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2話

 天正十一年 九月 安土城



 大友征伐の軍議の最中、突如として飛び出した疑念。その発言に、場が一気に静まり返る。

「しかし、三法師様。朝廷は、誠に大友家への朝敵認定を承認致しますでしょうか? ここ数年、長宗我部征伐や武田征伐と立て続けに朝敵認定が出されております。本来、朝敵認定とは軽々しく出される類いのモノでは無い以上、朝廷もそう易々と許可を出しますでしょうか? 」

『………………』

 新五郎が口を閉ざした直後、少し場がザワつく。確かに、ソレは考えられる最大の懸念点だった。幾ら朝廷と繋がりを持とうとも、その朝廷の許可が下りなければ、今まで考えていた大友征伐の策略は全て水の泡となって消える。

 何故なら、朝廷が大友家を朝敵に定めてくれる事を前提に考えていたのだから。それ故に、新五郎が抱いた疑念は、作戦の根本を揺るがしかねないモノであった。



 しかし、そんな懸念点は初めから分かっている。俺は、自信を持って答えた。

「うむ。明日、京より近衛関白殿が来られる予定だが……まず間違いなく、良い返事を貰えるだろう」

 その自信ありげな態度に、新五郎の瞳から若干不安の色が薄れる。しかし、その根拠を確認しなくては駄目だと再度疑問を口にした。

「それは、既に三法師様から近衛様へ話を付けてあるからでしょうか? 」

「それもある。しかし、此度の戦は新五郎が挙げた二つの戦とは決定的に違う点がある。それは、私利私欲による戦か否かだ」

「私利私欲……」

 その言葉に権六が首を傾げる。しかし、その横では藤が納得するように小さく頷いていた。本当に頭の回転が早いな。何か言葉が足りなかったら補足して貰おう。

 一度咳払いをして気を取り直す。

「あまり大きな声では言えないが、武田征伐と長宗我部征伐は織田家の利の為に仕掛けた戦。この時の朝敵認定は、言わば戦に勝つ為に朝廷と帝の威光を利用しただけに過ぎない。これでは、新五郎の言う通り朝廷も良い顔はしないだろう。金を払えば朝廷を思いのままに動かせると思われてしまえば、朝廷の……ひいては帝の権威を汚す事に繋がりかねない。……しかし、今回は事情が異なる」

 そこで一旦話を区切り、横に置かれていた台から帳簿を掴んで皆の前に出す。それを見た権六が、膝を叩いて立ち上がった。

「成程っ! 大友家が南蛮へ日ノ本の民を売り払っていた事実を免罪符に、朝廷から朝敵認定の許可をいただくのですなっ! 」

 流石にここまで情報が揃えば、誰でも簡単に答えは導き出せる。権六の回答に、俺はその通りだと、満足気に頷いた。

「帝とは、古来より日ノ本に君臨する現人神であり、日ノ本の民は彼の御方を仰ぎ、その尊き寵愛によって庇護下に置かれた存在。それを存外に扱い、ましてや奴隷として他国に売り払うなど言語道断。国賊大友宗麟征伐の為ならば、朝廷も快く朝敵認定を許可するだろう。これが、武田征伐と長宗我部征伐との決定的な違いだ」

『おぉ!! 』

 胸を張って断言すると、皆からも感嘆の声を上げた。これについては、ずっと前から考えていた策なだけに自信があったのだ。



 ***



 計画は、一年前から始まっていた。長宗我部征伐は、織田家の要望通り錦の御旗の使用許可が出るかの確認。高野山真言宗攻めは、大友家の奴隷売買の証拠探し。

 高野山真言宗に関しては、白百合隊が掴んだ不自然な人の流れに、僅かな可能性を感じていた。紀伊国は、九州と海路が繋がっているから。雑賀一族もそうやって貿易で栄えたし、同様に舟を使って攫った人を売り払っていたと思った訳だ。

