新たな仲間
天正九年三月 京
ひょんなことから、首を突っ込むことになった今回の一件。その裏には、醜悪な闇が蠢いていた。
勝手口から帰ってきた勝蔵達は、二人の男を縄で縛り上げて戻ってきた。その姿に、代表者の男が苦々しく顔を歪めた。やはり、見覚えがあるらしい。俺は、溜め息を吐いた。
(……どうやら、悪い予感が当たったようだ)
「若様、勝手口付近を彷徨く不審な男達を発見した為、拘束し連行いたしました」
「うん、ありがとう。猿轡だけ外しておくれ」
「はっ」
勝蔵は頷き、二人の猿轡を外させる。正面に立ったのが俺だったからか、最初は僅かにこちらを見下すような視線を向けていたが、織田家の家紋が刻まれた短刀と身分をにこやかな笑顔で明かすと、一転して顔を青ざめながら平伏する。首元に刀を突き付けられた金貸し屋達の姿も、恐怖を助長させるには十分だったらしい
「さて、君達は一体何をしにこの店へ忍び込もうとしたのかな? あぁ、安心しておくれ。嘘を吐いても構わない。どうせ、我々にはソレの真偽を確かめる手段がないからね。……だから、私が君達が嘘を吐いていると判断した場合、即座に二条城の地下牢へ連れて行く。そこには、尋問の専門家達がいるからね。安心して任せられる」
『ヒッ』
あの、死臭が漂う部屋を思い浮かべる。あそこへ放り込まれるくらいならば、死んだ方がマシだろうて。
「……では、時間もないから一度しか質問しない。君達は、何の為に店へ忍び込もうとしたのかな? 」
『――っ』
笑顔の起源は威嚇である。それが、よく分かる一場面であった。
***
その後は、俺の予想通りの展開だった。
彼らは、金貸し屋の一味。俺達が騒いでいる隙を突き、店主が持つ証文を盗みに入ったそうだ。あの代表者の男が凄まじい形相で睨んでいたが、二人共顔を青ざめながらも随分と素直に話してくれた。どうやら、脅しが良く効いたらしい。
(では、そろそろ終わらせようか)
「……さて、金貸し屋よ。これは、どういうことかな? 」
『!! 』
店主から渡された本物の証文を手に視線を向けると、彼らは面白いように露骨に反応する。だが、それを楽しむことはしない。のうのうと冷静さを取り戻す時間を与える程、俺は甘くないのだ。
「ここには、先程お前が言っていた暴利とも言える利息に関する記述はない。低金利かつ、期限もずっと先だ。借金の担保も、この店の利権になっている。なるほど、確かにこれは良心的だな。この程度の借金であれば、十分に返済可能な経営状態だと判断したからこその条件だろう。……それが、嘘でなければの話だが」
「そ、それは、何かの間違いで――」
「黙れ、貴様らの瞳と声には嘘偽りしかない。他者を騙し、陥れ、愉悦に浸る。そんな、救いようのない屑の臭いだ。そして、私は言った筈だぞ。嘘は、決して許さぬと。……勝蔵、この者達も縛り上げて二条城まで連行せよ。この二つの証文と一連の流れ。そして、私の名を新五郎に告ればそれで良い。後は、奉行係が罪を精査し、お爺様が沙汰を下すであろう」
「御意」
頷き、動き出す。後は、縛り上げて余罪を調べるだけ。我ながら、この場を上手く収めることが出来た。自画自賛ではあるが、俺は確かな充実感を感じていた。
しかし、今回の一件はこれだけで終わらなかった。
「……ククッ、……クックックッ」
微かに聞こえた笑い声。それは、あの代表者の男から発せられていた。
「何か、言いたいことでもあるのか? 」
苛立ち混じりに問いかける。すると、男は伏せていた顔を上げ、ニヤリといやらしく笑ってみせた。
「織田の若君様よ。本当に、我らを捕まえても宜しいのかな? 我らが、単独で事を成したとでも? 」
「……何が言いたい」
「我らの後ろには、やんごとなき御方がおられる。此度の一件も、全てはあの御方のご指示があってのこと。そして、多くの方々が我らに力を貸して下さっている。我らを捕まえれば、織田家は多くの見えない敵を作ることになるでしょう。それは、若君様のお立場を悪くすることに繋がるのでは? 」
『――っ!? 』
その言葉に、吉兵衛達は目を見開く。だが、俺はどこか納得していた。
(やはり、組織ぐるみの犯罪だったか。手際が良すぎると思った)
「いかかでしょうか。此度の一件、全てはあの御方の目に止まった小娘に罪があるとするのは。このご時世、別に人のひとりやふたり居なくなっても、誰も不思議には思いません。乱世ですからなぁ。……若君様は、ソッと目を閉じて城へ戻られる。ただ、それだけで良いのですよ? 」
「……」
男は、さも当然のように語った。店主や、その家族を見捨てろと。
