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転生三法師の奮闘記 ~魔王の孫とよばれて〜  作者: 夜月
序章 京都御馬揃え編
17/353

約束

 天正九年四月 京 茶々



 女中の手を借り支度を整え、いつものように勢いよく戸を開け放つ。

「うむ、今日も良いお天気なのじゃ! 」

『おはようございます、お茶々様』

「うむっ! おはようなのじゃ!! 」

 道中、女中達と挨拶を交わしながら、妾は上機嫌に廊下を歩く。

「うむ。やはり、こんな良いお天気の日に外に出ないなど有り得んな! ……確か、丁度桜の見頃だと母上が言っておったし、ここは花見に興ずるのも良いかもしれんのぅ」

 その瞬間、脳裏に三法師の顔が過ぎった。

「……うむ、ここは三法師も誘ってやるとするかの。桜のお裾分けじゃ! わっはははは! 流石、妾。気の利く大人の女じゃな! では、早速出発じゃっ!! 」

 全速力で廊下を走りながら、三法師の姿を探す。その時、ふと先日の出来事が頭を過ぎった。思えば、三法師との出会いは中々刺激的なものであった。

 


 織田前右府信長。妾の伯父上は、天下広しといえども、知らぬ者はおらぬと言っても過言では無い御方じゃ。今、最も天下に近い御方だと謳われておる。妾の自慢の伯父上じゃ!

 そして、その姪である妾の事も、伯父上の客人や家臣達なら絶対知っているものだと思っていた。……のじゃが、なんと三法師は妾のことを知らなかった。これには、妾もびっくりじゃ。それが、織田家当主嫡男という、妾より高貴な存在だったことも含めてな。

 その瞬間、高貴な存在という言葉が切っ掛けになったのか、母上の般若の形相が脳裏を過ぎってしまった。

「…………ぅみゅ」

 背筋が凍る。三法師の名を呼びながら駆け回る姿を目撃されれば、また何か企んでいるのではないかと捕まってしまうかもしれん。立ち止まり、周囲を見渡す。そして、母上の姿がないことを確認するとホッとひと息ついた。



 ……あの時は、妾もちょっとおかしかったのじゃ。初めて出会った対等の存在。親近感の湧く雰囲気。ぷにぷにした愛らしい容姿。鈴の音が転がるような声音。まさか、妾の誘いを断るとは思わずつい悪戯をしてしまったが、やはり妾は三法師のことを気に入っておった。連れ回してしまう程に。

 まぁ、その後母上にしこたま叱られたがな。流石に、伯父上の孫で現織田家当主の嫡男を拉致ったのは駄目だったのぅ。あの時のことを思い出すだけで、背筋が冷たくなってしまう。

 うむ、妾も流石に反省しておる。もとより、今回はちゃんと許可を取ってから出かけるつもりじゃった。護衛も付けてな。母上の許しを得るのは難しいが、ここは可愛い弟分の為よ。頑張るのじゃ! ……道中、伯父上に会えたらそちらから許可を取ろう。うむ、是非もないよね!



 ***



 それから暫く廊下を走っておると、前方に見知った人影が見えた。うむ、あれは初と江じゃな。

「……あれ、姉様? そんな急いで、どうなさったのですか? 朝餉の時間ですよ? 」

「怪しい…………」

「うむ。妾は、これから三法師に会いに行くのじゃ! お主らも行くか? 行くな? 行くぞ! 」

「未だ、何も言ってない…………」

「ん、まぁ良いですけどー」

 二人の肩を抱きながら歩き出す。何か言っているが、そんなもの無視じゃ無視。どうせ、いつものこと。満更でもない顔がその証拠よ。

 すると、不意に初が思い出したかのように口を開く。

「……あっ! そういえば、姉様は聞きました? そろそろ、三法師達は岐阜に帰るそうですよ? 」

「…………は? 」

 なん……じゃとぉおおおっ!? 妾、聞いて無いんですけど! あんの小童、わざと言わなかったなぁ!

「こうしてはおれん! 初、江よ、妾はもう行くぞ! さらばじゃ! 詳細は追って連絡する。先に、朝餉を食べて準備しておれ! 」

「えっ? ちょっと姉様ー! 」

「置いてかれた…………」

 初達の返事を聞くより早く、妾は走り出していた。すまぬな、初、江。今は、あのクソガキをとっちめねばならぬのじゃ!



