赤鬼隊と白百合隊
天正九年 五月 岐阜
さて、これは岐阜城からほど近い平原で行われた軍事練習の出来事である。
兵数五百の小隊程度と言っても、結成されてから日が浅い故に軍の練度は低いと言わざるを得ない。これでは、いざという時に役に立たない。数が少ないのは仕方ない。個々の実力も短期間で伸ばせるモノではない。先ずは、息を合わせること。軍として機能することを目標にした。
その為に取り入れたのが、この集団行動である。
「右向け、右っ! 」
『一、二っ! 』
「全体進めっ! 」
『一、二っ! 一、二っ! 』
「全体止まれっ! 」
『一、二っ! 』
勝蔵の指示と太鼓の音に合わせて、五百人の兵士達が一斉に動き出す。たかが集団行動と思うことなかれ、これが一つの集団に連帯感を持たせるのには最適なのだ。昔、テレビでそう言ってた。
「だいぶ、揃うようになりましたな」
「うん。そうだね」
新五郎の言葉に、軽く頷いて同意する。勝蔵が指示を出し、それに必死についていく兵士達を見ていると、何だか感慨深いものを感じた。
当初、彼らは全くと言っていい程に勝蔵の指示を守れなかった。いや、守らなかったと言うべきか。
あの選抜試験を抜けたということは、実力や精神力も然る事乍ら、一定以上の家柄も備わっている証。織田家当主の嫡男に仕えるとは、それ相応の格が必要なのである。
故に、変なプライドもあったのだろう。森家より格の高い家柄出身の奴らは、勝蔵に対し反発するような態度を見せていたのだ。勝蔵には、これから先も彼等を率いてもらわなくてはいけないのに、これは非常に由々しき事態。折角集めた部隊も、これでは烏合の衆である。
これは早急に矯正しなくてはと考えた時、ふと学校の体育でやった集団行動を思い出した。それと同時に、とあるバライティ番組で披露していた全国優勝校の演技や、海外の軍事パレードの様子も。これを参考にすれば良いのではないか。いや、これはいける! と、思い至ったのである。
さて、この集団行動を取り入れる上で、最も大切なことは無理やりにでも連帯感を感じさせること。その手っ取り早い方法とは? そう、連帯責任である。
何事も、初めから出来る人間はいない。当たり前だ。やったことがないのだから。しかし、そこを容赦なく叩く。誰か一人でもミスしたら、連帯責任で最初からやらせる。スクワットを強制する。同じ釜の飯を食い、寝床を共にして仲間意識を持たせる。愚痴を言い合えるようになれば、もう後は自然と和が出来る。
最初は、ミスする度に舌打ちしていた奴もいたが、それではいつまで経っても終わらない事にようやく気付いたのだろう。気が付けば、誰も彼もが黙々と取り組むようになった。
モチベーションの維持だけが心配だったけれど、そこはまがりなりにも武士の端くれってものなのだろう。一度、主君に忠誠を誓った彼らが、弱音を吐いて逃げ出すようなことは絶対になかった。
以上が、烏合の衆だったやたらプライドの高いエリート集団が、一つの軍として纏まるまでの経緯である。初めは、松や慶次もちんぷんかんぷんな顔をしていたけど、今では真剣に練習を見るようになった。見て分かる程に、彼らの動きが洗練されていったからだ。
「これは、殿がお考えになられたのですか? 」
「うん、良い練習になるでしょ」
「カッカッカッ! いやはや、大した小童だぜぇ。ここまで、完璧に統率された軍隊見たことねぇ」
「そうかな? 」
慶次は、何やら感心したように言っているが、そこまで言う程かな? 意識改革が主な目的で、直接的な兵力向上には繋がらないと思うんだけど。だって、この程度なら小学生でも出来るぜ?
