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決意

 天正九年 五月 尾張



 数百規模の護衛で傍を固めながら、ゆっくりと街道を進む一行の影。その真ん中に位置する、一際目立つ豪華な輿。俺は、その中で欠伸をしながら寝そべっていた。そう。今日は、久しぶりに岐阜城から飛び出して遠出をしていたのだ。



 事の発端は、先日届いた爺さんからの文。そこには、尾張の熱田湊って所に行くようと書かれていた。約束していた物が用意出来たのだと。その為、ちょうど尾張に用事がある親父も連れ添って熱田湊まで向かうことになったのであった。

 とはいえ、流石に岐阜城から直接向かう訳ではない。清須城で一泊し、早朝に熱田湊へ向けて出発する運びになった。

 故に、今は未だ外は少し薄暗い。小鳥のさえずりを聴きながら、もう何度目かの寝返りを打つ。その顔には、濃い隅が刻まれており、瞳は充血してギンギラリンになっていた。

(……いや、だってしょうがないじゃん。昨日の夜、親父から明日は朝早いんだから早く寝るようにと言われていたけど、だって爺さんの要件って絶対大砲でしょ? 約束した物って言ってるしさ。一度そうだと思ったら、もう寝れる訳ないじゃん! 興奮しっぱなしだよ!)

 ひとり、言い訳をしながら早く湊に着いてくれと願う。一応、贈り物の詳細は未だ言われていない。大砲だと思うけど。おそらくサプライズでも企画してるのか、親父達に聞いても適当に誤魔化される。……けど、なんとなく空気で分かるよね。親父なんて、あからさまに溜息をついてるしさ。また、父上がやらかしたとか思ってんじゃない? いつも、爺さんの突拍子のない行動に苦労しているみたいだしさ。

 ……まぁ、親父には悪いけど、その気苦労の分だけ期待出来るというもの。俺は、期待に胸を膨らませながら輿に揺られるのであった。

 


 ***



 ……誰かの声が聞こえる。

「――ぉ、――のぉ? 」

「……んァ? ――ふわあぁ」

 欠伸をしながら右手を伸ばす。すると、ゴンッと右手を角に打ち付けてしまった。……痛い。だけど、そのお陰で完全に意識が覚醒した。

(……そっか。あのまま寝ちゃったんだ)

 流石に、身体の方が限界を迎えたらしい。幾ら興奮していたとはいえ、この小さな身体で眠気に抗うことは不可能だった。きっと、このゆったりとしたテンポの振動が子守唄代わりになったのだろう。

「殿、大丈夫でございますか? 先程、何やら鈍い音が致しましたが……」

「ん、大丈夫だよ」

 簾を上げて顔を出す。心配そうに、こちらを見詰める松の姿。それと共に、眩いばかりの陽射しと鼻の奥を燻る潮の香りが俺を出迎える。

「殿、おはようございます。見えますか? 日に照らされ海面が光り輝いていて、とても幻想的ですよ」

「――おぉ」

 素直に松の視線を辿ってみれば、そこには素晴らしい光景が広がっていた。雲一つない青空。自由気ままに空を行くカモメ。太陽に反射して、より一層輝きを増す海面。心が癒される波の音。和気あいあいと日々の生活を営む人々。……未来では、もう見ることの出来ない神秘がそこにあった。

「すごい……」

 なんて、素晴らしいのだろうか。本当に、心から美しいと感動してしまった。こればっかりは、化学の発展と共に失ったこの国の宝だろう。





 その後、輿から新五郎が操る馬の背に乗り移り、先に親父が向かった船付き場へ。道中、言葉を交わすことはなかった。理由は明白。先程から、松の間からチラホラ見える黒い影のせいだ。

 そして、遂にその全容が現れる。そこには、巨大な船が浮かんでいた。横一面に鉄板が貼られていて、明らかにその辺に浮かんでいる舟とは一線を画す。そのあまりの威圧感に思わず圧倒されてしまった。

