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転生三法師の奮闘記 ~魔王の孫とよばれて〜  作者: 夜月
序章 京都御馬揃え編
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乱世の闇

 天正九年三月 京



 京都観光も終わり、最後に土産でも買って帰ろうかと思った矢先にトラブル発生。団子屋の戸をぶち破って、一人の男が道端に放り出された。

 剣呑な雰囲気。明らかに、只事ではない。

「……殿っ」

 松が、懐に忍ばせている短刀に手を伸ばしながら、さりげなく俺を庇える位置へ移動する。先程、店に行かせた者達は未だ姿を現さない。完全武装した武士十一人が向かったにも関わらず……だ。あまつさえ、団子屋から凄まじい物音が聞こえる始末。松が、臨戦態勢に入るのも頷ける。

(……さて、どうしようか。向かうべきか、否か)

 考えを張り巡らせていると、不意に団子屋から大声が聞こえてきた。

「てめぇら近づくんじゃねぇ!!! 」

 響き渡る怒号。男の声。勝蔵達のモノではない。その声に呼応するかの如く、吉兵衛や残していた護衛達が殺気立つ。

「若様、お下がりを」

 吉兵衛の声が、先程とは打って変わって冷たい声音に変化する。本当に、危険なのだと思い知らされる。



 緊迫した状況。心臓の鼓動は早くなり、唾を飲み込む音すらうるさく感じてしまう。

 人は、簡単に死ぬ。自分だけが、周囲の人間だけが助かるなんて世迷言だ。特に、この乱世では俺のような幼子は、吹けば飛ぶ塵クズのように容易く死んでしまうだろう。

 ――だが、見て見ぬふりは出来ない。心情的にも、立場的にもだ。

「店に行く。皆、ついてまいれ」

「――っ!? な、なりませぬ! 未だ、安全が確保されていないのです。せめて、護衛が戻るまでは……」

「既に、充分待った。それでも、勝蔵達は戻らぬのだ。何か、問題が起こったことは確か。そして、おそらく膠着状態にある。……であれば、更に私達が現れることで、何かしら変化を起こすことが出来るだろう。良くも悪くもね」

「で、ですが! それでは、自ら危険を冒すのも同然ではありませんか! それを分かっていながら、御身を危険に晒すなど某には――「ここは、お爺様が治める土地だよ、吉兵衛。そして、私はいずれ織田家を継ぐ存在。そんな立場の者が、民の危機に見て見ぬふりなんて出来ない。分かるだろう? 」――っ」

 辛そうに、吉兵衛の顔が歪む。本当に申し訳なく思う。だけど、逃げる訳にはいかないんだ。

「……某が、危険だと判断した時は速やかに逃げていただく。それが、最低条件にございます」

「うん、分かった。約束する」

「……」

 これで、吉兵衛達は説得出来た。さて、ここからが本番だ。気を引き締めなきゃな。



 ***



 その後、俺達は団子屋の前に移動。護衛のひとり、高田を先頭に中の様子を伺う。すると、そこには異様な光景が広がっていた。

 椅子が壊れ、割れた湯呑みに踏み潰された団子。落ちた暖簾には、複数の足跡が付いている。そして、部屋の中央には一人の大柄な男が仁王立ちしており、それを取り囲むように薄汚い男達が展開している。

 勝蔵達は、彼らと離れ部屋の隅にいた。背後には、店主と思われる親子が三人。どうやら、勝蔵達は彼らを守っているようだ。

(これは、一体……)

 判断に迷う。そんな時、大柄な男の視線が店に入ってきた俺達に向けられた。

「――んだ、新手かァ? 」

『――っ』

 刹那、凄まじい殺気が圧し掛かった。殺気立つ護衛。懐に忍ばせた短刀を手に取る、松。眉を顰めながら刀に手を伸ばす、吉兵衛。

(拙い! このままでは、なし崩し的に戦闘になる! )

