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7話

 天正十一年 四月 越中国 天神山城 小国実頼


 上杉家現当主上杉景勝の右腕として名高い直江兼続の実弟である小国実頼は、目の前に広がる光景に言葉を失っていた。

「な、なんだあの天まで昇っていく煙は!? ま、まさか落とされたのか!? 難攻不落の山城である松倉城がぁっ!? 」

 口を開きながら、顔を青ざめる小国実頼。当然の事だろう。織田軍の次の標的は、間違いなくこの天神山城であり、己の首なのだから。

 


 小国実頼は、震える手を懐に伸ばして一枚の文を取り出す。そこには、兄である直江兼続の指示が書かれていた。

「そ、そうだ。兄上から、降伏しても良いと許可を頂いておる。少数の兵を残して降伏させ、俺は残りの兵を率いて春日山城へ帰れば問題ない。まだ決戦は、これからなのだ。ここで多くの兵を失う方が、上杉家に損害を与える事になる。……うん。そうだ。大丈夫…………」

 言葉の節々に怯えの色が伺える。自分の意見を肯定するように、何度も何度も言い換えて安心感を得ようとする。

 養子縁組とはいえ、小国家の家督を継いだ当主として恥ずべき姿。されど、彼は未だ二十歳の若輩者。上杉家の存亡を巡る大一番で、普段の立ち振る舞いが出来るほど精神的に成熟していないのだ。



 今後の方針を固めた小国実頼は、義父である小国 重頼の元へと向かった。天高く伸びる煙に、城内の者達が混乱に陥っている中、そんな彼等を構うこと無く廊下を突き進む。

「義父上! 」

 勢い良く開けられた襖。一人、書斎にて策を練っていた小国重頼は"何事か"と視線を向ける。

「そんなに慌てて、一体どうしたと言うのだ。あの煙ならば、ちょうど物見を放っ…………」

「私は、これより兵を率いて春日山城へ向かいます。義父上には、私に代わって、この天神山城をお任せ致したい! 」

 小国重頼の言葉を遮るように、小国実頼は言葉を被せる。その言葉に、小国重頼は眉を細める。

「なに? 」

 少しばかり空気が張り詰める。しかし、小国実頼はそんな事を気にする事無く話し続ける。

「既に、魚津城・松倉城は風前の灯。最早、織田軍の前では大軍での籠城は、悪戯に時と兵糧を消費するのみ。この天神山城に居る五千の兵を、私は大将として無駄死で散らす訳にはいきませぬ。ここは、少数の兵のみを残して撤退。春日山城へ兵力を集め、来たる決戦に備える事こそ上策! もしも、織田軍が追い掛けて来ようものなら、地の利がある私達に勝機があります! 例えば、大軍で険しい山道を通る際に、横っ腹から奇襲を仕掛けられる! 」

 堂々と語る姿に、小国重頼は頭を抑える。

「……確かに、お主の申す事は一理ある。地の利が無い織田軍の通る道は予想しやすく、悪路に慣れ親しんだ我等ならば奇襲を仕掛けられるだろう。だが…………」

 言い淀む小国重頼の姿に、小国実頼は苛立ちを覚えて、勢い良く拳を叩きつける。

「天神山城の城主は私であり、小国の現当主も私だ。私の指示には従ってもらいます! 私は、明朝にも四千五百を率いて春日山城へ目指す。義父上は、残った五百の兵で籠城してもらう。なぁに案ずる事はございませぬ。降伏しても良いのです。ですが、可能な限り粘り時間を稼いでください! 良いですな!!! 」

「………………分かった」

 普段口うるさい義父が、己に深々と平伏する姿がお気に召したのか、小国実頼は上機嫌で部屋を出ていった。

 その姿に、小国重頼が深い溜め息をついてしまったのは、致し方無いことである。



 四月十七日。

 明朝、小国実頼は宣言通りに、四千五百の兵を率いて春日山城へと向かった。残された天神山城の兵は、僅かに五百。内訳は、老人や怪我人などのろくに戦えない者達ばかり。

 正直、見捨てられたと判断しても、致し方無い状況だ。天神山城の士気は、過去最低と言っても過言では無い。



 結果として、彼の判断は最悪の事態を招く事になるのだが…………それは、また後ほど。



 ***



 天正十一年 四月 越中国 松倉城 佐々成政



 松倉城二の郭にて、ようやく鎮火した城壁を眺める。松倉城攻めを始めてから約半年。ようやく、追い詰める事が出来た。

 全く、これだから山城攻めは肌に合わんのだ。



 無性に苛立ちを覚えながら、目の前の城を睨み付けていると、不意に不破彦三が隣りへ座る。

 彦三は、二年前に亡くなった不破殿の御子息。親父殿と共に戦場を駆けた盟友の子故に、幼少期より気にかけていた。

 その彦三は、父譲りの交渉術を買われ、松倉城本郭に籠る須田満親へ降伏勧告をしに行っていたのだが、どこか疲れたような顔をしている。

「先程、本郭に籠る須田満親殿に、降伏勧告をして参りました。"既に、松倉城に兵糧は無く勝ち目の無い戦で民を飢えさせるのは、貴方の本意では無いでしょう"……と」

 段々と声量が小さくなっていく様子に、結果を聞かずとも察してしまう。

「では、やはり須田満親は降伏しない……と? 」

「…………えぇ」

 力無く頷く彦三。その様子に、思わず溜め息をついてしまう。何故、ここまで粘るのか本当に理解出来ない。援軍の無い籠城など、自らの手で首を絞めるだけでは無いか。



 この半年。我等は、まともに戦っていない。須田等が、早々に松倉城へ籠った故に、松倉城を守備する城砦郡を攻め落とし、冬の間包囲網を敷いたのみ。奴等には、全く戦う気概が感じられんのだ。

 (前田利家)のような脳筋では無いが、どうにも腹が立つ。二の郭まで落とされたと言うのに、未だに無意味な籠城を続け、かと言って戦おうともしない。

 俺には、須田満親の考えがとんと分からん。正直、気に食わん! 何より、(前田利家)に先を越された事が無性に腹ただしいっ!!!



 苛立ちが最高潮にまで達した俺の視界に、天にまで昇る煙が映る。あれは、魚津城がある方角。(前田利家)が、魚津城を燃やした証。

 ようやく訪れた合図に、目を血走らせながら立ち上がり、家臣達の前へと立つ。

「時は満ちた!!! 今こそ、長らく続いた松倉城攻めに終止符を打つ!!! 者共ぉお!!! 行くぞぉおぉおぉおぉおぉおっ!!! 」

『おぅっ!!! 』

 握り拳を天に掲げ、一思いに振り下ろす。

 松倉城攻めは、最終局面へと突入した。



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