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43話

 天正十一年 六月 米沢城 羽柴秀吉






 上杉征伐から三日が経った今日この頃、儂は五千の兵を率いて北上。道中、伊達家の使者と合流し、伊達家居城米沢城へと足を進める。

 既に、三法師様は安土へと戻り、北陸勢を除く家中の者達は兵を解散して自領へと戻っている。そんな中、儂は伊達領を目指した。あの日の誓いを果たす為に。



 ***



 馬に揺られながら街道を通り、城下町を抜けて米沢城へと入る。道中、織田家の旗印を見た民が、歓声を上げていた。

 うむ。どうやら、織田家と伊達家の結び付きは、民にも広まっているみたいだな。おそらく、輝宗が噂を流しているのだろう。織田家は、客観的に見ても天下統一を目前に控えた大大名。そんな織田家と良好な関係を築いているのならば、民や家臣からの信頼を得る事も容易かろうな。

 正直、織田家の威光を利用した政策は小癪ではあるのだが、民を第一に考える三法師様の意向に沿った政策でもある。ここは、目を瞑るとしよう。






 さて、広間へと通された儂は、深々と平伏する輝宗の横を通り過ぎると、躊躇する事無く上座へ座った。

「して、何か申し開きはあるか? 」

 胡座を組み、片手を頬に当てながら睨みつけると、額を畳に擦り付けて平伏し続ける輝宗の身体が、みるみる内に震え始めた。

「ち、筑前守様の文が届かず……か、勝手に行動してはならぬと――「何だぁ? 儂が悪いとぉ? 」め、滅相も御座いませぬ。全ては、某の責任でございますっ! 」

 輝宗の言葉を遮るように被せると、慌てて己の発言を訂正する。家臣の前では、到底見せられぬ無様な醜態。 

 されど、今この場には儂等の二人のみ。大事な話故に、輝宗が人払いを済ませていた。この決断が、己の威厳を首の皮一枚繋げるとはな。実に悪運の強い奴じゃ。



 ――であれば、容赦はせぬ。



 苛立ちを隠さぬまま立ち上がる。そして、横に置いていた樽を開けて持ち上げると、蓋を開けて豪快に中身を出す。

「…………なっ!!? 」

 ソレを見た輝宗の表情が強ばる。如何に戦場で見慣れているとは言えども、いきなり目の前に出されたソレを見て酷く動揺していた。儂が、わざわざ権六殿の許可を得て持ち込んだ物。それは、塩漬けにされた上杉景勝の首だ。

「くっくっくっ。そう慌てるな。お主も見慣れておるであろう? さぁてぇ………………ぁあ? 」

 歪んだ頬を手で抑えながら足を踏み出すと、不愉快な感触が足裏を襲う。足の裏を見ると、そこには塩がこびり付いていた。

 どうやら、首を出した時に塩が周囲に撒かれてしまったらしい。煩わしく思いながら、裾にかかった塩を振り払うようにソレを蹴り飛ばす。



 ゴンっ! ゴロゴロゴロゴロ…………。



 すると、ちょうど良く輝宗の前で止まった。歪んだ顔から零れ落ちそうになる目玉が、輝宗を怨むように真っ直ぐ見詰めている。その瞬間、景勝の首を踏み付けて畳に押し潰す。汚い汁と共に飛び出した舌を見て、輝宗は吐き気を堪えるように口元を押さえて蹲った。

