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24話

 天正十一年 九月 紀伊国 高野山 真田信繁



 雄叫びを上げながら境内を駆ける。ある者は槍を、またある者は刀を振りかざして敵を斬る。戦況は、織田軍の優勢であった。

「行くぞ、お前達ぃ!! 逆らう者はなぎ倒せ! 抗う者は踏み潰せ! 情けなどかける必要は無い。今こそ、長きに渡る因縁に決着をつけるのだ!! 」

『おおおおおおぉぉぉぉっ!!! 』

 山登りで疲弊した身体に鞭を打ち、愛槍片手に境内を駆ける。流石にここまで騒げば気付いたのか、ぞろぞろと建物の影から出てくる坊主共。その顔は、直ぐに絶望一色へ染まっていった。

「ひ、ひぃぃっ!? あ、あれは織田木瓜……まさか織田軍か!? な、何で織田軍がここにいるのだ!? 雑賀は一体何をしているのだ!! 」

「やっと一段落ついたのに……」

「もう駄目だ。あぁ……終わった」

「嫌だぁ……死にたくない。死にたくないっ」

 ある者は後退り、ある者は腰を抜かしながら失禁し、ある者は恐怖からか泣き叫ぶ。

 織田家に仇なす者をことごとく滅ぼしてきた織田軍。その織田軍が掲げる『織田木瓜』は、敵兵にとって恐怖の象徴であり、『死』そのものである。恐怖で身を竦めてしまうのも無理は無い。



 ――しかし、その一瞬の隙は戦場では命取りだ。



 一足飛びに敵兵へ飛びかかると、上半身を捻りながら突きを繰り出す。

「その心臓、貰い受けるっ!! 」

「ギィアアアアアっ!? 」

 近場で腰を抜かしていた坊主、その胴体を槍で貫いて絶命させる。耳障りな奇声。泥のような粘ついた血を乱暴に振り払うと、槍を一回転させて地面を叩く。

「私は、織田家当主近江守様が直臣真田源二郎信繁なり!! 仏の教えに背き、人道を外れ、罪無き民を虐げる貴様等の行いは、決して許せぬ悪逆非道の極みである! その罪、己が命をもって償うが良いっ!! 者共ぉ! かかれぇぇえええっ!!! 」

