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31話

 天正十一年 九月 安土城



 秋も深まり紅葉の季節がやって来た。安土城から見渡す山々は、日を追う事に色が合わさり鮮やかに染まっていく。

 実りの季節。山の中を探索してみれば、多種多様な果実や山菜が山を彩り、兎や鹿が軽やかに野を駆け回り、小鳥は秋のメロディーを奏でる。

 春夏秋冬。その季節特有の景色は、いつの時代も人々の心を癒してきた。春の桜、夏の緑、秋の紅葉、冬の銀世界。そのどれもが、日々の出来事を鮮やかに彩ってきた。

 しかし、そんな素晴らしい景色よりも人々の関心を集める事がある。それは、世間を席巻させるようかセンセーショナルな事件。

 人はいつの時代も、平凡な日々の中に刺激的なスパイスを求める生き物なのかも知れない。



『高野山、落つ』

 その一報は、瞬く間に日ノ本全土を駆け巡った。その黒煙を見た者は腰を抜かして震え上がり、彼の栄華を知る者は泣き叫んで悲しみに昏れる。

 弘法大師空海が嵯峨天皇より下賜され、その後七百年以上の歴史を誇る由緒正しい寺院が、たった一夜で焼け落ちたのだ。その衝撃は、想像するに難しく無い。

 神聖不可侵である筈の寺院が、また一つ焼き滅ぼされた。それは、長閑な生活を送る民の脳裏へ強烈な印象を植え付け、ある当たり前の事実を再確認させる事となる。

 天下泰平を願う幼子もまた、織田家の血を……あの織田信長の血を継ぐ者なのだ……と。



 ***


 

 未だ騒ぎの収まらぬ城下を眺めていると、不意に背後から声をかけられる。

「殿、皆様お揃いでございます」

「……うん。行こうか」

 松の言葉に小さく頷くと、いつものように抱えられながら階段を降りる。

 源二郎が高野山真言宗を攻め落とし、安土城へ凱旋してから既に三日が経過した。今日は、彼らの武勇を勇姿を称える論功行賞であり、彼らの疲れを癒す宴が開かれる。今も、小姓達が忙しなく働いており、全国から届いた極上の逸品をふんだんに使った最高の宴になること間違い無しだろう。

 しかし、城の雰囲気はどこか重苦しく、すれ違う者達はどこか堅苦しい。その様子を咎める事は無く、ただただ黙々と歩き続けた。



 あの日、高野山から立ち上る黒煙は京にまで届いたと言う。その燃え盛る炎は全てを焼き尽くし、立ち昇る黒煙は夜に蔓延る悪への断罪の狼煙となり、罪深き僧侶の血潮で山を紅く染め上げた。

 その惨状を知った者達は、誰もがあの日の光景を思い浮かべたと言う。十二年前に起こった、あの悲劇を。

 元亀二年九月十二日、比叡山延暦寺焼き討ち。

 爺さんの、織田信長の恐ろしさを世に知らしめた大事件。老若男女問わず、その場に居た全ての人間を根絶やしにした。殺されていった信者達の断末魔は、遠く離れた京の町にまで降り注いだと言う。

 その凄惨さは、今も尚色褪せない恐怖を民へ焼き付けた。そして、それは家臣達や貴族達とて同様だったのだ。

 高野山攻めは、限られた者にしか知らせていない電撃戦。故に、高野山から立ち昇る黒煙を見た重臣や朝廷は慌てふためき、連日連夜各所からの問い合わせが殺到していた。

 勿論、それ等を無視する事はしない。高野山真言宗が行っていた悪事を説明し、織田家の正当性と高野山真言宗が晒した僅かな隙を突いた結果、皆に知らせるのが遅くなったのだ……と。

