40話
天正十一年 六月 越後国 春日山城
順調に論功行賞も進み、遂に最後の一人となった。小姓から文を受け取り、ゆっくりと広げる。周りの者達もまた、これで最後だと気を引き締めていた。
「では、最後に…………真田信幸。前に出よ」
「………………えっ? 」
長 連龍同様、まさか呼ばれるとは思っていなかったのか、気の抜けた返事をする信幸。一頻り周囲を見渡した後に、横に座る父親に押し出されるように中央へ躍り出る。
一瞬背後を振り向くが、周りからの視線に気付いたのか、慌てた様子で平伏した。
「い、要らぬ時間を取らせてしまい、誠に申し訳ございませぬ。平にご容赦をっ」
混乱しているのか、細かく震える信幸。その様子に苦笑しながらも、なるべく穏やかな口調で落ち着くように促す。
「良い。許す。楽にせよ」
「は、ははっ!!! 」
しかし、信幸はより一層身体を震わせる。何故だ。論功行賞の大トリなんだぞ? 良い知らせに決まってるじゃないか。
だが、信幸はイマイチ状況を把握していないのか、どこか落ち着かない様子に見える。
(これは、早速本題に入るべきだね)
文を広げながら微笑む。
「真田信幸。そなたは、丹羽軍第四軍団侍大将として、果敢に味方を鼓舞し、最前線にて織田家の活路を開いた。更には、蘆名軍・新発田軍と協力し、上杉景勝捕縛と言う大成果を挙げた。この働きを、余は高く評価しておる。よって、そなたを武功一番に称する」
「………………ぇ」
その瞬間、大広間に集まる全ての者達が、一斉に信幸へ視線を向けた。一瞬にして凍りついた空気に、やはりこうなったかと溜め息をついてしまった。
***
武功の査定には、様々な項目がある。
『一番槍』『一番太刀』『槍下の功名』『崩際の功名』等々、兵士達の活躍を正確に評価する為に、昔から受け継がれてきた伝統。
その中でも、やはり一番評価されるのは大将首だ。そりゃあ当然だ。大将討ち取れば勝ちだからな。爺さんだって、今川義元を討ち取って勝ち星を挙げたんだ。
まぁ、爺さんの場合は、大将首挙げた奴より情報を仕入れた奴の方を評価したけど。
まぁ、それは一旦置いといて、信幸の査定の件だ。俺は、上杉征伐の要となった権六より、上杉景勝を捕縛した信幸を評価した。
無論、俺の独断では無く、権六を除いた大老三人と物議を醸した上で決めたことだ。権六の意見も聞きたかったが、権六は報酬を受け取る側だったしな。左近の場合は、報酬に茶器を求めたから爺さんのコレクションの一つをあげたら大満足した故に、論功行賞の査定への参加が決まった。
そんな査定の中で、やはり信幸の功績は無視出来ないモノだった。
「では、権六の報酬に伴い北陸地方の領地替えを行うとしよう。さて、次は上杉景勝捕縛の成果を挙げた源三郎の査定だね。余は高く評価したいと思っている」
俺が本題を切り出すと、それに同意するように藤が続く。
「左様ですな。真田の働きは、上杉征伐を勝利で終わらせる決定打となり申した。権六殿も、春日山城攻略の際に、敵将本庄繁長に苦戦を強いられていたとのこと。もし、あれ以上長引いておれば、織田軍も深刻な被害を受けていたでしょう。であれば、真田信幸の働きは評価して然るべきかと愚考致します」
「然り。真田殿は、我が愚息の指示を受け、一軍を率いて進軍した。であれば、その行動を咎める理由も無い。何より、上杉景勝を捕縛した事で、公開処刑を行う事が出来た。これは、奥州・関東勢の大名達への良い見せしめになった事でしょう。真田殿は、良い仕事を致しました」
然りと頷いた五郎左も、藤に続くように意見を述べる。五郎左は、少し私情が入っているが、二人とも客観的な意見を述べており、同意出来る内容である。
「であるか! 」
少し頬を緩ませながらも、何とか神妙な表情を作って頷く。これは決まったかと思ったのだが、それに待ったをかけた者がいた。
「少々お待ち下さいませ。確かに、真田の働きは評価して然るべきですが、それだけで武功一番とするのは時期尚早かと」
眉に皺を寄せながらも、少し言いづらそうに苦言を呈したのは左近だった。藤達も、左近の言い分が分かる故に、バツが悪そうにしている。
「左近は、源三郎を武功一番にするべきでは無いと思っているのかな? 」
そう尋ねると、左近は神妙な表情で頷いた。
「ははっ。真田を武功一番とすれば、家中に軋轢が生じる可能性がございます。確かに、真田親子は上杉征伐で成果を挙げました。されど、真田家は織田家では新参者。ただでさえ真田の子倅が、三法師様の直属である赤鬼隊に所属しておるのです。これ以上の優遇は、古参の者達の反感を買ってしまうかと愚考致します」
