18話
天正十年 十一月 安土城
御前裁判から二週間程経ち、そろそろ冬の気配が近付いて来た今日この頃。安土城謁見の間では、数十名の公家達が俺の目の前で平伏していた。
その中には、一条内基を筆頭とする公卿の姿も垣間見え、謁見の間には重苦しい空気が漂っている。
「皆様。本日は、良くぞお越しいただきました。織田家当主として、歓迎致します」
「ほっほっほ…………それは、それは……誠に、有難い事でおじゃる」
『ほ…………ほほほほ』
やや表情筋が働いていない公卿を見ながら、笑顔を浮かべて言葉を紡ぐ。
「皆様に至福のひとときを提供すべく、織田家総出で饗応の準備を致しました。どうぞ、ごゆっくり御楽しみくださいませ」
「ほっ…………ほっほっほっほ。じ、実に楽しみでおじゃる。の、のぅ? 」
『え、えぇ……誠に…………』
にこやかに話しかけても、どこか頬を引きつかせる一条内基。周りを見渡しても、皆が皆浮かない顔をしている。
だが、それもその筈。
この所謂一条派閥の者達は、皆が皆、十兵衛を唆し謀反を起こさせた黒幕達だ。そんな彼等が、織田家居城である安土城に集められた。
織田家に悪意を持っている者達が、織田家に招待されて安土城に集められたのだ。ただそれだけで、最悪の事態が目に浮かぶのも致し方無いことだろう。
普段であれば、ここまで公卿が怯えることは無かった。無駄にプライドが高く、裏工作が趣味な公卿であれば、この程度の追求なんてのろりくらりと受け流すものだ。
しかし、状況は一変した。
天下の大罪人明智光秀に与したとして、長宗我部元親が織田家に攻め込まれたのだ。それも、錦の御旗を掲げながら。
……その意味が分からぬ者は、この場には居ないだろう。織田家は、帝より『日ノ本を乱す逆賊を討ち果たすよう』に、勅命を賜っている。一条派閥の者達も…………粛清対象だ。
四国の雄と謳われた長宗我部家が、半刻持たずに敗北。織田家が、錦の御旗を使用。京の町にまことしやかに流れる織田軍襲来の噂。
そのどれもが、公家達の恐怖を煽る結果に繋がった。その結果が、一条内基の関白・左大臣電撃辞任だったのだろう。
織田家に……俺に対して、誠意を見せるつもりなんだろうけど、それは悪手だったな。一条内基が辞任した事で、噂の信憑性が増した。
――織田家は、明智光秀に与した公家を知っており、復讐の機会を探っている……そんな噂が。
「……そろそろ頃合い……か」
ポソッと呟くと、手を二回叩いて小姓を呼ぶ。
『失礼致します』
複数の声が襖越しに聞こえ、ゆっくりと開いていく。一連の流れに、公家達が挙動不審になりながらこちらを注意深く伺っているのが分かる。武装した武士の姿でも想像したのだろう。
だが、その想像はハズレる事になる。
『こ、これはっ!? 』
彼等が目にしたのは、器から溢れんばかりに輝く金銀財宝の数々。数十人の小姓達が抱える器に、公卿も目を離せないでいた。
「殿、失礼致します」
一言断りを入れてから、小姓は俺の横に財宝を置いた。中々重かっただろうに、文句も言わずに従ってくれた小姓に笑顔を見せる。
「ご苦労さま。下がって良いぞ」
「はっ! 」
短く返礼をすると、小姓は足早に去っていく。ゆっくりと閉じる襖の音が響き、謁見の間には静寂が訪れる。
聡い者達は、俺の思惑を探り始め、愚かな者達は財宝を一心不乱に見つめる。皆が皆、様々な感情を胸の中に巡らせる中、俺は金を一つ掴んだ。
「宴の前に、皆様に御提案がございます。……織田家に、皆様を御支援させて頂きたいのです。こちらの金は、その手付金代わりと考えて頂ければ幸いでございます」
『……っ!? 』
俺の提案に、公家達は声の無い悲鳴を上げる。誰も彼もが己の耳を疑う中、俺は満面の笑みを浮かべていた。
呆然としながら俺を見詰める公家達。あの一条内基でさえも、目を見開いて驚きを顕にしている。
公家達の中には、俺の提案を戯言だと感じている者も少なくないだろう。しかし、今ここで戯言だと切り捨てるには、あまりにも軽率過ぎる。
公家達の目の前に広がる金銀財宝は、彼等にとって喉から手が出る程に欲しい物だからだ。
――そこに、付け込む隙がある。