 しかし、闇雲に探しても埒があかぬ。ここは、三法師が居そうなところの目星をつけるべきか。

(う〜む。……よしっ! 裏庭じゃ! 妾の直感に狂いはない! そうと決まったら出発じゃ! )

 妾は、廊下をひた走る。途中、侍女達にぶつかりそうになったが、そこは持ち前の身体能力を駆使してひらりと躱して走り抜ける。

「わはははははっ!流石、妾。今日も絶好調なのじゃ! さぁ、後はこの角を曲がるだけ。……よしっ! やっぱり、ここにおったか! 」

 そこには、縁側で黄昏てる三法師の姿があった。

「見つけたぞ、三法師よ! 」

「……ゲッ」

「嫌そうっ!? 」

 むう! 三法師め、妾の顔を見た途端に嫌そうに顔を歪めよってからに! 全く失礼なやつじゃ!

「お茶、何かようか」

「うむ。花見をしようと思ってな! 三法師も誘いに来たのじゃ! こんな良いお天気の日に、城に引きこもっていては勿体ないからの! 」

「花見……か」

「お、興味あるようじゃな! なら、早く準備して参るぞ! 初たちも来る予定じゃ――」

 その時、不意に中庭で不思議な踊りをしている勝蔵の姿が視界に入る。いや、これは無視出来んわ。

「……何をしておるのじゃ、あやつは? 」

「これは、スクワット。今、勝蔵のトレーニングをしているんだよ。体術や槍術は慶次郎が教えてくれるみたいだから、先ずはその為の基礎作りって訳」

「ほーん」

 ……すくわ? よく分からんが、三法師がいきなり珍妙なことをやり始めるのは今に始まったことではない。伯父上にも、似たような悪癖があったと言われておるし、きっと遺伝であろう。気にしたら負けよ。



 暫く三法師と話していると、鍛錬が終わったのか勝蔵が戻ってきた。隣りには、件の大男がいる。

「うむ。そこのデカイのが、噂の前田慶次郎か? 」

「おぅ! 俺は、前田慶次郎。慶次で良いぜ! 嬢ちゃん、これから宜しくな! カッカッカッ! 」

 三法師が、また変なのを拾ってきたとは聞いたが……いやはや、確かに奇抜な格好じゃな。だが、面白そうな奴じゃ。気に入った!

「今から、妾達は花見をしに行くのじゃ! 勝蔵、慶次。そなたらも同行せよ! 」

「いや、何を勝手に……」

「むむむ! 」

 渋る三法師に頬を膨らませると、不意に慶次の右手が三法師の頭を撫でる。

「まぁ、風情があって良いじゃねぇか、小童。女と花見なんざ男の夢よ。……よっしゃ! ここは、いっちょ俺が良い場所を案内してやろうじゃねぇか! 」

「本当か!? 慶次は、気が利くのぅ。……よしっ! では、早速準備に取り掛かるぞ! お花見じゃ!! 」

「カッカッカッ! おう、任せなっ! 」

「おい、ちょっと! 未だ、私は了承しておらぬぞ! 遠出をするのであれば、父上の許可も取らねば……。おい、待て! そう、急かすな! 聞いておるのか! 」

 嫌がる三法師を、有無を言わさず抱っこして拘束。許可など、伯父上にお願いすれば簡単に貰える。何も問題はないな!



 ***



 その後、準備を整えた妾達は城を出発。慶次に案内された場所は、土手沿いに何十本もの桜が一斉に咲き誇っていて、更には山の桜も遠目ではあるが同時に楽しめる最高の場所じゃった。うむ。まさに、絶景じゃっ!!

「はわ〜綺麗です〜!! 」

「…………凄っ」

「おぉ! これは……凄いのぅ! 慶次、良くこんな場所を知っておったな! 」

「カッカッカッ! 当たり前だ。伊達に、何年も京をぶらついてねぇよ」

 鼻の下をかきながら胸を張る慶次。確かに、これは自慢出来る場所よな。横目で見てみれば、三法師も思わず目を奪われておったわ。

「ふふん! どうじゃ、絶景であろう? 」

「……ふん。ひとりでゆっくりと見たかったがの」

「こやつめ! 素直にならんか! 」

「にゃ、にゃにするんじゃあほ! 」

 可愛げのない奴は、ほっぺぐにぐにの刑じゃ! おぉ、今日も見事なもちもち具合じゃな!



