1話
天正十一年 九月 安土城
大友征伐を宣言した翌日、安土城へ集まっていた多くの家臣達は自領へと帰って行った。
大友征伐は春先、約半年後ではあるが此度の戦は大遠征にして天下一統総仕上げだ。手柄を立てたい者も安定を求める者も一様に、織田軍の名に恥じないように今から準備に取り掛からなくてはならないからだ。
皆、何かに急かされるように出て行ってしまい、昨日までとは打って変わって静寂に包まれる安土城。
そんな中、安土城へ残るのは限られた重臣達。
評定の間には、柴田勝家・丹羽長秀・滝川一益・羽柴秀吉と言った織田家重臣の頂点足る四大老に続き、大和国・山城国を任され一門衆筆頭へと格を上げた織田三七信孝叔父上、織田水軍大将九鬼嘉隆、美濃国を任した俺の傅役である新五郎に、天下三大軍師の一角・黒田官兵衛など頭脳派が軒を連ねる。
まさに、織田家最強軍団。歴史にその名を刻んだ一騎当千の名将達が一堂に会する様子は、錚々たる顔ぶれと言っても過言では無いだろう。
その頼もしい視線を一身に感じながら、俺は上座にて扇を鳴らした。
「…………では、これより軍議を開始する」
『御意』
大友征伐。それが本格的に始まった瞬間である。
***
宣言すると同時に五郎左へ視線を向ける。すると、五郎左は小さく頷き、胸元から地図を取り出して俺の前に広げた。
「先ずは、朝廷より大友家を朝敵に認定していただきましょう。戦をするには大義名分が必要不可欠。朝敵を討つ為に兵を挙げる事はこれ以上無い名誉な事であり、大義名分として充分過ぎる事でしょう」
『然り』
五郎左の提案に、一同頷いて賛同を示す。それを皮切りに、続々と声が上げられた。
「兵は、二手に分かれて進軍するのがよろしいかと。毛利領長門国・長宗我部領伊予国を最前線とし、それぞれに大軍を収容出来る砦を築きます。陸海両面から進軍しながら島津家と挟み撃ちにすれば、大友家の逃げ場を完全に封じる事が出来ましょう」
官兵衛が筆で長門国と伊予国の端を囲う。その場所は他国との国境であり、大友征伐の最前線になると予想されている場所だった。
「……うむ。砦か」
間に海があるとはいえ、攻防共に拠点として使える砦の必要性は高い。更には、補給路の確保は遠征において生命線とも言える最重要事項。
であれば、砦の建築は直ぐに取り掛かるべきだろう。
「分かった。毛利家と長宗我部家ならば、先の戦で降伏した際に九州征伐に助力するように命じてある。幸いと言うべきか、毛利家と全面戦争までいかなかった事で、兵力はお互いに充分残っている。であれば、織田軍の大半を四国の方面へ回せば、二手に分けても兵力は釣り合う……か。……良し! 直ぐに、砦の建築を指示しよう。三七叔父上、畿内の大工と材料を集めて欲しい」
「それは構わないが……街道作りはどうする? 」
「境・京・安土間は既に完成している。他は、少し後回しで良いだろう。給金は織田家が持つ故、現場で働いていた農民達……希望する者も一緒に運んで欲しい」
「良し、分かった。後は、こちらが調整しよう! 」
胸を強く叩いて頷く三七叔父上。その様子を頼もしく思うと同時に、次の議題へと移る。征討軍の編成だ。
「さて、軍の編成だが官兵衛の言うように二手に分けたいと思う。第一軍大将羽柴秀吉。山陰・山陽地方の大名家を率いて毛利家と合流し豊前国へ侵攻せよ。五万の兵を預ける。各地の勢力を調略しながら南下するのだ」
「ははっ!! お任せ下さいませっ! 」
「そして、第二軍大将滝川一益。畿内の大名家を率いて四国へ入り、伊予国から豊後国へ侵攻せよ。七万の兵を預ける。豊後国は大友家の本領、激しい抵抗が予想されている。決して単身で攻めるな。第一軍、第二軍、島津家との連携を意識せよ」
「御意っ! 」
各軍団の大将へ藤と左近を任命。両者共に、身体を震わせながら覇気を漲らせている。一方、政務の為に残ってもらう五郎左は別として、武闘派筆頭である権六は明らかにテンションが下がっていた。余程、選ばれなかった事がショックらしい。
しかし、権六が率いる北陸制圧軍は上杉家との決戦を終えたばかり。これ以上、兵を酷使する事は出来ない。ここは、権六に我慢して貰おう。
