていたら、先駆けに行かせた家臣が帰ってきた。
「若様、失礼致します。前方に徳川様の兵二千有り、大将は本多殿、敵意はありません」
「うん、ごくろうさま」
「ははっ」
「とくがわどのの、ごこういにあまえるとしよう。みんなゆっくりすすんでくれ」
『ははっ』
こちらも敵意が無い事をアピールしつつ、ゆっくり進んでいくと、ほどなく前方に人影が見え始めた。
こういう時、写真とかないと不便だよな。一応合言葉とかあるみたいだけど、敵味方の判別がめんどくさいんだよな。顔だって初対面なら分からないから、偽装し放題だしさ。
どうしたものかと、悩んでいるうちに随分と相手に近付いていたようだ。挨拶の為に前に出ようとすると、相手の方から数人寄越してくれた。
一番前にいる人が大将だろうか、確か本多とか言っていたな。兜に大きな鹿の角が印象的な男だ、そこはかとなく強者の覇気を感じる……慶次と同等かそれ以上だな。
「岐阜中将様の御子息、三法師様とお見受け致す。某、徳川右近衛権少将様が家臣、本多平八郎忠勝と申します」
「いかにも、わたしがさんぼうしだ。とくがわどのの、ごこういいたく、かんしゃもうしあげる」
「そう言っていただけると、こちらも有り難い。ここからは我々が先導致します故、御安心なさいませ」
「それはありがたい。よろしくたのむ」
さて、無事に本多と合流出来たし、後は浜松城にいる家康に会うだけだな。
道中、暇だったので本多の武勇伝を聞かせて貰った。なんでも、この男幾度も戦場で無双しておきながら、ただの一度も傷を付けられた事が無いのだとか。
正直、まぁ盛ってるんだろうなと思っていたのだが、とある城に宿泊している時に拝見したところ、マジで一つたりとも傷がなかったのである。これには流石の俺もドン引きだ。
コイツ、生まれる世界間違えてないか? コイツだけ無双ゲーやってるんじゃないかってくらい、理不尽の塊である。今度から公式チートさんって呼ぼうかな。
その後、空き時間に俺の直臣三人と、手合わせしてくれる事になったのだが、勝蔵は一撃でのされ、新五郎は善戦するも武器を壊され敗北、一番勝負になったのは慶次だった。十合、二十合と重ねていく中でお互い笑いあっていたのは、恐怖の象徴でしかなかった。
結局、お互いの武器が壊れた為、引き分けになったが、アイツら完全に人間やめてた。気の所為かな、衝撃波がこっちまで来てたんですけど……どうやら、戦国時代は某漫画の戦闘民族ばかりらしい。
まぁあれから勝蔵が毎日のように、本多と手合わせするようになってから、戦闘能力がみるみる上達していったので、此方としてはありがたい体験だったな。
勝蔵もいつか戦場でヒャッハーするのだろうか? 僕は今から、とても心配です。
天正九年 六月 浜松城
さぁ、やって来ました浜松城! 城自体も立派だけど、回りも活気に満ちているし、家康の政治的手腕はやっぱ凄いんだな。
「ほんだどの、ここはよいところだの。たみがかっきにみちておる」
「はははっ! そう言っていただけると、嬉しいですな。殿は常日頃から政に熱心でいられました、それに、先の戦で高天神城を奪回出来た事が大きいでしょう。苦節七年……我等の悲願成就に、民も喜んでいるのです」
本多は余程、家康を尊敬しているんだな。言葉の節々に、敬意と誇りが見て取れる。
しかし、高天神城ねぇ良い情報をGET出来た。家康に会う前にでも、新五郎に詳しく聞かなきゃな。
そのまま、本多に案内され浜松城へ。客間に通された俺は、早速汚れを落とし正装に着替える。
俺と一緒に行く新五郎と、最終打ち合わせをしていると程なくして、案内の小姓がやって来た。
「失礼致します。三法師様、準備が整いました故、御案内致します」
「うむ、たのむ」
「ははっ」
小姓の後をゆっくりと追う。一歩進む毎に鳴る、自分の足音が気になってしょうがない。心臓が口から飛び出そうだし、変な汗もかいている……あぁクソッ緊張するなぁ。相手は俺の大敵かもしれないんだ! ビビってたら、付け込まれるぞ!