 本能が警戒を鳴らし、俺は反射的に叫んだ。

「双方そこまで! この場は、織田家当主 織田左近衛中将が嫡男、織田三法師に預からせて貰うっ!! 」

『――っ!? 』

「……ほぅ、あれが」

 名乗りを上げ、場の主導権を強制的に奪い取る。この京都で、織田家の威光が通じない場所は存在しない。平伏する一同を後目に、俺は安堵の溜め息を吐いた。



 それから、俺は店主に事情を聞いた。店主は、予想以上に織田家当主の嫡男という肩書きに怯えていたが、そこは常連らしい吉兵衛の仲介によって事なきを得た。

 何でも、あの薄汚い連中は借金取りらしい。少しだけお金を借りた筈なのに、気が付けばあっという間に利息で借金が膨れ上がり、あまりにも法外な額をふっかけられたらしい。そして、返せないのなら娘を売り飛ばす……と。

 いや、何だそのテンプレ過ぎる展開は。ドラマとかで、数十回は見たような話だ。思わず、呆けてしまった。

 だが、団子屋からしたら深刻な事態。事実、松なんか汚物を見るような絶対零度の眼差しを金貸し屋へ向けている。

 そして、あの大柄な男だが、どうやら偶然その場に居合わせた客だったらしい。借金のカタに娘を奪おう金貸し屋の態度に、堪忍袋の緒が切れて殴り飛ばしたそうだ。あの道端に転がった男は、そういうことだったのだ。



 ここまで聞けば、誰が悪いかは一目瞭然。腑に落ちないのは、最初向けられた殺気だけだったが、これは俺が悪かった。いきなり完全武装した集団が押し入ったことで、新手かと勘違いしてしまったらしい。素直に詫びれば、あちらも快く許してくれた。

「……さて、問題はこちらだね」

『――っ』

 金貸し屋へ視線を向ける。すると、彼らはビクリと顔を青ざめながら肩を震わせた。流石に、彼らも爺さんのことは怖いらしい。

 だが、それでもひとりは肝の据わった者がいたらしい。おそらくは、代表か。そいつは、人の良い表情を浮かべながら一歩近付いてきた。

「これは、これは織田の若君様。お初にお目にかかります。私、片桐と申します。彼の天女と名高き若君様にお会い出来るとは、……いやはや、誠に光栄にございまする」

「であるか。……して、片桐よ。今回、貴様は借金の取り立てに来たと言っていたな? では、証文は持ってきているのか? 」

「えぇ、こちらに」

 片桐は、懐から一枚の紙を取り出して広げる。確かに、そこには五貫文を貸し出す旨の記述がある。

「これが、今、幾らになっている」

「そうですねぇ。三ヶ月間の滞納で、今は十貫文といったところでしょうか」

『じゅ、十貫文っ!? 』

「暴利じゃねぇか!! 」

「いやはや、しかし此処に店主の署名がしっかりと書いてありますからなぁ。合意して金を借りたんなら、ちゃんと返して貰わんと」

『――っ!! 』

 いきり立つ一同。三ヶ月で借金が倍になるなんて酷すぎる。これは、怒るのも無理はない。きっと、俺が命を下せば彼らは直ぐにでも金貸し屋を斬り捨てるだろう。



 しかし、この期に及んでも金貸し屋の余裕は変わらない。やはり、その証文が肝らしい。俺は、店主に事実確認をすることにした。

「店主。その話は本当か? 」

「……へ、へぇ。し、しかし、利息だけでこんな額になるなんて聞いておりませんっ」

「いやいや、此処に書いてあるやろ。利息は、十日で一割加算されると」

「そ、そんなもの書いてなかったじゃないか! 」

 悲鳴を上げる店主。しかし、その証文には後から書き足した跡もなく、わざと小さく書いている訳でもない。寧ろ、大きくデカデカと書かれていて見やすいくらいだ。

(だが、店主が嘘を吐いているようにも見えない。それに、この様子だとこんな暴利だと知っていたら金を借りなかったに違いない。……ん? )