 それに、もし見付からなくても高野山真言宗を潰す事には変わらないし、今回は一石二鳥で済んだので最高の結果だったと言える。

 まぁ、つまり最初から俺の狙いは大友家一択だったのだ。大友家の悪行を知った段階で、大友征伐を天下統一の終着点と決めていた。罪無き民を奴隷に落とし、南蛮に売り払って私腹を肥やす外道を討つ。これは、俺が掲げる正義に最も適していたから。

 これを成せば、民や大名達も足利家以外源氏の血を引く俺が将軍になるのを受け入れやすいだろうと思った。英雄は、どんな時代でも好意的に捉えられやすい。そんな打算からだった。

 本当は、こんな考えで天下統一を果たしたく無かった。しかし、後の統治を考えればこれがベスト。天下泰平の為ならば、見栄に拘る他無かった。例え、本意では無かろうとも。



 ***



 未練がましい感情を捨て去り、眼前にて控える新五郎へ声をかける。

「新五郎、そなたの不安は拭えたか? 」

「ははっ! 流石は三法師様、見事なご慧眼にございます。要らぬ疑念を抱き、皆様の不安を煽ってしまった事、平に御容赦下さいませ」

 深々と頭を下げる新五郎に、俺は気にするなと、首を横に振る。

「新五郎の懸念は、何一つとして間違っていない。ただ、既に対処済みだっただけだ。それを、皆に周知出来た。皆も、余の考えを聞いた上で賛同出来た。新五郎の行動は、決して無駄な事では無い。故に、謝罪は不要だ」

「ははっ、誠に忝なく」

「………………」

 それでも尚、頭を下げ続ける新五郎が酷く痛ましい。たった一年で、こんなにも新五郎が遠く感じてしまった。いつも隣りに居てくれたのに。

 いつからか、『無鉄砲で我儘なやんちゃ坊主と苦労人の世話役』と言う関係が、『天下統一に大手をかけた天下人と一時的に国を預かっている一城主』に変わってしまった。

 主君と家臣。

 そんな深い溝が、眼前に平伏する新五郎達との間に引かれているように思えてならない。

 微かに扇を握る手に力が入る。

「……余は、爺さまのような完璧な存在では無い。父上のような爺さまに認められた才覚も無い。未熟なこの身に有るのは、爺さまと父上が残して下さった一騎当千の家臣達と志のみ。どうか、これからも余を支えて欲しい」

『…………っ! 御意っ!! 』

 静かに頭を下げる俺に対して、一拍ほど遅れて皆からも返事が返ってくる。もう、咎める声が上がる事は無かった。



 ***



 俺は、爺さんのような存在にはなれない。

 島津家からの密告から始まり、官兵衛から知らされた宣教師共の裏の顔。欧州が掲げる世界征服の野望。次々の押し寄せる事実に、何度も体調を崩しかけた。

 しかし、主君である俺が倒れる訳にはいかない。どんなに体調が優れなくとも、血反吐を吐きながら政務に勤しんだ。

 時間が無い。キリスト教共に対抗するには、必要最低限の被害で武力を保ちつつ、最大戦力による短期決戦しか道は無かった。

 それが、どれだけ過酷な道のりか。一寸先は闇。一手間違えれば即詰みの状況。微かに伸びる細い道筋を毎日綱渡りさせられている気分だった。



 ――それでも進まねばならない。



 長宗我部家との戦いが最初の一手。

 そこで試した故に分かったのだが、朝敵認定はまさに最強の矛。敵の士気を著しく下げ、味方の士気を最高潮へ持っていく鬼札。

『錦の御旗』とは、この戦国時代においてどんな武器にも勝る事をこれでもかと実感させられた。これは、この時代ならば未だに帝の権威が轟いている故だろう。前世では、天皇は象徴でしか無かった。別に敬う奴もいなかったし。

 さて、その錦の御旗だが、犠牲者削減・早期決着を望む立場からすれば、是が非でも使いたい一手だった。

 故に、不敬ではあるが帝の思考を誘導した。貴族の数を減らし、最大勢力である近衛家を使って朝廷の出す答えを絞らせた。

 それでも、それでも俺は――

「では、軍議を続けよう」

『ははっ!! 』

 その日、評定の間の灯りが落ちる事は無かった。



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