 しかし、彼らの不安を拭う事は出来なかった。

 俺は、誤解していたんだ。彼らが、何を恐れていたのかを。

「近江守様の御成りにございます」

 小姓の言葉と共に、大広間に集まる重臣達が一斉に頭を下げる。一拍、二拍置いた後に訪れる静寂。家臣達の準備が整った事を察すると、上座へと足を進めた。



 ***



 大広間へ入り、先ず最初に目に入った光景は全国から集まった家臣達。その中には、岐阜を任せていた新五郎や越後の平定を任せた権六も居る。

 俺は、久しぶりの再会に頬が緩みかけるも、彼等が醸し出す雰囲気に顔を引き締め直して上座へと座った。

「……良い。面をあげよ」

『ははっ』

 一同、即座に顔を上げるもやはり表情は固い。ある程度予想はしていたけれど、そんな皆の態度に少しだけ胸がザワついた。

(やはり、官兵衛の言う通り、俺が独断で高野山攻めを決行したから戸惑っているのだろう)

 そう思った俺は、直ぐに本題へと移った。

「初めに、皆の疑念を解かねばなるまい。……先の一件について、日ノ本全土に数多の噂話が流れた。信憑性のある話から、根も葉もない噂話まで。今日、皆が此処へ集まったのも事実を確認する為であろう。余の口から、直接真実をしる為に」

 そこで一旦話を区切り周りを見渡す。誰も彼もが、固唾を呑んで俺の言葉を待っていた。まるで、嘘であって欲しいとでも言うように。

 しかし、嘘はつけなかった。

「高野山真言宗攻め……あれは、余が指示して行われた侵略である。それも、突発的な軍事行動では無い。数ヶ月前より、数多の策略を駆使して奴らを罠へと誘導して根切りにした。これは、事実である」

『…………っ』

 パチりと、扇が閉じる乾いた音だけが大広間に響き渡った。



 固まる一同を余所に論功行賞を始める。

「此度の戦、一番手柄は真田源二郎信繁である。褒美として、紀伊国名草郡を与える。雑賀衆を与力に付ける故、良き統治をするように」

「……は、ははっ」

 後ろの方から、源二郎が戸惑いながらも答える。未だに動揺が収まらぬ中、続けて重臣達が固まる方へ視線を向けた。

「紀伊国全体の統治は河尻秀隆に任せる。紀伊国南方に位置する熊野三山は既に織田家の軍門に下っているが、先の一件で多少混乱が起きている。速やかにコレを鎮圧し、紀伊国統一を目指せ」

「若様の命であれば、喜んで承りまする」

 即座に対応する河尻の姿に、周りの重臣達が一斉に視線を向ける。しかし、河尻が動じる事は無い。昨夜の時点で、既に左近と河尻へ話を通していたからだ。

 元々、武田征伐で爺さんから信濃一国を賜った際に、河尻は左近の与力を任されていた。それを勝手に引き抜く訳にはいかないし、両者に話を通すのは当然の配慮と言える。

 次々と報酬を言い渡す中、ようやく再起動した権六が問い質すように立ち上がった。

「さ、三法師様! 誠に、貴方様が先導して高野山真言宗を滅ぼしたのですか!? そんな素振り、今まで一度も――「そうだ。余が指示した。権六、何か不満でもあるのか? 」…………っ!? い、いえ……不満と言う訳では無いのですが……」

 権六の言葉を遮るように言い放つと、権六はしどろもどろになりながら座り込んでしまった。

 そんな、普段では決して見せない俺の姿に一同言葉を失ってしまい、成り行きを見守る他無い……そんな雰囲気が漂っていた。



 誰かの喉を鳴らす音が聞こえる。畳に裾が擦れる音、誰もが口を開くも言葉が出てこない。

「皆も、奴らの犯した罪を知っていただろう。教えに背き、人道に背き、ただ存在するだけで悪と成した愚者と有り様を。……最早、アレに生きる権利は無い。泰平の世に存在してはならない。故に、常日頃から根絶やしにする機会を探っていた。それが、つい先日実行された。……ただ、それだけだ」

 冷たく言い放ち、周りを見渡す。誰もが顔を伏せる中、新五郎だけが顔を上げた。

「……しかし、三法師様。これは、あまりにも早急過ぎるかと。上様も僧侶共には苦心しておられました。歴史を辿れば、宗教によって数多の戦が行っております。真言宗は、朝廷とも繋がりのある歴史ある宗派。事は、慎重に進めるのが吉かと」