 そこで、違和感を覚える。

「……店主よ。そもそも、何故借金をすることになったのだ? 吉兵衛から、繁盛していると聞いていたが」

「そ、それが、ここ数ヶ月前から不運な出来事が続いておりまして……。仕入れ値が余計にかかるようになったり、荷車に轢かれかけて怪我をしたり、ガラの悪い連中が付近に出没するようになったり。……元々、あまり儲けはなかったのでございます。安く売り、皆が気軽に楽しめて笑顔になる。それだけで、充分でしたから」

「うむ。つまり、歯車が狂ってしまったのだな。一つの些細なことから始まり。そして、連鎖的に不幸が重なっていったと」

「へ、へぇ」

「……なるほどね」

 少し、カラクリが見えてきた。あと少し、あと少しで謎が解ける。そんな予感がする。



 しかし、その前にあの大柄な男の限界の方が先に来てしまった。

「おい、茶番はもう良いだろうが。こんなクズ共、全員叩きのめして終いだ。ただ、それだけだろうがァ! 」

『ひ、ヒィ――ッ!? 』

 怯える金貸し屋。

 だが、その瞬間俺の脳裏に電流が走った。

(茶番…………あぁ、なるほどね。そういうことかっ! )

「待て」

「あァ? 」

「私が、全て終わらせる。そなたは、手を出すな」

「……へぇ、そいつは大した心意気じゃねぇの。だが、小僧。てめぇに、これを解決出来んのか? ひとりじゃあ、何にも出来ねぇ幼子のてめぇが」

「出来るっ! 」

 勝算はある。視線を逸らさずに断言すると、男は気に入ったとばかりに笑ってみせた。

「カッカッカッ! 良くぞ吠えた、小童。良し。そこまで言うのであれば、てめぇに任せようじゃねぇか」

 金貸し屋を押し退け、ドカッと乱暴に椅子に座る男。どうやら、完全に静観するつもりのようだ。



 この中で、一番動向の読めない危険な男。それが、手出しをしないと言ったことに、金貸し屋は一瞬気を緩めてしまう。当然だ。先程まで、この一帯を支配していた殺気が綺麗さっぱり雲散したのだから。

 それが、奴らの運の尽き。

「店主よ。お主は、証文を保管しておるか? 」

「え? あ、はい。ちゃんと、持っております」

「うむうむ、そうかそうか。…………して、店主よ。この店の勝手口は何処か? 」

『!? 』

 その瞬間、金貸し屋の顔に動揺の色が浮かぶ。その隙を見逃す訳がない。

「勝蔵ぉおお!! 今直ぐ、四、五人程引き連れて勝手口に向かえ! 怪しい者がいたら引っ捕らえよ!! 」

「はっ! 」

『ちょ、まっ――』

「動くな。動けば、斬る」

『――っ』

 金貸し屋の首筋に刀が添えられる。いつの間にか、彼らの周囲には護衛達が配置されていた。詰み。先程まで余裕を見せていた代表者は、最早ここまでかと力なく項垂れた。




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[良い点] あっパチンコの人だ!にはウケました [気になる点] 最近見つけて読み初め、すぐにお気に入りになりました。長く続けてほしいです。 [一言] 最高に面白い。作者さんは天才だと思う。
[一言] へ?慶次郎? この頃既に織田家に属してなかったっけ? この時期に活発に活動してる借金取りっつったら土蔵かな、一向衆といい土蔵といい日本の坊さんはクソばっかだなぁ。 まあそれは奴隷商つれ歩…
[良い点] 昨日から少しずつ読み始めました。 これからどんな展開になっていくのかワクワクしながら読ませてもらってます。 [気になる点] 三法師の台詞に「しょうぶん」とありましたが、証文でしょうか?そう…
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