表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
150/353

14話

 天正十一年 四月 安土城



 国人衆の切り崩し。

 咄嗟に閃いた案だが、それ自体は昔からある正攻法の一つ。敵を倒す為に兵力を使うより、味方に引き入れて兵力を増す方が何倍も得だ。

 更には、地域に根強い国人衆を引き込めれば、地の利を得るだけでは無く、今後の統治にも良い影響を与えるだろう。



 ……とりあえず二人に相談した方が良いか。

 チラリと視線を向けると、地図を指差しながら口を開く。

「左近が約一万を率いて、信濃国から春日山城を目指す。そして、北条軍と上野衆の連合軍一万が春日山城を目指す……と」

 碁石を動かしながら、今後の動きを想定する。そして、白い碁石のある場所で止まった。

「信濃国・上野国と越後国を分ける国境線。その付近にある国人衆を、味方に引き入れる事は出来ないかな? 本領安堵を前提とし、上杉征伐の働き次第では褒美を用意したいと思う」

 扇をぺちぺちしながら問いかけると、二人は揃って悩ましい表情を浮かべた。

 "何か、問題でもあるのだろうか? "

 そんな考えが顔に出ていたのか、五郎左が歯切れが悪そうに話を切り出す。

「……確かに、国人衆は先祖代々受け継いできた自領に対して、異常なまでに執着しております。客観的に見て、現状は越中国を支配した織田家優勢と言えましょう。であれば、本領安堵を条件にした寝返り工作は、充分可能かと思われます。…………ですが――」

「甘いですな」

 五郎左の言葉を遮るように、冷たい声音が評定の間に響く。俺も、五郎左も口を閉ざして声の主へと視線を向ける。

 そこには、険しい表情を浮かべた藤の姿があった。その厳しい眼差しに、思わず視線を逸らしそうになるも、藤の眼差しがそれを許さない。



 暫しの静寂。そして、藤は重々しく口を開いた。

「…………三法師様。裏切りを誘発させること自体は、実に理にかなっております。儂も、戦場では良く使っております故…………ですが、仲間を裏切った者達を易々と許してはなりませぬ」

 氷のような眼差しが、俺を貫く。藤の言葉には、有無を言わせない迫力があった。藤は、吐き捨てるように続きを話す。

「一度でも裏切りの味を覚えた者は、もう二度と正道には戻れませぬ。その背徳的な甘い蜜を、いつまでも求め続ける。己の利の為なら、喜んで主人の背中を刺す外道と化すでしょう」

「藤吉郎……」

 五郎左の気遣うような呟きは、一瞬だが藤の言葉を遮り戸惑わせた。だが、ほんの少しだけ藤の顔が五郎左の方へ向くと、五郎左は息を飲んで口を閉ざした。

 その時、藤の顔はこちらから見えなかったが、その一瞬零れた佇まいが、何とも虚しく悲しい香りとなって伝わってきた。

 そして、再び藤の顔がこちらへ向く。

「それを逃れたいのであれば、方法はただ一つ…………見せしめにございます。五人の国人衆を引き込むならば、その内の一人に無理難題を押し付けて拒絶させましょう。そして、反発したところを全軍で叩き、一族郎党晒し首にするのです」

「……っ! 」

 藤の語る光景が目に浮かび、思わず口元を押さえる。あまりにも残酷な手法。されど、確実に結果を残せるモノだと悟る。

 だが、ソレを受け入れられる程、俺の心は強くなかった。

「三法師様。重要なのは、慈悲の与え方でございます。こちらが、譲歩してはなりませぬ。あちらが、頭を垂れたところで与えるのです。それが、国人衆を縛る鎖となり、裏切りを阻止する楔となるのです。…………五郎左殿も、その事は理解しておりましょう」

「……っ! 」

 藤の言わんとすることが理解出来てしまい。咄嗟に、五郎左の方へと顔を向ける。そして、力無く首を横に振る五郎左の姿を見て、己の迂闊さを恥じた。

 藤が、心を鬼にして忠言してくれていなければ、俺は取り返しのつかない失態をしてしまうところだった。



 それが、凄く辛かった…………。



 長い長い沈黙の後、ようやく顔を上げると、藤へ視線を向ける。

「いつも、藤に辛い役割を押し付けてしまってごめんね」

「……いえ、儂も少々言葉が過ぎました。お許しくださいませ」

 深々と頭を下げる藤に、首を振ってソレを否定する。主君の間違いを諌める事は、誰にでも出来る事では無い。

「藤は、間違っていない。間違っていたのは、余の方だ。余は、織田家当主。優先すべきは、織田家の者達を守ること」

 己に言い聞かせるように、何度も呟く。



 そして――



「…………藤の案を採用しよう。調略をもって国人衆の切り崩し、上杉家の連携を分断。その隙を突いて、一気に包囲網を完成させよう」

『ははっ! 』

 俺の決断に、一同平伏して賛同を示す。次に、今まで静かに控えていた朝顔へ視線を向ける。

「朝顔」

「はっ! 」

「直ぐに右筆に文を書かせる。明日にでも越中国へ向かってほしい」

 我ながら酷い事を言っているが、朝顔は何一つ不満な色を見せずに平伏する。

「ははっ! 承知致しました! 」

 朝顔の元気な声が、無性に胸を騒がせる。まだまだ十代前半の少女が、何の不満も見せずに嬉々として戦場へ赴く。



 俺は、安全な場所でのうのうと過ごしながら……。



 そんな罪悪感が胸を切り裂き、思わず立ち上がって朝顔の元へと歩み寄り、その小さな手を握り締めていた。

 豆だらけで、土汚れが染み付いていて、数えきれない程に傷付いている。とても子供とは思えぬ修練の痕だ。

 お世辞にも綺麗とは言えぬ手だが、俺にはとても輝いて見えた。

「と、殿っ!? 」

「此度の戦は、三方面からの包囲網が肝。それ故に、一箇所でも先走れば隙を作る事になりかねない。軍と軍を結ぶ連携こそが、織田家の勝利を招くと確信している。…………白百合の皆には、とても苦労をかけるけどお願い出来るかな? 」

 俺が、申し訳なさそうに眉を下げる。その姿を見た朝顔は、手を振り解き慌てて頭を下げた。

 勢いよく額を打ち付けた故か、鈍い音が微かに部屋に響く。明らかに痛い筈だが、朝顔は気にする事も無く口を開いた。

「殿は、私共にとって命の恩人にございます! 殿が手を差し伸べて下さったからこそ、今日(こんにち)の白百合家があるのです! であれば、命を懸けて殿に仕える事は、至極当然の事にございますっ!!! 現在、二百名の者達が、越中国・信濃国・上野国にて配置についております。必ずや、殿の御期待に応える働きをお見せ致しましょう! 」

 何一つ偽りの無い真っ直ぐな善意が、俺に向けられる。俺は、それを黙って受け入れる他無かった。彼女達は、俺が喜ぶと思って動いてくれているのだ。

 であれば、それを受け取らねばあまりにも報われない。

「…………ありがとう」



 俺は、いつの日にか、彼女達が年相応に過ごせる日々を作りたい。そう願って止まないのだ。



 ***



 そして、同時刻。

 春日山城では、軍議が開かれていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 三法師回りの心の機微や成長がこの作品の1番の魅力だと思うので三法師メインになってくるとやっぱ面白いですね。 元々歴史に詳しくない高校生だったおかげてもう天下統一まで詰将棋だみたいなノリにな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