「織田家の天下統一が目前に迫っております。応仁の乱より、百年以上も続いた乱世が終わり、皆が夢見た天下泰平の世が築かれる時が来たのです」
扇を広げながら、しみじみと語る。何度か頷いて感傷に浸っていると、唐突に扇を閉じた。
パチリと、乾いた音が部屋に響く。
「戦が無くそうとするならば、その先を見据えて行動しなくてはなりません。南蛮の技術を取り入れ、この日ノ本を強くする。『富国強兵』を掲げ、南蛮に負けない国にする。それも、国を護る重要な役割でしょう。……ですが、余は更に先を見据える必要があると思っておるのです」
静かに俺の考えを語るも、ほとんどの公家達は理解出来ていないのか、異様なモノを見る目をしている。
そんな中、一条内基は先を促すように口を開く。
「更に先を? 」
「はい。それは、文化でございます。日ノ本が古来より伝承してきた御業。それは、世界に誇るべき日ノ本の財産と言えましょう。武力・技術で南蛮に並ぶ時、戦争の場は政治へと場所を移す事になりましょう。交渉の場によって、その国の価値が決まる時代が来るのです」
『………………』
勢い良く語っていくうちに、誰も彼もが呆然と俺を眺めるようになっていった。海外と交易を重ね、交渉の場に立つなんて想像すらした事の無いだろう。
人は、分からないモノを拒絶するものだ。ただただ俺の話を聞き流すだけ。
故に、思考を放棄する。思考に空白が生まれる。そんな時、ようやく分かる話になると、人は無意識に耳を傾けてしまうのだ。
「皆様が、先祖代々受け継いできた御業こそ、日ノ本が世界に誇るべき宝なのです。余は、その御業を未来への遺産として、保護したいと常々思っておるのですよ」
「……それ故に、支援と言う訳かの? 」
恐る恐る尋ねる声に、満面の笑みで頷く。
「織田家が皆様の後ろ盾となり、皆様の生活や活動を支える。その結果として、皆様の御業を継承するに値する質の良い環境を作れるのです。皆様にとっても、織田家にとっても損は無いでしょう」
「……して、支援とは具体的に…………」
「一人、年千石を用意致します」
『せ、千石っ!? 』
後方より聞こえる問いかけを遮るように、俺は即答する。すると、謁見の間には小さくないざわめきが漂っていく。
俺は、その様子を後目に、横にある器から金を一掴みする。小さな掌から溢れる金を眺めながら、言葉を紡いでいく。
「特級・一級・二級と分け、それぞれ一年更新で御業の質を審議致します。階級によって待遇は変わりますが、審議は公平に行ないます故に御安心くださいませ。勿論、今ここで提案に乗ってくださる御方には特級として、年千石をお約束致します。どうでしょうか? 過去の諍いは水に流し、光り輝く未来を共に歩もうではありませんか!!! 」
両手を広げながら公家達へ訴えかける。
耳が痛くなるほどの静寂が漂う中、一人の公家が立ち上がった。
「ま、麿は近江守殿の提案に乗るぞぃ〜」
典型的な麿化粧に身を包む男に、一同の視線が集中する。そんな男の元へ、小姓が財宝を乗せた器を持って行った。
「こ、これは……」
「良くぞ決心してくださいました。それは、貴方様へお渡し致します。どうぞ、お持ち帰りくださいませ」
「よ、良いのか? 」
狼狽える男に微笑みを返すと、他の公家達からも次々と声が上がっていく。
「ま、麿も乗るぞ! 」
「麿もじゃ! 」
「はっはっはっ! 慌てずとも良いのですよ。皆様の分は、全て用意しておりますから」
結局、その場にいる者達全てが声を上げるのは、そう時間もかからなかった。処刑されると思い顔を青白くさせていたのが嘘のように、一同頬を緩ませながら金銀財宝を眺めている。
そんな彼等を、冷たい眼差しで見詰めながら、誰にも見られないように薄く微笑んだ。
「さぁ、皆様。これより、宴と参りましょう。日ノ本全土より、選りすぐりの品々を御用意致しました。どうぞ、御楽しみくださいませ」
『ほっほっほっ! ほっほっほっ! 』
――あぁ……本当に、愚かな者達だ。
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