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12話

 天正十一年 四月 安土城



 本格的に上杉征伐が始まってから、あっという間に三週間が過ぎ去った。ふと視線を向ければ雲一つない青空が広がっており、"今日は四月らしい過ごし易い一日になりそうだ"と、頬を緩ませる。

 暖かな空気に身を包まれながら、天守閣を降りて城内をゆっくり探索する。

 すれ違う者達は、女中や小姓ばかりで武将の姿は見えない。探せば居るだろうが、その殆どは内政に秀でた者達ばかりだろう。

 だが、それは致し方ないこと。今は、上杉征伐の真っ最中。権六と左近を中心とした討伐軍に、多くの武将が参加しているのだ。普段より、人手が少ない事は必然だ。

 皆が皆、軍事・内政問わず、織田家の為に尽力してくれている。それを、当主である俺が寂しいからと我儘を言うわけにはいかないだろう。



 ただ……この独特な雰囲気に包まれる安土城が、俺は嫌だった。勿論、白百合隊や赤鬼隊の皆は居るし、(ふじ)や甲斐姫も居る。皆が皆、俺の前ではいつも通り明るく振る舞う。

 だが…………やはり、ここからでは見えぬ戦場で戦う者達を思うと、少し寂しくなるのだ。

 家中の者達とて、俺と同じ思いの者はおるだろう。大切な人が、己の預かり知らぬところで命を懸けて戦っているのだ。落ち着いていられるわけが無いよ。



 故にだろうか…………俺は、気が付いたら庭先にある桜の木を見上げていた。

 満開に咲き誇っていた桜は既に散っており、その姿を緑色に染め上げ、来年の開花の時まで待ち続けている。

 爽やかな風が枝を揺らし、軽やかな木の葉の旋律に耳を澄ませる。ただそれだけで、心が癒されていくのをひしひしと感じた。



 俺は、満開の桜も好きだが、それ以上に葉桜が好きだった。確かに、もう桜の花びらは散っており、見栄えは劣るかも知れない。多くの人は、花が散った桜を見向きもしないだろう。

 だが、俺はそんな葉桜が好きだ。一年近く懸けて開花するのは、たった一ヶ月程度。ただそのひと時に咲き誇る為だけに、桜は生きている。

 そして、そのひと時で多くの人々を魅了するのだ。どんなに災害がその身を襲おうとも、桜は春の訪れを伝えんと咲き誇るのだ。

 葉桜とは、その一歩を踏み出した証。春に、また咲き誇る為に踏み出した証なのだ。

 だからだろう。葉桜を見ていると、『お前も、頑張れっ! 』って、応援されている気持ちになる。



 ――どんなに苦しくても、どんなに辛くとも、嘆いて立ち止まるのでは無く、いつか咲き誇る為に一歩前へと踏み出してみる。



 そんな大切な事を、俺は葉桜から教わったんだ。

 だから、俺はもう止まらないよ。どんなに辛くとも、足を止めたりしない。

 例え、それが亀のように遅い歩みだとしても、歩く限りゴールは近付いているんだから。




 暫く葉桜を眺めていると、不意に誰かが近付いてくる気配を感じた。その者は、音も無く右斜め後ろに控えると、深々と平伏する。

 ふと視線を向ければ、小柄な身体に鮮やかな朝顔をあしらった髪飾りが見えた。その特徴的な装飾に相手の正体を察した俺は、ついつい頬を緩ませる。

「久しぶりだね。二ヶ月ぶりになるのかな……元気にしていたかい? …………朝顔」

 すると、顔を上げた朝顔は、満面の笑みを浮かべながら返事をした。

「はいっ! 殿、お久しゅうございます! 」

 駆け寄ってくる朝顔を抱きとめて、ゆっくりと頭を撫でる。朝顔には、権六のサポートを御願いしていた。きっと、権六の伝令を伝えに来たのだろう。

「権六からかい? 」

 そう尋ねると、朝顔は無言で頷く。

「文も預かっております。こちらでは、人の目もございますし、風にあたっては御身体に障ります。どうか、城の一室にて報告させて頂きたく存じ上げます」

 心配そうに見詰める朝顔に、苦笑気味に頷く。

「うん。そうだね……確かに、此処でする話では無いね。それに、(とう)や五郎左の意見も聞きたいし、中へ入ろうか。朝顔もそれで良いかな? 」

「はい! ありがとうございます! 」

 こうして、花のような笑顔を浮かべる朝顔に抱えられながら、城の中へと入っていった。権六からの伝令は、内容次第で今後の方針を左右する重要な要素となるだろう。



 さてと、俺も気を引き締め直そうかな。



 ***



 安土城に戻ると、早速と言わんばかりに(とう)と五郎左を呼び出した。両者共に戦場からの報せを待っていたのか、迅速に評定の間へ駆け込んできた。

『失礼致します』

 ほぼ同時に聞こえた声に、小姓へ襖を開けるように促す。

「開けて良いよ」

「はっ」

 小姓は、短く返事をすると静かに襖を開けた。そして、二人が入室した事を確認すると、深々と一礼してから退室する。

 その何を言われるまでも無く、己の役割を理解している行動に感銘を受けていると、二人が傍へと参り姿勢を正す。

「丹羽五郎左衛門、参上仕りましてございます」

「羽柴藤吉郎、お召しによりまして参上仕りましてございます」

 深々と平伏する二人に、俺は苦笑気味に顔を上げるように促す。

「二人共良く来てくれたね。早速だけど、本題に入りたい。先程、権六からの報せが参った。共に、ソレを聞いて欲しい」

『御意』

 上座に俺、その両隣を(とう)と五郎左が固め、こちらの準備が整った。そして、その事を察した朝顔が懐に手を伸ばすと、一枚の文を取り出す。

「柴田修理亮様より、文を預かっております。どうぞお納めくださいませ」

 権六からの文が、五郎左を経由して手元に届く。内容を確認すると、そこには織田家にとって吉報とも言えるモノが書かれていた。



 即ち、織田軍の越中国完全支配である。





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