22話
天正十一年 一月 安土城
『新年明けましておめでとうございます!!! 』
大広間に轟く号令。日ノ本各地から挨拶に来た大名家の名代達が、一糸乱れぬ礼を尽くしてくれた。誰も彼もが油断ならない眼力を備えており、いっときたりとも気が抜けない。
しかし、こうして上座から見下ろしてみると、本当に多くの者達が集まっている。内訳は、北は伊達家から南は島津家まで、織田家に忠誠を誓う家や親交を深めている家も有るが、一定数は未知数な家もある。
さてと、俺も気を引き締めるとしよう。織田家当主として、初めての年明けだ。昨年の騒動を知らぬ者は、この中に一人もいないだろう。皆が皆、俺を見極めようと目を光らせている。
それは当然のことだ。戦国時代を生き抜くには、何よりも『眼』が大切だ。主君を、同僚を、情勢を見極められない者は長生き出来ない。
織田家と言う日ノ本最大規模の領土を誇る大大名家を、僅か三歳の幼子が継いだのだ。頭を垂れるべきか、反抗するべきか。彼等の中には、その選択肢が浮かんでいるだろう。
ならば、俺も堂々とした態度で歓迎しよう。この日ノ本を統一するに相応しき器だと、彼等に示してみせるのだ。
あの日……涙を流す雪に、俺は誓った。必ず、雪達が幸せに暮らせる世を築くと。親父と十兵衛達が繋いでくれた命を、決して無駄にはしないと。
……そう決めたんだ。
瞼を閉じて、あの日の夜に思いを馳せる。
俺は、死にたかった。
……否、それでは言葉が足りないな。
俺が、代わりに死にたかった。親父が……十兵衛が……大切な人達が死んでいく事に、精神的に参ってしまった。
辛くて辛くて悲しくて。そのうち、何で俺が生き残ってしまったのだろうって思ってしまった。
じいさんが記憶を失わなかったら、家中の者達が不安になる事は無かった。親父が生きていれば、近隣諸国の大名家も次代の天下人と認めて頭を垂れていただろう。十兵衛が生きていれば、もっと的確な政策で何百人と言う民を救っただろう。
親父達ならば、必ず天下泰平の世を築ける。だったら、俺が代わりに死んだら良かったんじゃ無いかって……そんな考えが、ぐるぐると脳裏に渦巻いていた。
だけど、雪は俺を信じるって言ってくれた。俺ならば、俺だから天下泰平の世を築けるって言ってくれた。私達の希望の光だと言ってくれた。
……嬉しかったっ。涙が溢れてきて止まらなかった。俺がやってきたことは、決して無駄では無いんだと言ってくれた事が堪らなく嬉しかったっ!
故に、もう迷わない。理想を追い求め続けると決めた。このまま中途半端に倒れるくらいなら、最後の最後まで足掻き続けると決めたのだ。
雪が……皆が叶って欲しいと願っているのだ。俺ならばやれると信じているのだ。私達も助けになりたいと、共に走ってくれる者達がいるのだ。
信じると言われたならば、それに応えるしか無いではないか! それこそが、俺が出来る最大限の恩返しだ。
俺は、ゆっくりと瞼を開くと、深々と平伏する彼等に優しく声をかける。
「遠方から遥々良く来てくれた。織田家当主として、皆の忠誠を嬉しく思う。さて、今回は余が当主になって初めての新年の宴だ。日ノ本各地から取り寄せた名産物を、最大限に使った歓待の準備を整えている。今日は、羽を伸ばして長旅の疲れを癒してほしい」
『ははっ!!! 有り難き御言葉、恐悦至極にございますっ!!! 』
さて、新生織田家の初仕事だ。外交は、当主としての力を示される機会。俺の培ってきた全ての力を、ここで出し切るんだ。
それが、きっと……天下泰平の世に、また一歩近付くモノだから…………。
宴が始まると、名代の者達がひっきりなしに挨拶に訪れて来た。少し大変ではあったが、これもまた当主としての責務。頑張らなくてはな!
……とは言ったものの、如何せん数が多くてとてもでは無いが一回で覚えられん。名刺すら無いから、家紋で何とか家を判別する他ない。正直、傍に控える五郎左や新五郎がフォローしてくれていても、半数以上はもう顔と名前が一致せん。
新五郎は、"慣れですよ。慣れ"と、涼しげに語っていたが、これは中々難航しそうだ。
そしてもう一つの難点は、挨拶に来るのは名代とは限らないってやつだ。
「近江守様、御初に御目にかかります。伊達左京大夫輝宗と申します。今後とも、どうぞ宜しく御願い致します」
深々と平伏する伊達に、こちらも堂々と応じる。
「うん。権六から良く聞いておる。奥州が比較的平和なのは、左京大夫が大名家の間を取り持っているからだと」
「いえ……そのような事は……」
少し口元が緩んだ事から、悪い気はしていないように見える。
「伊達家とは、これからより一層の親交を深めたいと思うておる。今後も、宜しく頼む」
「ははっ! 」
伊達は、終始腰を低くしながら受け答えしていた。官位は伊達の方が上だが、武力の差は歴然。戦ったら負けると分かっているが故の対応であろう。
……奥州は、情勢に疎く常識が平安時代で止まっていると聞いたが、どうやら伊達家は違うようだ。
共に天下泰平への道を歩む同胞が増えるのであれば、これ以上無い吉報。今後は、更に関わりを深めるのも有りやも知れんな。
そして宴から一夜明け、織田家家中の者達を大広間に集めた。その中には、一国を任されている重臣は勿論のこと、北条家を代表する織田家傘下の大名家、果てには奥州・関東の大名家も参列している。
昨日とは打って変わって、がらりと変えられた参列者達。聡い者達は、一同の顔触れから東日本側が集中的に集められている事を察していた。
「近江守様のぉ〜おな〜りぃ〜」
『はっ!!! 』
小姓が襖を静かに開け、俺を招き入れる。隙間越しに参列者の準備が整っている事を確認すると、ゆったりとした歩調で上座へ向かい座った。
「良い。面を上げよ」
『ははっ!!! 』
参列者達の一糸乱れぬその姿に、一度強く頷くと早速本題を切り出した。
「此度、そなたらを呼び出したのは他でも無い。今後の織田家の方針を共有し、天下泰平への新たな一歩を踏み出した事を知らせる為である」
――即ち、上杉討伐である。