「…………であるか」

 苦言を呈しながらも、どこか気遣う想いが込められた言葉に思わず押し黙る。

 確かに、新五郎の言う事は一理ある。前世でも、中東で宗教戦争が行われていた。近代である令和の世の中でも……だ。

 宗教は甘く見てはいけない。

 それは、テレビ越しですら伝わってきた。実際に国を治める立場になって、その意味を深く理解させられた。



 ――そう……それ故に、高野山を滅ぼしたのだ。



 俺は、横に控えた高丸へ視線を向ける。すると、事前に指示した通りに新五郎へ書物を手渡した。源二郎が、高野山から持ち帰ったあの帳簿だ。

「これは……? 」

「それは、源二郎が高野山から持ち帰った品だ。奴らが隠し持っていた帳簿である」

 新五郎は、最初は首を傾げながら書物を眺めていたが、帳簿と言う言葉に目を見開く。早く捲るように促すと、折り目が付けられたページで手が止まる。

 そして、そこに記された名を小さく呟いた。

「…………大友家」

『…………っ!? 』

 その名に、大広間に集う家臣達へ衝撃が走る。視界の端で、高齢の家臣が泡を吹いて倒れた。

 家臣達が動揺のあまり騒ぎ始める前に、一度扇を鳴らして視線を集める。乾いた音に集まる視線。その様子に満足しながら話を続けた。

「そう……それは、大友家が人身売買に手を染めていた確かな証拠。そして、九州では南蛮の奴隷商人を通じて、数多の日ノ本の民が奴隷として連れ去られている。……余は、大友家こそがソレを先導していると睨んでいる」

「で、では……高野山の一件は」

「全ては、大友家を討伐する為の前座に過ぎぬ。既に、朝廷や周りを囲う毛利家・長宗我部家・島津家にも話を付けてある。来年の春、大友家征伐を行い、その流れで九州を平定する。天下一統総仕上げである。一同、直ちに戦支度に取り掛かれっ!! 」

『ぎょ、御意っ!!! 』

 困惑しながらも一同勢い良く平伏する。その姿を尻目に、俺は大広間を後にした。その横には、いつの間にか官兵衛が並んでいた。

「宣教師共は、何と言っている? 」

「ははっ、織田家の天下一統を心から祝福し、唐入りの際には必ずや支援を約束する……と」

「……であるかっ」

 そうか。やはり、アイツらの狙いは……。

 もう、時間は残されていない。欧州の……キリスト教の魔の手は、既に目と鼻の先にまで来ている。

 早く天下統一を成し遂げ、日ノ本を一枚岩にしなければ次に植民地にされるのは……この国だ!

「日ノ本の民は、必ず余が守り通す」

「……誠に、素晴らしき御考えかと」

 新五郎。権六。藤。左近。五郎左。茶々。藤姫。甲斐姫。松。椿。……爺さん。俺の大切な人達を、奴隷にされて堪るものかっ。

(皆は、俺が必ず守るっ! )

 そんな決意を胸に、俺は力強く足を進めた。



 ***



 そんな三法師の背中を見ながら、不敵に微笑む影が一つ。彼の幼子は、遂に覇王の器と成った。

 信長が危惧しながらも、本人の気質だからと諦めた資質。己に歯向かう者を根絶やしにする熾烈さを、三法師は手に入れてしまった。

 全ては、大切な人達を守る為に。

 誰かを守りたいと願う気持ちは悪では無い。尊いモノだ。しかし、皮肉な事にそんな想いがぶつかり合った時に争いが起こる。大切なモノを守り通す為に、人は武器を持つのだ。

 例え、相手の大切なモノを踏み躙ってでも。



 変わり果てた幼子に、人はどんな視線を向けるだろうか。成長を喜ぶのか。変化を嘆くのか。それでも付き従うか。恐怖で震えるのか。

 それとも……止めたいと敵対するのか。



 誰かが言った。織田家の跡目だと。

 誰かが言った。鬼の跡目だと。

 誰かが言った。第六天魔王の再来だと。

 誰かが言った。あれこそが、魔王の孫だと。


第五章完結。

物語は、遂に九州征伐編へ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 天下統一が天下一統になってます。
[一言] お疲れ様です。 大友ばっか言われてますけど島津も大友の領地の脳民かっさらってませんでしたっけ? もしかして今後バレるパターンですか?
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