一応、後でフォローする事を決めると、左近の横で瞳を閉じて集中している九鬼嘉隆へ声をかけた。
「そして、此度の戦では特に水軍が重要な役割となる。軍の運搬に、上陸先の安全確保。補給路の維持は軍の最重要事項。……嘉隆、そなたを織田水軍大将として海戦における全権を預ける。毛利・村上水軍大将村上武吉と共に、織田連合軍の活路を開いて欲しい」
すると、嘉隆の瞳がカッと見開き、勢いそのまま握り拳を畳へ打ち付ける。ドンッと低く響く音の後、嘉隆はゆっくりと頭を下げた。
「この嘉隆、必ずや若様の御期待にお応え致しましょうっ!!! 」
腹に響く勇ましい声。まさに、海賊然としたその立ち振る舞いに思わず鳥肌が立つ。恐怖よりも頼もしさが勝る風格。漲る自信。正直、この男が負ける姿は想像出来なかった。
さて、軍の編成が固まれば軍議もどんどん捗っていく。
「肥前の龍造寺隆信は、大友家を離反して独立したと聞く。声を掛けても良いかも知れんな」
「であれば、筑前の秋月種実や筑紫広門も声を掛けるべきだ! 奴らは、耳川の戦い以降、大友家を離反している。積もりに積もった不満を突けば、簡単に味方になろう」
「奥州の大名家を動員してはどうか? 新参者である奴らに、織田家の武力を見せつける良い機会だろう」
「しかし、あまりにも遠過ぎ無いか? 」
「相良家はどうだ……」
「阿蘇家は……」
提案が出る度に、大まかな九州の全体図以外真っ白だった地図が、多くの線や記号で形付けられていく。やはり、織田家が誇る名将達が揃った軍議は、これ以上無く有意義なモノであった。
そんな中、盛り上がり過ぎた頭を冷ますように、藤から疑問が投げかけられた。
「しかし、そう簡単にいくものか? 」
『………………』
皆、一様に口を閉ざして意見を精査する。その場の勢いで作戦を決めてしまったら、最悪の場合致命的な失態に繋がりかねないから。
そして、いち早く考えがまとまった左近が手を挙げて意見を述べる。
「朝敵となった大友家が、更に求心力を失うのは明白。錦の御旗さえあれば、朝敵大友家を討伐せんと他の大名家も参戦するのでは無いか? ……三法師様、いかがいたしましょうか? 」
左近の確認するような問いかけに、初手としては申し分無しと頷いて賛同する。
「うむ。……ただでさえ、大友家は耳川の戦いで多くの重臣と信用を失った。一度失った信用は、得るのが難しく失うのは容易い。朝廷より朝敵認定が出されれば、更に離反者を出す事になるだろう。それに伴い、織田家から朝敵征伐の大義名分を掲げ、九州の大名家へ大友討伐令を出す。無視する者は大友家に組みしたと断定すると書き足せば、多くの大名家からの援軍が見込めるだろう」
『おぉ!! 』
俺が示した方針に、一同から賛同の声が上がった。先程疑問を投げかけた藤へ視線を向ければ、満足気に頷いている。どうやら、及第点を得る事が出来たようだ。
朝廷へ大友家朝敵認定の申請。陸と海に分かれての進軍。毛利家・長宗我部家への援軍要請。長門国・伊予国の砦作り。九州地方の大名家への調略。各軍団を率いる総大将の任命。集める兵力。徴兵の範囲。
様々な作戦か決まっていく中、新五郎から作戦の前提を覆しかねない疑問が飛び出した。
「しかし、三法師様。朝廷は、誠に大友家への朝敵認定を承認致しますでしょうか? ここ数年、長宗我部征伐や武田征伐と立て続けに朝敵認定が出されております。本来、朝敵認定とは軽々しく出される類いのモノでは無い以上、朝廷もそう易々と許可を出しますでしょうか? 」
新五郎の疑念に場がザワつく。確かに、ソレは考えられる最大の懸念点だった。もし、朝廷の許可が下りなければ、今まで考えていた大友征伐の策略は全て水の泡となって消える。
まさに、作戦の根本を揺るがしかねないモノであった。
第六章開幕。
序盤は三法師視点、中盤以降は戦争パートになります。
天下統一へ王手をかけた織田家。彼らを阻む敵はいるのか、このまま順調に天下統一を果たすのか。
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