「デッ……カァアアアッ?! 」

「……これは、織田家が誇る鉄甲船にございます。彼の毛利水軍を打ち破り、名実共に日ノ本最強の船だと言っても過言ではないでしょう」

「……鉄甲船」

 新五郎の説明に、思わず固唾を呑む。毛利水軍とやらの実力は知らないが、あの誇張や虚言を嫌う新五郎が日ノ本最強とまで断言したのだ。この威風堂々とした姿は、伊達ではないということだろう。

 そして、親父は崩れ落ちた。

「ま、まさか……わざわざ鉄甲船を派遣したのか、父上は。一体、何を考えておられるのだ。この一隻を動かすのに、どれだけの費用がかかると思って――っ!? よもや、石火矢だけでは味気ないとでも思われたのか!! 」

(多分、その通りかと)

 心の中で同意し、親父の胃に黙祷を捧げる。だって、爺さんがこの程度で終わる訳がない。間違いなく、俺達の予想を上回るナニかを仕掛けている筈。そんな、嫌な予感をひしひしと感じていた。



 その予感が、正しかったことを思い知る。

「……嘘でしょ」

「」

 唖然。ギシギシと、まるでロボットのような動きで親父の横顔を覗き見れば、その瞳は完全に死んでいた。

 ナニを……いや、誰を見てそうなってしまったのかは、この場にいる誰もが察している。ただ、誰もソレを咎めることは出来ない。何故なら、今のこの日ノ本にその人を咎めることが出来る人など存在しないからだ。

「フハハハハッ、フハハハハーッ!!! 」

 甲板に立ちながら高笑いをする人物。そう、我らが織田信長であった。これは、酷い。親父が、放心してしまうのも無理はない。

 呆然とする俺達を後目に、爺さんは勢いよく甲板から飛び降りる。止めて。信長が、戦隊モノアクションみたいな動きをしないで。しかし、時間は止まってはくれない。巻き上がる砂埃。その中から二本の腕が現れたかと思えば、あっという間に両脇を確保されて引き寄せられていた。

「約束通り来たぞ、三法師よ! 元気だったか!? フハハハハハハハハーッ!!! 」

「お、お爺さ……ぁ、ちょっ……やめ――」

 有無を言わさぬ、高速頬擦り。地味に髭が痛い。……だが、それ以上に胸が痛かった。

 なんだ、これは。これが、あの織田信長か? 常に、冷静沈着。敵であれば、女子供でも容赦しない残酷非道。実力主義であり、効率主義。御仏を鼻で笑い、第六天魔王を自称。誰もが、恐れ慄く戦国の覇王。それが、織田信長の筈だ。間違っても、こんな孫の我儘一つで暴走するようなおじいちゃんではない。

(これは……解釈違いですっ)

 これが、天下のフリー素材。【孫、猫可愛がりおじいちゃん☆爆誕】またひとつ、新たな織田信長(概念)が生まれてしまった瞬間であった。



 ***



 その後、俺は爺さんに抱えられながら船内を案内してもらった。その頃には親父も精神的ショックから立ち直っており、何故こんな所にいるのか、政はどうしたのかと問いただすも、既に、昨日のうちに今日の分の仕事は片付けた、五郎左がいる、この船なら誰も襲わない、陸路より安全だと切って捨てる。この開き直りには、親父も頭を抱えるしかない。

「全く、野暮なヤツよな。……さて、口うるさい奇妙は放っておいて我らは先に行こうかの。三法師、目を瞑っておきなさい。その方が、衝撃も大きかろう」

「はい、お爺様」

 言われるままに目を瞑る。歩き始める直前、瞼の上に温かい感触がする。爺さんの手だ。

(別に、わざわざ目隠ししなくても盗み見なんてしないんだけどなぁ)

 そんなことを思っていると、不意に爺さんは立ち止まった。到着したらしい。

「さぁ、目を開けてごらん? 」

 爺さんに促され、俺は恐る恐る目を開ける。すると、そこには太陽の光が反射して黒光りする大砲が三つも並んでいた。



「おぉ……」

 ゴクリと、大きく唾を飲み込みながら大砲に目を奪われる。その威圧感と重量感に、思わず感嘆の息が漏れた。正しく、男のロマンだ。

「ハハハハハッ! どうだ、凄かろう? これは、南蛮船にあった兵器でな。弓や鉄砲とは比べ物にならない火力と射程距離を持つ。まさに、破壊の化身よ。……実際に、撃つ所を見てみるか? 」

「はい! 」

 二つ返事で答える。そりゃ、見てみたいに決まってるよ! 当たり前だ!