「…………であるか」
左近の言葉は、ずっしりと胸の奥に響いた。そこに込められた思いが、俺が無自覚に行っていた愚行への指摘に思えてしまい言葉が出なかった。
俺は、織田家の当主だ。その下には、数え切れない程の家臣達がいる。その家臣達の中にも、曾祖父さんから仕えている古参から、旧武田家臣達のような新参者と幅広い。
それ故に、家臣達を個々で贔屓をするべきでは無いと思っていたのだが、知らず知らずのうちにあまり交流の無い古参を蔑ろにしていたのかも知れない。
俺の言動一つが、家臣団に不和をもたらす種になる。そんな大切な事を、左近に指摘されるまで忘れてしまっていた。
今も尚、目の前で議論を交わす三人へ視線を向ける。
『信賞必罰の是とするならば、評価して然るべき』と、源三郎を武功一番に推す藤と五郎左。
『評価はするべきだが、優遇し過ぎては古参の者達の反感を買う。それでは、真田にとっても都合が悪い』と、古参達へのフォローを指摘する左近。
どちらも軽視すべき意見では無く、どちらかが正解と言うモノでも無い。ゲームみたいに好感度も見えず選択肢も無い。人の思考を、テキストの様に読み取る事は出来ないのだ。
これは、何度も何度も考えた上で、当主である俺が責任を持って決断しなくてはならない問題。きっと、そこに答えは無いのだ。一度最善手だと出した結論が、数年後には悪手へひっくり返っているかもしれない。
それでも、俺は答えを出し続けるんだ。それが、織田家当主としての責務であり、数多の家臣達を統べる者の務めだから。
俺の出した答えは――
***
「真田信幸。そなたには、蘆名家が所有していた会津領を任せる。それに伴い、今は亡き蘆名盛興の娘を娶り、蘆名家十九代当主として家臣団の掌握に努めよ」
沙汰を言い終わると、そのまま文を信幸へ渡す。信幸は、呆然としながらもソレを受け取る。暫く虚空を眺めていたが、ハッと正気に戻ると一心不乱に文を読んでいく。
そして、聞き間違えでは無い事を悟ったのか、今にも泣きそうな目でこちらを見詰めてきた。
「し、失礼ながら、それでは蘆名家が納得しないと思われます。そ、某は蘆名家とは無縁の血筋故に、要らぬ不和の招くだけかと」
冷や汗を流しながら語る信幸。何故か嬉しそうな昌幸。この時点で、周囲の視線は同情的なモノへと変化していた。
そんな不安を抱える信幸に対し、俺は安心させるように笑みを浮かべた。
「案ずるな。これは、蘆名家からの要望でもある」
「蘆名家からの…………で、ございますか? 」
首を傾げる信幸に、力強く頷いて返す。
「左様。此度の戦で蘆名盛隆が戦死し、嫡男亀王丸も後を追うように病死した。更には、重臣の多くが戦死しており、蘆名家は存続の危機となっている。それ故に、上杉軍から蘆名軍を守らんと戦場を駆けたそなたに、残された蘆名家の者達は感謝の思いを抱いているのだ」
「…………? 某は――」
信幸が言葉を紡ぐ直前、音も無く横に現れた昌幸が、信幸の頭を畳に押さえつける。勢い良く頭を打ち付けられたせいか、鈍い音が畳を伝って部屋へと響く。
少し……いや、ドン引きしながら二人を見ていると、昌幸も続くように深々と頭を下げた。
「近江守様の御命令、然と承りました。必ずや、御期待に沿える働きを約束致します」
昌幸の勢いに押されるように頷く。
「う……うむ。暫くは、内政に励んで貰いたい故に出陣要請はせぬ。年貢も軽減しよう。必要ならば、人材も派遣する。これらを、真田家への報酬とする。大儀であった」
「ははっ!!! 有り難き幸せ!!! 」
感激に震える昌幸。息が出来ないのか、身体を震わせながら藻掻く信幸。対称的な二人を後目に、場にいる者達へ声をかける。
「これにて論功行賞は終わりとする。今夜は宴だ。存分に疲れを癒すが良い」
『ははっ!!! 』
背後から聞こえる歓喜の声を浴びながら、颯爽と大広間を後にする。勝って兜の緒を締めよと言うが、今日くらいは羽目を外して疲れを癒すのも良いだろう。
そう言えば、蘆名家が信幸への心象を良くしたのは、信幸が蘆名盛隆の首と兜を上杉軍から奪取し、蘆名家へ丁重に届けた事が大きな要因だったと聞いていたのだが……少し、信幸の反応が悪かったような…………。
報告書には、確かに上杉軍の残党狩りから真田家の兵士が蘆名軍を守ったと書いてあるのだが。
そんな疑問が残りながらも、無事に論功行賞を終わりを迎えた。
 




