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5話

 天正十一年 四月半ば 越中国 魚津城 前田利家



 連龍と話し終えた俺は、足早に庭先へと向かった。魚津城を包囲している各支城の部隊長及び、敵襲に備えた四方面の物見から報告を受ける為だ。

 それから、そう時を待たずに庭先へと到着。俺の姿を視認した家臣達は、一斉に姿勢を正して俺を出迎えた。

『前田様、御足労頂き誠に忝なくっ!!! 』

 深々と平伏する家臣達を後目に、俺は先を促す。

「うむ。では、各自報告せよ」

『ははっ! 』

 俺に促されるままに、右側に居る者から次々と報告していく。

 内容は、実に基本的なモノ。既に兵の準備は整い、直ぐにでも魚津城へ出陣可能。支城の周りには、特に敵影も見当たらない。

 そんな有り触れたものであった。



 別段、異常は感じられない内容に、どこか安堵感を覚える。問題はないに越したことはない。

 しかし、次々報告される内容を脳裏で精査していくうちに、とある問題が浮上した。

「…………ん? おい、東側の報告が一つ足りないぞ。誰か、何か知らないか! 」

『……………………』

 家臣達へ問いかけても、お互いを伺うばかりで答えが返ってこない。少し嫌な予感を感じた俺は、厩戸へと走った。

「直ぐにでも向かうぞ! 者共ついてまいれ! 」

『え………………ぁ…………お、おぅ!!! 』

 遅れて聞こえる返事も満足に聞かぬまま、俺は足を動かし続けた。





 戸惑う家臣達を引き連れながら、颯爽と駆けていく。馬も、主人の意思を感じ取ったのか、いつもより速度が出ているように感じる。

 たかが物見一人……そんな、楽観的な思考は戦場では命取りになる。

『常に最悪の場合を想定して動け』

 それが、親父殿から教わった教訓だ。



 伏兵が現れたのか……一向宗の仕業か……。

 否、間者による妨害工作やもしれん。

 そんな想定が脳裏を駆け巡り、その対応を一つ一つ思い描いていく。我武者羅に駆け抜けていくと、直ぐに小規模な砦が見えた。

「……っ! 」

 乾いた鞭のしなる音と共に、一気に加速していく。その最中にも、周囲の状況を確認。荒らされた形跡無し。目立った足跡も無し。敵影も見当たらない。


 …………やはり、間者か?


 俺は、刀を抜きながら砦へと押し入った。

「おぃ!!! 無事か…………」

 しかし、そこに広がっていた光景は、俺が想定していた状況とは真逆なモノ。

 砦に漂う酒の匂い。転がる徳利。



 堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。



 ***



 その後、俺は兵達の元へと向かった。案の定と言うべきか、圧倒的な勝利に酔った若者が多く、厳しく指導をする事になった。

「貴様等ぁ! 何を腑抜けておるか! 直ちに、一列に並べぇっ!!! 」

『は、ははっ! 』

 俺の殺気にあてられたのか、恐怖に震える若者達の前に一人の男を連れてくる。そして、首根っこを掴むと若者達の方へと投げ飛ばした。

「……ひぃっ!? 」

 顔は原形も分からない程に腫れており、はだけた羽織りの隙間からは、青く浮き出た蚯蚓脹れが見える。

 そのあまりにも無惨な姿に、若者達の一部からは悲鳴の声が聞こえた。



 俺は、そんな若者達に見せつけるように、男の髪を掴むとゆっくりと持ち上げる。先程、投げ飛ばした時に額を切ったのか、おびただしい鮮血が地面を汚した。

「者共ぉ良く聞けぇい!!! 未だ上杉家との戦いは始まったばかりだと言うのに、たった一度の勝利で浮かれるとは何事か!!! 恥を知れっ!!! そういった甘ったれた態度が、足元を掬われる最大の要因となるのだぁっ!!! 」

『は、ははっ! 申し訳ございませぬ!!! 』

 怯えながらも姿勢を正す若者達。中には、今にも吐きそうに顔を青ざめる者もいる。

「この馬鹿は、鎧を脱いだばかりか、酒を飲み周囲の警戒を怠った。物見の任に就いていながらだ!!! もし、この馬鹿の隙を突いて、敵の伏兵が襲いかかっていたならば、我が軍は甚大な被害を受けていただろう!!! 万死に値する大罪であるっ!!! 」