「うむ。良い返事だ! ……よし、平之助! 早速、準備に取り掛かれ! 」

「へいっ! ……野郎共、発射用意っ!!! 」

『おうっ!!! 』

 船長の号令に、船員達が一斉に動き始める。揺れる船。鼻を突く火薬の匂い。弾を込め、照準を定める。目まぐるしく動く状況に戸惑いながらも、この胸はこれ以上ないって程に高鳴っていた。

「上様、準備整いましてございまする! 」

「であるか! 奇妙、三法師の耳を塞いでやれ! 」

「了解です。……さぁ、三法師こちらへ。身を縮め、衝撃に備えなさい」

「はい! 」

 親父の胸に右耳をピタリと付け、それに合わせるように左耳を塞がれる。襟を精一杯握り締める指先が震え、頬が赤く染め上がる。

 そして、その時が訪れた。

「……うむ。良し、やれ! 」

「ハッ! ……照準良し、弾良し、火薬良し、発射用意――ってーーーッッッ!!! 」



 ――ドォォオオオオオオオンッッ!!!



「――っ」

 凄まじい衝撃波が全身を震わせ、熱風が頬を撫でる。超重量級の大砲から放たれた砲弾は、遥か彼方の海面へと突き刺さり、天まで昇る水柱を作り上げる。その威力は船上からでも良く分かり、もし、これが城や歩兵連隊に直撃したらどうなるか。……考えただけでも恐ろしい。正しく、破壊の化身だ。

「フハハハハッ! どうだ、三法師よ! これが、新たな時代を告げる号砲よ! 」

「新たな……時代」

「そうだ! 最早、日ノ本には身内争いを続けている余裕など無い! ……今、この瞬間にも南蛮との国力差は広がっておる。天下を統べらんとするのであれば、外の脅威にどう対抗するのかも考えねばならんのだ。争いは格下相手でも生じるが、話し合いは同格でなければ始まりもせんからな」

「――っ」

 息を呑む。まさか、爺さんは外交政策を既に考えているのか? 兵器は、あくまでも技術革新を遂げる為。外国との技術力を埋める為のもの。戦争で使う気がない。いや、そもそもする気がない。正確に、日ノ本と南蛮の国力差を理解している? 自分の目で見てもいない国を、人伝に聞いただけで想像出来た……と?

(はは……っ。改めて化け物だよ、この人は)

 頬が引き攣る。その背に、後光が差してるようだ。気が付けば、皆の視線が爺さんに引き寄せられている。上機嫌に笑いながらも、奇妙な醜態を晒しながらも、その瞳は何処までも先を見通している。常人では、想像することも出来ない未来を。

 正しく、人知を超えたカリスマ。だからこそ、人を惹きつけるのだろう。ついて行きたいと思わせるのだろう。その理由が分かった気がした。



 故に、何故爺さんが殺されてしまったのかも悟った。足元をすくわれたんだ。先を見過ぎたばかりに、見通してしまえたばかりに、足元の小石に躓いた。それが、謀反を許してしまった理由。

 ……最早、悪目立ちするかもだなんて些細なことを気にしている場合ではない。寧ろ、もう今更だろう。流暢に会話をしている時点で。

ならば、俺がやるべきことは一つだ。

「……お爺様、父上。私を、北条家へ向かわせてください。そこで、政を学びたく思います」

『――っ!? 』

 それが、俺の出した答えだった。




 

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