「うっ…………ぉえ…………」

 儂は、必死に首から目を逸らす輝宗の髪を掴んで、無理矢理景勝の首に視線を向けさせる。

「……何故、目を逸らしておるのだ? 儂が、貴様の為に用意したのだ。しっかりと、その瞳に焼き付けよ。…………これが、儂に逆らった者の末路じゃっ!!! 」

「」カタカタカタカタ

 酷く怯えながら景勝の首を見る輝宗の頬に、そっと手を添えながら呟く。

「貴様は、奥州の中で権力を持つ為に織田家を利用しようとしているなぁ? 」

「ち、違いますっ! 」

 頬に添えた手が、ゆっくりと首筋へ伸びる。

「貴様は、織田家が上杉征伐に失敗した際、織田家に対抗する為に、源氏の血を引いた古き名門である大崎家を神輿に仕立て、奥州連合を作ろうとしていたなぁ? 」

「め、滅相もございませぬっ!! 」

 再度否定した輝宗の首を握り締める。

「貴様、儂の言うことを否定するのかぁ? 儂が、間違っておるとぉ? 」

「がぁっ…………」

 輝宗は、息が出来ないのか必死に藻掻く。両手で宙を搔く憐れな姿に、笑みを深めながら宙へ吊り上げた。

 そして、死ね瀬戸際になってから手を離すと、力無く畳へ崩れ落ちる。

「がふっ……ごほっ…………ごほっ…………」

 喉に手を当てながら、必死に呼吸を繰り返す輝宗の姿を横目に、脇差に手を添えながら声をかける。

「そういえば、貴様の嫡男は右目を失明しているそうだな」

「えっ……」

 そんな意味深な呟きに反応するように、輝宗の顔がゆっくりと上がる。その刹那、低い軌道から放たれた銀閃が、輝宗の右目を正確に下から斬り裂く。

「これで、息子とお揃いだなぁ。うむ。良かったでは無いか。ぎゃっはっはっはっ!!! 」

「ぎぃぁああぁああぁあぁああぁぁっ!!? 」

 右目を押さえながらのたうち回る輝宗の頭を踏みつけ、一時的に停止させる。そして、髪を引っ張りながら頭を持ち上げると、儂と視線を無理矢理合わせる。

「これは、儂に逆らった落とし前じゃあ。次は、貴様の愛する息子を目の前で殺す」

「………………」コクコクコク

 地獄の底から響くどす黒い声音に、輝宗は大粒の涙を流しながら頷く。その涙は、痛みによるものか、はたまた恐怖によるものか。実に愉快な気持ちになる。

「大崎義隆並びに、最上義光を殺せ。その為の下準備は整える。貴様は、儂の言う通りに動けば良いのだ。…………それと、貴様の嫡男を人質として安土へ連行する。良いな? 」

「は、ははっ……」

「なぁに案ずるな。貴様が、ちゃんと働けば嫡男は解放する。……しかし、次も失敗したらどうなるか…………肝に銘じておけ」

 嗚咽混じりに何度も頷く輝宗。その酷く怯えた瞳に映る儂は、この世のモノとは思えぬおぞましい顔をしていた。



 ***



 輝宗との対談が終わり、嫡男を連行しながら城を後にする。

 馬に跨りながら街道を進んでいると、不意にあの日の官兵衛の顔が脳裏を過ぎった。



 ――人は、恐怖によって支配出来る。私は、殿の為に舞台を用意したまで、それを活かすも殺すも殿にお任せ致します。



「……あぁ、そうじゃな。人を支配する方法は多々あれど、恐怖で縛るのが最も効果を発揮する。貴様の言う通りじゃなぁ…………官兵衛ぇ…………」

 あの日、官兵衛は口元を三日月のように歪めながら笑っていた。しかし、儂はあくまで天下泰平の世を築く為に、自ら泥を被ったまで。ただ、恐怖で縛る方が効率が良い。それだけじゃ。

 儂は、腹の底から湧き上がる黒き炎を抑えながら、更に北へと足を進めた。



 ***



 羽柴秀吉は、同じような手段を使って南部家・津軽家・秋田家などの奥州勢を脅迫。逆らって滅びるか、臣従して領土安堵を望むかの二択を迫った。

 しかし、その中には大崎義隆並びに、最上義光の名前は無く、二家には絶対呑めない屈辱的な条件が記された降伏勧告のみ行った。その結果、怒り狂った大崎家と最上家は、秀吉の目論見通り反織田連合を結成。近隣諸国の大名家に、参戦するように迫った。



 されど、秀吉の脅しによって他の大名家は動かず、伊達家のみ二万の軍勢を率いて大崎家・最上家に合流。他の大名が中々動かない状況下での援軍に、両家は諸手を挙げて伊達家を歓迎。豪華絢爛な歓待で伊達家を持て成した。

 しかし、その日の晩。突如として伊達家が裏切り、酒で酔った大崎家・最上家の兵士達を次々に虐殺。当主である大崎義隆並びに、最上義光は抵抗する事も出来ずに討ち取られた。



 僅か一夜にして奥州が誇る名門が滅亡。伊達家は、直ちに安土城へ出頭し、織田家へ旧大崎・最上領を献上。その後、三法師より旧大崎領を賜り、正式に伊達家は織田家の傘下となった。

 この事件を機に、奥州・関東勢の大名家は次々と織田家に降伏した。これ以降、秀吉は奥州に強い影響力を持つ事になる。



 真田昌幸が示唆し、官兵衛が企て、秀吉が狙った極上の鴨とは、上杉家でも蘆名家でも無い。



 奥州全土である。



 ***

 


 そして、時は流れ七月十日。

 小早川隆景率いる十三名が、安土へと足を踏み入れた。



これにて、第四章終幕となります。

ここまで来れたのも、応援して下さる皆様のおかげです。本当にありがとうございました。

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[一言] 次章も楽しみにしています いよいよ中国 九州ですか又徳川はどうなるか 興味深々 徳川は祖母が家康家臣石川家成・忠総の裔で 松平信康と信長娘徳姫の娘国姫、信康の妹亀姫も祖先なのでつい 自分が存…
[良い点] おぃぃぃ、鮭好きフォックスがあっさり風味に謀殺されて奥州の問題児はドナドナって読めね〜わ〜 実に良き♪ [気になる点] コレで東国は狸を除いて安定化したから適当に仕置して修羅の国へレッツ…
[一言] 秀吉は織田家への恐怖を暴走させ、そのすべてを平らげた三法師に討たれる覚悟かな? どこかのタイミングで官兵衛を処理できないと失敗して絶望の中死ぬことになりそうな気がして先行き不安……。
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