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5話

 天正十一年 七月 安土城



「では、失礼致します」

 義昭に肩を貸しながら頭を下げる細川に、俺は今後の指示を出す。

「既に、城門の前に僧侶が待っておる。その者と共に行くが良い。それにて、此度の無礼を手打ちとする」

「……ははっ、温情痛み入ります」

 細川は、今一度深々と頭を下げた後に、義昭の身体を支えながら足を踏み出した。

 そんな細川に支えられながら、静かに退室する義昭の背を見て思う。天下静謐を願い、目の前で零れていく命を救わんと力を求めたその姿は、天下泰平を目指す俺の先達であった。

 夢破れ、理想を目指した当初の姿すら失い、それでも前へ進むしか出来無かったボロボロの背中から漂う哀愁が、否が応でも涙を誘う。

 彼から夢を奪ったのは、織田家だ。



 彼の目指した理想は間違っていない。否定する事は出来ない。世が世であれば、良き名君として京を栄えさせただろう。

 だが、この乱世は力無き権力者が上に立つ事を許さない。身近な弱き民を救いたかった義昭と、遥か南蛮を見据え天下一統を目指した爺さんが、ぶつかり合う事は避けられない宿命だったんだ。

 何せ目的が違う。義昭は、民を救うために力を求めたのに対して、爺さんは南蛮に対抗する力を得る過程で民を救おうとした。

 そのすれ違いが、二人が袂を分かつきっかけになるなんて、あまりにも悲しすぎる。



 家臣達は、幾度も挙兵して爺さんを苦しめた義昭を嫌っている。

『誰のおかけで将軍になれたと思っているのか』

『恩を仇で返す恥知らず』

『血筋しか取り柄の無い男』

 そんな不満を口にする中、爺さんは義昭を認めていた。

『もし、義昭が飾りの玉座を許容出来ておれば、未来を生きる者達の命を優先する事を許容出来ておれば…………否、義昭は目の前で苦しむ民を見過ごせぬ男よ。綺麗事ではあるが、それが義昭が持つ王の器よな』

 あの夜、俺だけに明かした本心。十を切り捨て百を救う爺さんと、切り捨てられた十を許容出来なかった義昭。

 両者の想いは、俺が必ず引き継ぐ。だから、安心して余生を過ごして欲しい。貴方が目指した夢の果てを、誰もが幸せに過ごせる理想郷を作る。

 そう、義昭の背を見ながら固く決心した。



 ***



 謁見は、無事に終わりを迎えた。

 これにて、毛利家が織田家傘下となり、足利義昭との争いも決着がついた事で、織田家の領土は更に広がった。

 更に、足利義昭の征夷大将軍辞任は、新たに幕府を設立しようとする織田家にとって避けられぬ難題であり課題だったが、此度の謁見でソレも解決した。前提条件をクリアしたのだ。

 これにより、残す敵は紀州と九州だけであり、天下泰平と言う尊大な夢物語は現実的なモノとなった。

 となれば、せっかく全国から名代が集まっているのだ。それを祝う宴が開かれるのは、必然と言えよう。



 小姓達が慌ただしく動きだし、仕切りを任された五郎左の叱咤激励が響く中、各地から参った名代達が、御祝いの言葉を述べに俺の元へと集まった。

 傘下筆頭足る北条家や新生武田家を始め、新たに傘下に加わった奥州・関東勢も軒を連ねる。

 ただ……奥州勢の表情には恐怖の色が強く出ており、特に伊達家の者は小刻みに震えている。その視線の先には、朗らかな笑みを浮かべる藤の姿が。

 ……はぁ。どうやら、また藤がやらかしたみたいだ。伊達家を筆頭に、奥州勢の嫡男を連れてきた時から怪しかったんだよな。後で確認しなくては。

 心のメモ帳に予定を書き込んでいると、眼前に並んでいた名代達が一斉に横にハケる。その真ん中を堂々と進む一人の男。

「近江守様、御機嫌麗しゅうございます。織田家の悲願成就へ、また一歩進んだこと。古くからの盟友として、心より御祝い申し上げます」

「忝ない…………徳川殿」

 史実において天下統一を果たした大英雄。三河・遠江の二ヵ国を治める大名。此度の謁見にて、ただ一人名代では無く大名本人が参列。俺が、最も警戒する人物。

 徳川家康が、そこにいた。



 ***



 家康は、どっこらせと、少々親父臭い仕草で腰を降ろす。そんな親近感溢れる姿に一瞬気が散ってしまったが、直ぐに己を叱咤して気を張り直す。

 家康は、武術に長けた人物では無い。この場で俺を暗殺しようとしても、背後に控える一刀斎が直ちに斬り捨てるだろう。

 しかし、家康の真骨頂は話術。言葉巧みに相手の懐に入り、搦め手を使って意識の隙を突く。残念だが、刀なんて何の役にも立たん。

 藤の人心掌握術にも言えた事だが、これは意識して防げるモノでは無い。防げるのは、爺さんのような精神力の化け物くらいだろう。

 しかし、だからと言って無防備は論外だ。決して油断しない。それが、凡人の俺でも出来る家康対策なのだ。



(まぁ、これでやっとスタートラインだけどね)

 心の中で苦笑しつつ、織田家当主として遥々浜松から参った家康へ労いの言葉をかける。

「此度は、徳川殿自ら参列していただけた事。心より御礼申し上げる」

 深々と頭を下げると、家康は慌てたように片手で頭をかきながら幾度も頭を下げる。

「いえいえ、上様の頃より続く天下一統の夢。それが、また一歩前へ進んだ事を聞きつけ、着の身着のまま飛んで参りました。親好厚い盟友として、書状や名代で御祝いを述べる等とてもとても……」

 はっはっは……と、軽く笑いながら腹を撫でる。その一言に、周りにいる名代達が青ざめた。

 こいつ、たった一言で他の大名家を牽制しやがった。ここで安直に肯定や褒め言葉を言っていれば、他の名代達の胃腸に深刻なダメージを与えるところだった。マジで安心出来んな! このタヌキ!

「徳川殿の御厚意は嬉しく思う。だが、名代であろうと、書状であろうと関係は無い。余を祝う気持ちが確かであれば、余は等しく評価致そう」

「それは、それは……流石は、近江守にございます。噂に違わぬ心優しき御方。感服致しました」

 感心したように頷く家康を横目に、周囲の名代達へ視線を向ける。誰も彼もが、安心したように息を吐いていた。

 どうやら、上手くしのげたようだ。



 その様子に一安心すると、色んな意味を込めて家康を睨む。しかし、家康はそんな視線を受けても一切動じる事は無く、今思い出したかのように手を叩くと本題を切り出した。

「あぁ、それと近江守様に是非とも会わせたい者がおりまして……」

 家康は、意味深な笑みを浮かべながら後方へ視線を送ると、人混みの中を切り分けるように一人の男が俺の前へ現れた。

 その予想外の人物に、扇が右手から零れ落ちる。

「三介……叔父…………上? 」

 織田三介信雄。

 尾張国を預かる叔父が、そこに立っていた。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] >>家康は、武術に長けた人物では無い。  ↑ あれ?家康って、個人の武芸もそれなりにデキる人だったと思ってたんですが違いましたっけ? ※確か「大将たるもの周囲の警護があるから、最初の一…
[気になる点] さ、三介殿?! [一言] 厄介な人が…
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