ちょっと言い過ぎじゃないかなと思っていると、不意に思い出したかのように慶次が彼らを指差す。
「そういやぁ、この部隊名前あんのか? 」
「ん、近衛隊」
「……そりゃ駄目だろ」
慶次は、まるで馬鹿を見るような目を向けてきた。全く心外な奴だ。しかし、どうやらそう思っているのは俺だけだったようで。
「その……、殿? 流石に、近衛隊はやめておいた方がよろしいのではないでしょうか? 」
「……なんで? 」
「そりゃおめぇ、公卿様に近衛家がいるだろうが。近衛ってのは、そもそも帝を御守りする者達なんだから、それと同じ名前をつけるのは流石に反感を買うんじゃねぇのか? 」
「……ぁ」
言われて気付く。確かに、ゲームとかでも王族を守っている奴らって近衛兵とか言うもんね。成程、同じ意味だったんだ。
「じゃあ、三法師隊」
安直だけど、案外良いかも? なんて思っていると、慶次はあからさまに溜息をつき、残念な子を見るような目を向けてきた。おい、俺は主人だぞ。
「……はぁ、もうちょい捻れよ。例えば、上様は側近として、馬廻衆・黒母衣衆と小姓衆・赤母衣衆を作ったそうだ。どうだ、参考になるか? 」
「……うみゅ」
センスのある名前。口外に、お前には名付けのセンスが無いと言われているかのようだ。
(……むぅ。しかし、そんな事言われてもなぁ)
溜め息を吐く。チラッと勝蔵達を見ても、正直暑苦しい男共としか思えない。自衛隊ってのも、何か違うよな。何か、何処からか怒られそうだし。
そもそも、コイツら統一性が無いんだよな。鎧だって自前なのか、装飾や色もバラバラだしさ。まぁ、高い物だから仕方がないんだろうけど、折角部隊を新設したのだからもう少しお揃い感が欲しいよね。
(お揃い、装飾、色分け、……色? ――っ!! )
その瞬間、天啓が降りる。
「……装備を、赤で統一するのはどうかな? 」
その提案に、慶次の瞳が見開く。
「……おいおい、まさか赤備えにする気か? こんだけの数、幾らかかると思って……いや、金は問題ねぇのか。……しっかし、赤備えとは大きく出たもんだなぁ。あぁ、そういえば、小童は武田の血が流れてんだったっけか? それなら、違和感はねぇかもなぁ」
「? 」
何やらブツブツ言っているが、どうやら反対してはいないようだ。では、装備は赤備えで決定。部隊名も、赤に因んだ名前にしよう。……そうだなぁ。…………うん、決まった。
「これより、この部隊を赤鬼隊と名付ける。その名に恥じぬ存在になることを祈ろう」
鬼は、戦国の世では相手を称える褒め言葉だ。鬼柴田とかね。畏怖と畏敬の象徴。織田家の次代を担う存在には、これ以上なく相応しい名前だろう。
存外、簡単に決まったなと自画自賛していると、遠慮がちにこちらへ視線を向ける松の存在に気付く。……まぁ、言いたいことは分かる。彼女達の部隊にも、名を付けてやらねば不公平だからね。
(……さて、どうするか。女の子だし、あまり無骨なモノは駄目だろう。彼女達の名前は花で統一されているし、ここは部隊名もソレに因んだモノを――)
「……そして、松には隠密部隊を率いる隊長に任ずる。名を、白百合隊。今は、戦闘力よりも機動力と連携強化を重視せよ。良いな」
「ははっ! 承知致しました」
深々と平伏する、松。頼むよ、俺の命運は君たちにかかっているのだから。
そこで、ふと疑問に思うことが出来た。
「……そういえば、今、白百合隊はどの程度の戦力を動かせるのだ? 」
「はっ、七十人程かと」
「……であるか」
「――っ、申し訳ございません。少しでも、戦力を増強出来るように致します! 」
「……うむ」
何とか表情には出していないが、正直ここまで多いのは予想以上だ。最初は、十三人しかいなかったのだ。どうやって、ここまで早く勢力増強を叶えたのか皆目見当もつかなかった。
そして、これは後から聞いた話である。
どうやら、親父は彼女達の為に二つの集落を与えたらしい。孤児や、厄介払いされた職人達の手配も。
一度、集落に行ったことがあるけれど、まさに隠れ里って感じだった。山の麓。人口は、大体百人程度住んでおり、先程の七十人は一人前の数だったようだ。
普段は農作業をして正体を隠し、夜になると月明かりを頼りに修行に励んでいるらしい。室内では、隠居したお爺さん達が文字の読み書きや作法を教えており、なんかちょっとした学校みたいだった。
危険はある。苦痛も、恐怖も、死も常に隣り合わせだ。
だが、それでも織田家に拾われた恩義を返さんと、懸命に努力を続ける少年少女達の姿に胸を打たれた。
確かな日常が、そこにはあったのだ。




