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25話

 天正十一年 一月 安土城


 これからは、もっと人を頼る。

 己を戒める思いで決意を改めて固めると、そんな俺を見て氏政お義父さんは強く頷いていた。

「どうやら、もう心配はいらないようですな。三法師殿は、もっと周りを見た方が良いでしょう。三法師殿が助けを求めれば、藤も甲斐姫も……それこそ、家中の者達ならば喜んで三法師殿に力添え致しましょう。織田家家中に、三法師殿に助けられた恩を、仇で返すような輩は絶対にいません」

「そ、そうかな」

 胸を張って断言する姿を見て、恥ずかしげに頬を指でかく。だが、周りを見ているようで見えていなかった事は事実なので、どうしたものかと言い淀む。

 すると、そんな俺を見兼ねたのか、氏直お義父さんも会話へと入ってきた。


 どこか安堵したように微笑む氏政お義父さんの肩に、氏直お義父さんの右手が添えられる。

「左様ですね父上。きっと、もう心配はいりませぬ。約束通り、困難な障害が行く手を阻む時が来れば、周りの者達を頼ることでしょう。

 ほら見てください。一皮剥けた男の顔をしております。三法師殿の中で踏ん切りがついたのでしょう。これならば、安心して相模国へ帰れます」

「あぁ……そうだな。であれば、我等は我等のやり方で、三法師殿を支えるとしよう。帰ったら、早速上杉征伐の準備を整えねばならぬな! 」

「ですね。私も、直ぐにでも支度を整えましょう。うかうかしては、岐阜勢と甲州勢に出遅れてしまいますからね」

 やけに乗り気な二人を見て、上杉家と北条家との関係改善は不可能だと察する。

 これは、覚悟を決めねばならぬ。


 そんな思いが脳裏を過ぎる中、俺は氏直お義父さんの話の続きを促す。

「出遅れる? 」

 俺の疑問を聞くと、ちょっと苦笑混じりに、氏直お義父さんは続きを紡いだ。

「彼等からすれば、此度の上杉征伐は、敬愛する三法師様直々の命令なのです。家臣の者達ならば、一念発起するのは必然。そして、三法師殿直属の部隊の者達は、永遠の忠誠を誓った主君の為に、死にものぐるいで戦いましょう。他にも、城主の中でも、木曾義昌は祖母と妻子を助けられた恩から、子々孫々三法師殿への忠義を語り継いでいくと豪語しているとか。そんな気合いの入った者達、自然と足が早くなるもの。気を抜いていたら、勝手に敵陣に攻め込むやも知れませぬ」


 当然のように語る内容を聞き、思わず目眩を覚えてふらつく。人知れず額に手を当てるも、氏直お義父さんはソレに気付く事も無く、己の思うがまま熱く語り尽くした。

「見敵必殺! 今の上杉征伐軍は、まさにこの言葉が全てを表しておりましょう。いやはや、三法師殿の人心掌握術には脱帽ですな」

「…………ありがとぅ」

 俺は、急激に増していく表情の赤みを隠すように、蹲って顔を隠す。


 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ!!!

 なんだこの羞恥プレイは!

 恥ずかしくて、ヤカンが沸騰しそうな領域にまで一気に体温が上がる。気絶は目の前であった。


 そんな俺の様子に、ようやく異常に気付いた氏直お義父さんは必死に話題の方向を変える。

「いや、別に悪いことではありませんよ? その尊い思いを、織田家当主が持っているだけで、どれほどの心を救済するか。……それに、三法師殿が、一人一人兵士達の事を大切な家族として扱っているとの噂は、遠い相模国にまで轟いております。亡くなった兵士達の墓参りを、毎朝欠かしたことが無いことも。その噂を聞いた幻庵様も、"最初に会った時と変わらぬ姿だ"と、嬉しそうに笑っておりましたよ」

「…………えっ? お師匠……が……? 」

 一瞬、思考がクリアになる。先程まで長々と語っていた言葉が、洪水のように流れ込んでいく中で、一つのキーワードが頭の中に響き渡っていく。


 ――師匠が喜んでくれていた。


 俺にとって第二の祖父とも言える存在……それがお師匠。そのお師匠が、俺の行いに喜んでくれていたと聞いた。たったそれだけで、先程までむず痒くなっていた羞恥心が晴れ、胸の奥からじんわりと温もりが溢れてくる。

 それだけ、師匠の存在は俺の中で大きいモノなんだ。


 それ故に、自然と言葉が零れた。

「お師匠は、息災でしょうか? 」

『……………………』

 突然押し黙るお義父さん達。ぞわりとした感覚が、肌を舐める。

 少し……空気が変わった。



***



 神妙な表情を浮かべる二人を見て、思わず最悪の状況を想像してしまい顔を青ざめる。すると、そんな俺の変化に気付いた二人が、慌てて声を発した。

「いや、幻庵様はいつも通り元気ですよ。体調を崩した訳では無いので、御安心くださいませ。ただ……」

 何故か言い淀む氏政お義父さんを、じっと見詰める。

「ただ? 」

 首を傾げながら問いただすと、氏政お義父さんは暫く考え混んだ後に、観念したように話を切り出した。

「近頃の幻庵様は、多忙極まりない生活を送っておられる。傍付きの者に問いただしたところ。幻庵様は、急かされたように何かを調べておられるそうな」

 どこか歯切れの悪い言い回しなのは、情報が確定していないからかな?

「何を調べているかは、想像出来ませんか? 」

「むぅ………………徳川家かと思われます。以前にも、幻庵様は徳川家康の動向に注意を払っておりました。そして、近頃は尾張守様と親しくしているとの情報も入っております。その尾張守様は、現在療養中として年賀の挨拶に来ませんでした。私には、どうもきな臭く感じてならないのです」

「……っ! 」

 その瞬間、背筋が凍りついたような錯覚に陥った。


 稀代の名将足るお師匠が、徳川家康を警戒している。それだけで、俺が成した徳川封じの策が崩れ落ちた事を悟る。

 史実における天下人であり、本能寺の変黒幕候補。数々の後暗い噂を背負いながらも、一切表には出さない化け物じみた精神力。

 俺が、最も警戒していた筈の男が、気付かぬ間に毒牙を研いでいたのかと思うと、恐怖で足がすくみそうになる。

 今、この瞬間にも、俺の首筋に死神の鎌がかかっているように思えた。

「御忠告、平に感謝致します。今後とも宜しく御願い致します」

 深々と頭を下げると、冷たい汗が頬を伝って畳へとシミを作る。やはり、畿内の勢力を手元に残しておくべきだな。不測の事態に、迅速に対応する為に……な。


 しかし、最初から分かっていた事だよ。


 人の上に立つ以上、足場が完全に安心だなんて思ってはいけない事に。




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