『おぉおぉおぉおおおっ!!! 』

 皆が皆、憤怒の化身となりて敵兵へ飛びかかる。織田家と高野山真言宗の戦いは、最終局面を迎えていた。



 ***



 鮮血が宙を舞い、赤き一閃が空を駆ける。逃げ出す敵兵の首を斬り飛ばしながら、崩れ落ちる身体を蹴り飛ばして道を開く。

「退けぇぇえええ!!! 」

 怒号と共に石突で左側の坊主頭を砕く。崩れ落ちる坊主。それを後目に、奥へ奥へと逃げる坊主を睨みつける。

「あ、ぁゎゎ……」

 視線が合った坊主が慌てて逃げ出すも、その隙だらけの背中に拾った槍を投擲する。凄まじい勢いで空を駆けた槍は、その勢いのままに坊主の心臓を貫いた。

「ぁ…………」

 また一人、地面の染みとなる。これで十三人目。首を取る間も無く次の標的へ狙いを定める。

「い、嫌だ……死にたくない。頼む……どうか、どうか命だけは……」

 顔を青ざめながら後退る姿に、今まで堪えてきた激情が溢れ出す。

「貴様は、今まで命乞いをしてきた者を見逃してやった事が一度でもあるのか? 」

「…………っ」

「ならば今更命乞いなどするなぁ!! 散々命を弄んでおいて、自分だけ助かろうなど小賢しいにも程がある! 地獄で己が罪を償うが良いっ!! 」

 言い切るや否や、激情のままに槍を振り抜いて首を斬り飛ばす。因果応報。他者を陥れて私腹を肥やした男の末路が、そこに転がっていた。



 これで十四人目。槍を地面に刺してもたれかかり、深く長く息を吐く。胸の内を駆け回る激情を吐き出すように、ゆっくり……深く……長く。

「………………ふぅ………………ふぅ」

 何度か深呼吸を繰り返していると、段々と怒りがおさまってきた。

 ……少し、感情的になり過ぎてしまった。想像以上に醜いその有り様に、思わず激情に駆られてしまった。これでは、父上に顔向け出来ない。

『戦場では、一瞬の隙が命取りになる。故に、己が感情を制御してこそ名将足り得る』

 幼き頃から幾度も聞かされた教訓。初めて一軍を預かって、ようやくその意味を真に理解出来た気がする。

 将とは、命を預かる身を示す。死と隣り合わせである戦場において、一瞬の判断力のみならず常に冷静な思考を持ち合わせ、その場における的確な指示を出さなくてはならない。

 先程のように、怒りに身を任せるなんて愚の極みだ。自ら隙を晒す愚行。もし、近くの茂みに伏兵がいれば私の命は無かっただろう。

 誠に腑甲斐無い。父上、申し訳ございませぬ。



 私は、心の中で父上に謝罪すると、気を引き締め直して周りを見渡した。怒号と悲鳴が響き渡り、至る所で坊主頭の死体が転がっている。無論、織田軍側にも死傷者は出ているが、高野山真言宗のと比べれば微々たるモノであり、言ってしまえば事故のようなモノだ。死傷者は、倒壊する建物に巻き込まれた犠牲者が殆どであり、戦いで死んでしまった訳では無いから。

 以上の点を踏まえて現在の戦況を客観的に見てみれば、終始織田軍優勢であり、高野山真言宗側からすれば既に詰んでいる状況であった。

 しかし、それも致し方ないこと。突然の火災で混乱に陥っていた所に、完全武装した軍勢が押し寄せて来たのだ。そんな状況では、どんな名将でも後手に回ってしまうだろう。

 更には、高野山真言宗側の兵力が予想以上に低かった。三千から四千程は居ると思っていたが、散り散りに逃げ回る彼等の数は千にも満たないだろう。それは、逃げたのか死んでしまったのかは分からない。発見された焼死体から身元を特定出来る情報は無く、憶測で判断する他無い。

 まぁ……先程の三人組を見る限り、諸悪の根源は既に逃げ出したのだろうな。そこに転がっている坊主の服装は実に地味な色合いだった。位の高い坊主共の姿は、何処にも見つからなかった。



 ***



 その後も、兵士達へ指示を出しながら奥へ奥へと突き進む。決着がついたのは、戦闘開始から一刻後経った頃だった。

「報告っ! 本堂の制圧に成功。中から、百程の焼死体を発見。生き残りは無し。財貨の類いは見付かりませんでした! 」

「数が合わない。逃げ出したか…………。未だ、逃げ遅れた者がいるやも知れん。直ぐに、神崎隊と秋本隊へ情報を共有。草木を掻き分けてでも見つけ出せっ! 」

「ははっ! 」

 部下からの報告に、速やかに次の指示を出す。これまで多くの報告を受けたが、中々攫われた者達が見付からない。

(間に合わなかったか……)

 戦には勝利したが、俯く私の顔には影が差していた。火災発生からおよそ数刻。童達の生存を諦めかけたその時、遂にその待ち望んだ報告が上げられた。

「報告っ! 林の中に古い建物を発見。中から、数人の痩せ細った女子供を発見致しました! 」

「場所は何処だっ! 」

 勢い良く立ち上がった私は、平伏する部下の肩を強く握り締めながら問いただす。

「ははっ……東側にございます。しかし、既に多くの者達が処理へ向かっており、真田殿がわざわざ向かわれる必要は……」

「そんな事は無い! 攫われた者達の保護も、殿から出された指令の一部である! 場所が分かるならば案内せよ! 」

「……ははっ。承知致しました」

 言い淀んでいた部下だったが、渋々ながら頷いて私をその場所へ案内する。ようやく、あの日の誓いを果たせる。私は、そんな楽観的な思考に囚われて現実を見ていなかった。




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