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38話

 天正十一年 六月 越後国 春日山城



 上杉景勝の処刑は、恙無く終わりを迎えた。景勝の遺体は、謙信の墓の隣りに埋葬される事となる。偉大な父に憧れ、その背中を懸命に追いかけた男の生涯は、こうして幕を閉じた。

 これにて、上杉征伐は完了。旧時代に名を馳せた武田家・上杉家の敗北に、周辺諸国の大名家は畏れを抱く。

『織田家の天下統一』

 夢物語でしか無かった天下統一が、現実的なモノへと変わった瞬間であった。



 ***



 そして、上杉景勝の処刑後、春日山城の大広間にて論功行賞が行われた。

 此度の上杉征伐によって、不安定だった加賀国・能登国・越中国を完全支配。更には、上杉家の本領であった越後国を治めた故に、織田家の領地は一気に拡大。参戦した全ての兵士達に褒美が賜れ、遺族には御家保証を約束した。

 こんな言い方はアレだが、めちゃくちゃ儲かったのだ。ヨーロッパ諸国が、弱い者いじめをした理由が分かった気がした。やらんけど。



 そんな論功行賞の中で、主だった者達は六人。

 先ずは、五千の援軍を率いて駆け付けてくれた氏直お義父さんだ。

「北条相模守殿。此度の上杉征伐において、織田家傘下筆頭として尽力してくれた。織田家当主として感謝致す」

 皆の前でそう締めくくると、小姓が氏直お義父さんの元へ歩み寄る。両手には、眩い光を放つ黄金が山盛りに盛られた器を抱えている。器も、最高位の格付けを示す金の装飾が施された漆塗りの物であり、その見る者を圧倒させる光景に、重臣達からも驚きの声が上がる。

 小姓がゆっくりと器を降ろすと、ずしりと畳が軋む。その音に、二階堂家の使者が目眩を起こす。そんな風に周囲が動揺する中、氏直お義父さんは、冷静さを保ちながら口を開く。

「……某は、織田一門に連なる大名家として当然の事をした迄。褒美を貰う等、恐れ多い事にございます。寧ろ、叔父である上杉景虎の仇討ちに御助力頂けた事、誠に痛み入ります」

 そこで一旦区切り、深々と平伏する。そして、一拍空けると、今一度顔を上げて俺を見詰めた。

「されど、この黄金は近江守様の信頼の証。有難く受け取らせていただきます」

 そう言うと、器を手に取り一歩下がった。黄金に欲を出す事も無く、あくまで冷静に報酬として受け取る姿に感嘆の声が上がる。

 俺も、その様子に満足気に頷いた。氏直お義父さんも、満面の笑みを浮かべている。しかし、事情を知っている俺は、内心苦笑いだった。


 

 ***



 事のあらましは、数刻前に遡る。

 正直、俺の正室である藤姫の実家だからと、北条家には何かと面倒事を頼んでいる節があるので、氏直お義父さんには本当に頭が上がらない。

 本当は、こんな茶番をしたくは無かった。

 しかし、織田家と北条家は主従関係にある。こう言った公の場において、私情を出しては他家の反感を買いかねない。それは、俺も氏直お義父さんも本意では無い。仲の良さに甘えては駄目なのだ。

 それ故に、大量の金を用意した上で、論功行賞の前に別室にて本命を渡した。まぁ、渡したってより、取り決めをしたが正しいか。

 本当の報酬。それは、氏直お義父さんと近衛家の姫君との婚姻である。



 当初、織田家から姫を嫁がせる予定だったが、あれよあれよと延期されていき、氏直お義父さんは未だにどうて……独身だ。

 そりゃあ、未だ二十代だけど北条家の家督を継いだ者に、いつまでも婚約者がいないのは外面が悪い。その一端が織田家にあるならば、主君として嫁さん探しをするべきだと常々思っていた。

 そんな中、白羽の矢が立ったのが近衛家の姫君だった。近衛家は、当主である近衛前久が関白。息子の近衛信尹は、左大臣に抜擢されている。先の一件以降、朝廷は近衛家が完全に支配していた。

 無論、それは私利私欲の為では無く、天下泰平の世を築く為であり、俺の夢に賛同してくれた良き理解者なのだ。

 それに、俺の側室となる茶々の義父として、織田家と婚姻関係となる。既に、俺と藤姫で織田家との縁が出来ている以上、無理に織田家の姫君を嫁がせるより、朝廷との縁を繋ぐのを優先した。

 唯一の懸念は、京から遠く離れた東国に嫁ぐ事になった姫君の精神的負担だが、これは氏直お義父さんに任せるしか無い。

 まぁ、北条家の人達は良い人達ばかりだから、そんなに心配してないけどね。公卿の姫君として、丁重に接してくれるだろう。



 ***



 喜びを隠しきれない氏直お義父さんを見ながら、そっと五郎左へ視線を向ける。すると、俺の視線に気付いたのか、小さく頷いて応えた。

 今回、近衛家との交渉は五郎左に任せてある。式の日取りも決まっており、来月には正式に婚姻発表となるだろう。

 確か……次のたいあんの日? にするとか何とか。縁起が良いらしいね。前世で、ばあちゃんが言ってた気がするけど…………うろ覚え過ぎて思い出せないな。

 五郎左も、此度の上杉征伐で北条家に借りが出来たから、気合いを入れて取り組んでいる。



 と言うのも、五郎左は嫡男長重に丹羽家の家督を譲り、上野国の内政を長重に任せたいと思っていたのだ。

 それ故に、此度の上杉征伐で実績を残し、箔付けをしたかった。

 それを察したのか、氏直お義父さんは、あくまで援軍の立場を守り、長重を大将として盛り立ててくれた。結果として、丹羽軍の真田信幸が上杉景勝を捕縛する大成果を挙げる。

 これには、いつも冷静な五郎左が諸手を挙げて喜ぶ大金星。おかげで、五郎左からの丹羽家家督相続も滞りなく進むだろう。



 そんな訳もあり、五郎左は北条家に借りを返す為に奮闘中なのだ。この一件で、両家の心象も良くなっただろうし、東を抑える要として協力して貰いたいな!




 さて、北条家の件は一区切りついたので、次は権六達の論功行賞だ。重臣達にとっては、こちらが本命だろう。大広間には、張り詰めた空気が流れている。

「では、柴田勝家。前に出よ」




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