俺は、店の片隅で震える店主達へ視線を向けた。怯え、恐怖、達観、諦め、絶望。ごちゃ混ぜに渦巻く感情。その中に、縋るように救いを求める色を見た。
ならば、答えなど決まっている。
「黙れ、痴れ者が!! やんごとなき御方? それに、協力する者達? 立場が悪くなるだと? ……知ったことか! そんなもの、助けを求める声を無視する理由になどなるものか! 敵対したいならやってみよ! 捻り潰してくれるわっ!!! 」
怒りに震える。最早、許す道理はない。
「織田家一門衆にして、織田家当主嫡男 三法師の名において命ずる。この者達を、直ちに二条城まで連行せよ! そして、知り得る全ての情報を吐き出させるのだ!! 」
『ははっ、承知致しました! 』
「お、お待ちを! ほ、本当に、本当に宜しいのか! 後悔することになるぞ!! 」
「やれるもんならやってみろ」
「――っ」
声にならない悲鳴。それが、奴の最後の言葉だった。
慈悲を願いながら、勝蔵達に縄で縛られていく金貸し屋達。俺は、それを冷たい眼差しで見詰めていた。
(これが、乱世……か)
この世界の厳しさを噛み締めていると、そんな俺にあの大男は話しかけてきた。
「良いのか、あれで。自分の力で解決すると言っておきながら、結局家の威光を使っちまったが」
「良い。権威は、民に振りかざすモノではない。民を守る為に使うモノだ。家や国は、支える民あってこそ。それを、己のちっぽけな見栄を守る為に使うことを躊躇すれば、それこそお爺様に見限られよう。チカラの使い方を間違えていないのであれば、何も言われることはないさ」
「……そうかっ! 」
俺の答えに、彼は心底嬉しそうに微笑んだ。
そんな彼を後目に、俺は一連の騒動を振り返る
つまり、店主は最初から罠にハメられていたのだろう。遠回しに経営難に陥れさせ、借金を負わせる。狙いは、借金のカタに要求されたあの娘さんだ。かなりの美少女だし、土地や金目の物ではなく、いの一番に彼女を要求したというのだから間違いない。嫌な話だが、この時代ではそう珍しくない話だ。
あの証文は、契約の後から作られたものだろう。だから、付け足した形跡がなかった。店主の書名も、本物が手元にあれば似せて書くことも出来ただろう。最初に脅して娘さんを奪えれば、それで良し。もし駄目でも、勝手口から侵入して店主が持つ証文を奪う。そんな二段構えだった。それ故の茶番という訳だ。
(……本当に、乱世ってのはクソだよな)
***
それから、数時間後。俺は、対面で団子を頬張る男にジト目を向ける。
「……そなた、気付いておったな? 」
「ん? あぁ、まぁな。典型的な例でもあったし、大まかにだが予想はついていた。……んだが、流石の俺でも二人に分身することは出来ん。娘とその家族を守りながら、更に証文までってなると無理だわな。正直、手詰まりだった。感謝してるぜ、小童? 」
「……で、あるか」
小っ恥ずかしくなり、視線を逸らす。すると、男はニヤリと笑いながら頭を撫でてきた。
「カッカッカッ! いやしかし、良い啖呵だったぜぇ小童! おもしれぇ奴だな、お前さんは。気に入ったぜ。俺は、前田慶次郎ってんだ、宜しくなァ! 」
「う、うむ」
ガシガシと、乱暴に頭を撫でられながら昔の記憶を探る。前田慶次郎。どっかで聞いたような……あっ! パチンコの人だ。暖簾の一つに、似たような名前が書かれていた気がする!
ひとり納得し、そこで苗字があの男と同じなことに気付いた。
「前田……。もしや、お主は又左の親戚か何かか? 」
「ん? ……あぁ、そうか。そういえば、お前さん織田の若君って言われてたなァ。おう、そうだぜ。俺の叔父だ。元気にしてっか? 」
「うむ。息災ぞ」
「そうか! そりゃ、良い」
カカカッと、豪快に笑う慶次郎。彼は、熱い茶で喉を潤すと何気ない様子で口を開いた。
「なぁ、小童。俺を雇わねぇか? 」
「お主を? 」
「あぁ。今、ちょうど日ノ本を旅している最中でな。そろそろ戻んねぇと、又左の親父がうるせえしなァ。……それに、お前さんと一緒なら色々と面白そうだ」
ニヤリと笑う慶次郎。答えは、最初から決まっている。
「うん。勿論だ。これから宜しく頼むよ、慶次郎」
「おう! 」
「――っ!? お、お待ちくだされ若様っ! このような狼藉者を、若様の傍に仕えさせるなど……」
「おいおい、爺さん。小童が良いって言ってんだから、それで良いじゃねぇか」
「こわっ――!? き、貴様、口の利き方に気をつけんかっ! 若様が許しても、この吉兵衛が許さんぞ! 」
「あ、とのぉ〜! 団子が出来ましたよぉ〜! 」
「うん、分かったよ、松」
言い争う二人を後目に、団子を抱え持つ松の下へ向かう。
こうして、俺に新しい仲間が出来た。