 そう言うと、即座に刀を振り抜き馬鹿の首に滑らす。一切の抵抗も無く切り飛ばされた首は、高らかに宙を舞いながら、若者達の目の前に落下した。

「ひぃ………………! 」

 肉が潰れる音。短い悲鳴。より一層、顔を青ざめる若者達へ、刀を突きつける。

「未だ、この地は戦場である事を、今一度頭に叩き込め! 敵の死体を確認するまで、決して油断するな! 勝って兜の緒を締めよ。死にたく無ければ、常在戦場を心掛けよっ!!! 」

『……っ! ぎ、御意っ!!! 』

 俺の怒号に、若者達は反射的に姿勢を正す。その様子に、とりあえずの及第点を下すと、踵を返して魚津城へと向かう。

「これより、魚津城へ出陣する! 貴様等の仕事は、主に城内の死体処理及び生き残りの捜索である! その一つ一つが、織田家の勝利へと続く重要な役割である! 己が責務に誇りを持ち、これを全うせよ! 良いなぁっ!!! 」

『ははっ!!! 』



「………………はぁ……」

 一瞬振り返り、彼等の様子を見る。そして、若者達の顔付きから、慢心の色が失せた事を確認すると、ようやっと深い溜め息をついた。

 連勝続きの弊害。修羅場を知らない新兵達。


「誠に、教育と言うのは難しい」


 そんな呟きが、零れ落ちた。



 ***



 若干の遅れがあったものの、昼頃には魚津城へ無事に入城する事が出来た。分かっていた事だが、目の前に広がる地獄絵図に思わず顔を歪ます。

「…………これほど……か」

 俺の零した呟きは、誰に聞かれる事も無く宙へと溶けていった。



 辺りを見渡せば、所狭しと溢れかえった死体の山。そこには、男も女も関係なくもがき苦しんだ様子が伺える。

 そして、視線を逸らせば、堀にまで敷き詰められた痩せ細った死体が見えた。……おそらく、水を求めて死んでいったのだろう。正直、目を背けてしまう程の光景だ。

「新兵は、死体を城外に運び出して埋葬せよ。そして、近くの寺より僧を招いて丁重に供養するのだ。死した者は、既に敵では無い。死体を無下に扱う事は、決して許さぬ」

『ははっ! 承知致しました!!! 』

 即座に行動を開始する新兵達を後目に、俺は本陣を率いて本丸へと足を向ける。

「……本丸へ向かう。着いてこい」

『おぉっ! 』

 さて、どうなっておるかな。



 ***



 本丸へと入り、真っ先に目に入った物は変わり果てた魚津城の姿。十五発の砲撃に、平城である魚津城は到底耐える事が出来なかったのだ。

「……これが、あの魚津城の成れの果て……か」

 目の前にして、改めて分かる大筒の脅威。その恐ろしさに、思わず右手が震える。

 街道と海を繋ぐ位置にあり、上杉家の越中国における重要拠点とも言える大規模な平城は、その栄華の見る影もない程に崩れ落ちていた。

「……一応、生き残りを探せ。死体もだ。名のある武将が、あの瓦礫の下に埋まっているやもしれん。可能な限り、これを捜索せよ」

『ははっ! 』



 そして、捜索を開始して半刻程。そう時を待たずにして、とある報告が耳に入る。

「前田様、上杉家の武将と思わしき死体が発見されました。その数、およそ十二。倒壊した魚津城の中心より、発見した次第にございます。残念ながら、とても首実検を行える状況ではございませんでしたが、彼等の名が記された耳飾りが付近より発見致しました。僅かに確認された耳に、穴が空けられた痕が見つかりました故、おそらくこの名札は彼等の物と愚考いたします」

「……見せてみよ」

「ははっ! 」

家臣から手渡された名札には、確かにこちらが確認していた武将の名が記されている。発見された場所的にも、信憑性は高いだろう。

「相分かった。俺も、そこへ行こう。案内せよ」

「はっ! 承知致しました! 」

 家臣の案内の元、その場所へと向かう。そして、近付くにつれて鼻を襲う異臭。その様子に、確かに死体がある事を示していた。

「……ここだな」

 そこに広がっていたものは、一塊となった肉塊。幾人もの武将が、重なり合ったように思えた。

 おそらく、軍議を開いている最中に砲撃をくらったのだろう。逃げる事も出来ずに、戦う事も出来ずに、こうして身を寄せ合う事しか出来なかったのか。



「………………」

 一人の武士として、彼等の最期に胸を痛め、黙祷を捧げる。しかし、次の瞬間。肉塊が中心から弾け飛び、中から血に濡れた凶刃が俺の心臓目掛けて伸びていった。




「死ぃいぃいぃいぃねぇぇぇえええええっ!!! 」





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