4話
天正十一年 四月半ば 越中国 魚津城 前田利家
凄まじい轟音と共に、崩壊していく魚津城を眺める。平城とはいえ、あれ程立派に建てられていた城が、見る影も無く崩壊していく様子は、実に感慨深いものだ。
しかし、それも致し方ないこと。険しい山頂に建てられた堅城でも無い魚津城では、織田軍の新戦術である砲撃攻めを耐えられる道理は無い……か。
思わず零れる溜め息と共に、後ろに控える小姓へと指示を出す。
「…………終わったか。もう、砲撃は良い。準備が出来次第、魚津城へ入る。他の城にも、狼煙で合図を送れ」
「はっ! 承知致しました! 」
走り去っていく小姓を見送る。そして、時を待たずにして法螺貝が鳴り響き、凛とした声が聞こえてきた。
――撃ち方止めっ!!! 勝鬨を上げよ!!!
――ぉぉぉおおおおおおおおおっ!!!
兵達の勝鬨が城を覆い、それに呼応するように他の支城からも声が聞こえてきた。そんな浮かれた兵達の様子に、思わず眉間に皺が寄る。
まだまだ上杉征伐は序盤。何より、未だに魚津城の武将達の生死を確認出来ていないのだ。あのような状況とはいえ、生きている可能性が少しでもあるならば、油断は禁物である。
「……だが、それも致し方ない……か」
俺は、溜め息混じりに呟くと、連龍が部屋へ入ってきた。どうやら、先程の呟きが聞こえていたらしく、どこか不思議そうに首を傾げている。
「何が致し方ないのですか? 」
そんな問いかけに、苦笑混じりに答える。
「いや、兵達が少々浮かれ過ぎだと思ったのだがな。状況が状況故に、多少は見逃してやろうか……とな」
そこで、一旦話しを区切ると、懐から竹筒を取り出し喉を潤す。
「約半年に及ぶ兵糧攻めは、兵達に不満を抱かせる充分な理由になる。上杉征伐と言う大戦で武功を挙げたい若者は、特に不満を持つだろう。それが必要な事だと、分かっておってもな」
そんな俺の呟きに、連龍は苦笑いを浮かべる。
「……良くも悪くも、若者は無理無茶無謀が代名詞ですから。上杉征伐に参戦した若者達が、無意識にいきり立ってしまうのも無理ないかと」
どことなく俺を庇うように、連龍は言葉を選ぶ。見た目に似合わず頭脳派な一面が伺える言動に、思わず笑いが零れる。
「はっはっはっ、そんな気を遣わんでも良い。部下の士気を保つ事は、兵を率いる俺の仕事。数年間に及ぶ兵糧攻めを成功させた藤吉郎のように、俺も精進せねばならんな! 」
軽く笑いながら言うと、連龍は安堵したように息を吐いた。
「…………兵達も、ようやく上杉征伐をしている実感を持てたのでしょう。そして、此度の圧倒的な勝利。少しだけでしたら、勝利の余韻に浸らせるのも良いかと」
連龍の提案に、強く頷いて肯定を示す。鞭と飴を効率良く使わねば、良い大将にはなれんからな。連龍の提案は、最もであろう。
「であるな。少しなら良いか。だが、魚津城へ入る前には引き締めを行うがな。連龍も、厳しく叱責するのだぞ? 」
「はっ」
短く返事をする連龍に、視線を向ける。俺の雰囲気が変わった事を感じ取ったのか、連龍は真剣な眼差しを向けてくる。
「…………そろそろ本題に入るか。俺は、魚津城攻めを行う前に言っていたな。歴史が変わる狭間に立ち会えた事を感謝せよ……と。連龍、お主の感想を述べよ。此度の戦、お主にはどう見えた? 」
――それを言う為に参ったのだろう?
張り詰めた緊張感が漂う。俺は、意図的に殺気を放ちながら連龍を見据える。織田家に適応出来るか否か、それを見極める為に。
そして、暫く静寂が部屋を支配した後に、連龍は絞り出すように口を開いた。
「新たな時代の始まり。古き風習に囚われた者は、勝負の土俵にすら上がれないでしょう。…………某には……近い将来、日ノ本の武士が刀を置く日が垣間見えました」
連龍の額から、ゆっくりと汗が頬を伝い、畳へと落ちていった。
***
連龍の答えに、俺は満足気に頷いた。
「然り。連龍の懸念は最もだ。いずれ、俺達は刀を置く事になるだろう。最早、刀は時代遅れなのだ。槍ですら、銃の前では塵芥と化すだろう。これからは、銃……火薬の時代になる」
言葉にすると、少し寂しさを覚える。今まで積み上げてきた武技が、ことごとく淘汰されていく時代の始まり。それが、嫌でも分かってしまったからだ。
「見よ、連龍。あれほど手強かった上杉家の武将達が、城を出ることすら叶わずに朽ちていくのだ。最早、一騎打ちなど時代遅れ。大軍で敵勢を圧倒し籠城に追い込み、兵糧攻めからの砲撃攻めがこれからの主流になるだろう。大筒を持たない者は、織田家の敵では無い。大筒と言う規格外の射程距離の前では、既存の武器は全て無駄になるのだ」
――武士の時代は、終わったのだ。
一頻り話すと、連龍へ視線を向ける。すると、連龍は、顔を青ざめながら俯いていた。奴とて、武芸を極めた強者。その瞳には、確かな絶望の色が伺えた。
……その気持ちは、良く分かる。俺も、同じ気持ちだった。武芸を極めた強者程、この現実を受け止められずに朽ちていくだろう。
だがな、変わらねばならぬのだ。
この激動の時代を生き残りたければ、受け止めねばならんのだ。
信じたくなかったのだろう。認めたくなかったのだろう。だが、ソレは事実だ。目の前で、魚津城に籠る武将達は何も出来ずに死んでいった。
武士道などのくだらぬ価値観に囚われていては、いつまでも弱者のままだ。
その事実を受け止め、先の時代へと進める者だけが織田家に必要な人材だ。
そして、連龍は適性のある者。
武士の時代を終わりを悟れた連龍ならば、時間をかければその事実を受け止め、この激動の時代を生き残れるだろう。
「さて、そろそろ準備が出来ただろう。魚津城へ向かうぞ」
「…………はっ」
深々と平伏する連龍を後目に、部屋を出て兵達の元へ向かう。古き風習が廃れ、新たな時代の始まり。その決して変えられぬ定めに、思いを馳せながら。
***
「…………ひゅぅ…………ひゅぅ…………よく…………も…………織田…………め…………がぁぁぁぁぁあぁあぁあぁぁぁあぁっっっっ!!! 」