負けるな! 気持ちで負けるな俺っ! 知能も経験でも負けてんだ、せめて心では負けるな!
自分自身に喝を入れると、先程よりは楽になった。視界も良く見えるようになり、自分がどんだけ緊張していたかを自覚し、思わず苦笑いをしてしまった。
気付けば、もう大広間は目の前で小姓が許可を貰いに行っていた。
「失礼致します。三法師様並びに、斎藤様をお連れ致しました」
「よい、通せ」
「ははっ三法師様、どうぞお通りくださいませ」
「うむ、ごくろう」
スっと小姓が横にはける。ふぅ……ここが、正念場だ! よし、行くぞ!
大広間には、多くの武将が集まっていて、本多の姿もそこにあった。そして、俺の正面には壮年の男性、これが徳川家康か。想像よりは太っておらず、驚く程に覇気がない。この人が本当に天下統一を成し遂げた大英雄なのだろうか? まさか、影武者じゃないよな?
「おはつにおめにかかります。さんぼうしともうします。こたびのごこうい、まことにかたじけない」
俺は戸惑いながらも、それを表に出さないように礼を尽くすと、急に背筋に冷たいモノが走った。恐る恐る家康の方を向くと、スっと目を細めてこちらを見ている。
俺は冷や汗が止まらなかった。馬鹿か俺は! 油断するなと、あれ程言っただろうが! あのこちらを見透かすような目は、まさに爺さんに通じるモノだ。
気付けば、先程まで感じなかった覇気が大広間を支配していた。家臣達は皆一斉に姿勢を正し、俺は身体の震えを抑えるのに必死だった。
どのくらい経っただろうか、体感だと一時間以上経ってる気がするけど、もしかしたら数分程度だったかもしれない。
不意に空気が軽くなったのを感じると、家康は朗らかに話し始めた。
「はっはっは、かように遠いところまで、良くいらっしゃいました。三法師様にお会い出来て嬉しゅうございます。本日は我が徳川家、総力をあげて歓待致しますぞ」
先程までの雰囲気が、まるで嘘のような好意的な対応だ。俺はまるで、狸に化かされたかのように呆けてしまったが、慌ててお礼を述べた。
「とくがわどのの、ごこういたいへんありがたく、おれいもうしあげます。わたしたちをねぎらうかんたいばかりか、にせんのごえいまでいただけて、きょうしゅくでございます」
「いえいえ、お気になさらず。平八郎は無礼を致しませんでしたか? 」
「いえ、そのようなことはなく。たいへんゆういぎなじかんをすごせました」
「それは、何よりでございます」
回りの家臣達は、俺と家康が仲睦まじく談笑している様子に、胸を撫で下ろしているみたいだが、ぶっちゃけ俺には全く余裕はなかった。
この男、まるで隙が見当たらない。人間多少なりとも、感情の機微が出るものだが、この男のソレは作り物めいていて、分厚い仮面……いや、まるで人形を相手しているようだ。
「何でも、三法師様は勉学の為に北条家へ行くとか。素晴らしい向上心、感服致しました。我が徳川家は北条家とも同盟関係にあります故、三法師様のお力になれましょう。駿河は未だに武田領ですので、船を御用意しております。是非お使いくださいませ」
「かさねがさね、まことにかたじけなく」
ここまでは社交辞令だろう。歓待や護衛、船を使うのも全て打ち合わせ通り。
さてと、ここからが本番だ。もう、油断も慢心もしないぞ!