 各々丸太に腰掛けながら食事を楽しんでいると、浴びるように酒を飲んでいた慶次が三法師に絡み始める。

「カッカッカッ! 知ってるか、小童共。こういう時に、一句でも詠むのが嗜みってもんなんだぜ? 」

「ほう」

「……慶次、酔ってるの? 」

「馬鹿野郎! 俺が、この程度で酔うものか! 」

「……」

 うむ、それは良いことを聞いたの。しかし、妾は和歌はちと苦手でのぅ。むぅ、手習いをサボったツケか。

「むぅ、出てこんのぅ……」

「カッカッカッ! お嬢は。まだまだ半人前だなぁ! 」

「むむむ! 」

 くぅ〜! 慶次の奴、馬鹿にしおってからに!

「ならば、慶次が先に詠んでみよ! 下手な出来なら笑い飛ばしてくれるわ! 」

「……ん? 俺か? そうだなぁ……。《春霞たなびく山の桜花見れども飽かぬ君にもあるかな》って感じか? 」

『おおっ!! 』

 一同、感嘆の溜め息を漏らす。

「な、なんとも雅な歌じゃ! 凄いではないか、慶次。恐れ入ったわ! 」

 まさか、慶次からこんな素敵な歌が聞けるとは思わなかった故、妾も素直に賞賛する。三法師も目を丸くしておるし、妾は大興奮じゃ!

「カッカッカッ! 紀友則の歌だな」

「それは、どんな意味なのだ? 」

「あぁ、春霞がたなびいている山の桜は、いくら見ても飽きることがありません。それと同じように、貴女にいくら逢っても飽きることはないんですよって意味だ」

「ほほう」

 良いのぅ。そんな歌、一度で良いから己の為に詠まれてみたいものじゃ。いやはや、あっぱれじゃ! 見直したぞ、慶次!



 三法師も、感心したように頷く。

「しかし、良く知っていたね慶次。正直、慶次はそういうことには疎いと思っていたよ」

『うんうん』

 誰もが、三法師の発言に同意する。妾もじゃ。この外見と広まっている噂から、武術だけではなく文化的教養まであるとは思わん。

 その様子に、慶次は心外だと肩をすくめた。

「おいおい、そいつは心外だな。俺は和歌や漢詩、古典に茶道、算術に蹴鞠となんでもござれさ! 」

「誠か? それは、凄いなぁ」

「あたぼうよぉ! 古今東西、あらゆる女を口説くには、腕っ節だけじゃだめなんだよ! カッカッカッ! 」

『……』

 評価が一転する。一同、特に女性陣からはゴミを見るような眼差しが送られる。やっぱり、コイツは最低じゃ! 見直したのは、気の迷いに違いない。この女の敵め!

「三法師、あれは教育に悪いから見ちゃ駄目じゃぞ」

「はぁ……。すまんのぅ」

 意気消沈する三法師。慶次は、この状況にも関わらず平気な顔をして酒を飲んでいた。図太い男よ。



 妾は、もう無視して視線を逸らす。

「まぁ、よい。今は、この桜を楽しもうぞ」

「そうだね」

 見事に咲き誇った桜を見ていると、ふと初の言葉を思い出した。三法師が岐阜に帰ったら、こうして共に桜を見るのは一体何年後になるのか。もしかしたら、次は無いかも知れん。何があるのか分からんのだ。そう思うと、無性に寂しく思えた。

「…………のぅ、三法師よ。誠に岐阜に帰るのか? もう少し、妾と共にいてくれんか」

「……ごめんね。明日には、出発しなきゃいけないんだ」

「しかしっ! 」

 思わず声を荒げて詰め寄ろうとしたが、スっと手で制されてしまった。

「大丈夫、また会えるよ。また、来年も一緒に桜を見に行こう」

「――約束じゃぞ、三法師」

「うん、約束だよ。茶々」

 全く、何を根拠に大丈夫だと断言しておるのやら。

 ……じゃが、不思議とその言葉を信じられた。その笑顔を信じたいと思えた。

 今日の桜を、妾は生涯忘れる事は無いじゃろう。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 歌なら五七五で半セル開けた方が良いと思います。
[一言] このころはまだ前田慶次はまだ織田家に仕えてたんだっけ。小田原征伐後くらいに出奔するので拾ってきたっていうのは…
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