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17話

 天正十年 十月 安土城


 涙ながらに下がっていく長宗我部元親を見送っていると、背後から一つの影が寄って来た。

「三法師殿は、相も変わらず人たらしでおじゃるのぅ〜」

「……義父上、見ていたのですね」

「ほっほっほ、朝敵の疑いある長宗我部元親の裁判。ならば、それを見届ける責務があるからのぅ〜」

 口元を上品に隠しながら笑う姿に、こちらも苦笑して返す。まぁ、確かに道理だわな。

「しかし、人たらしとは酷い言い草ですね。それは、そこの(とう)にこそ相応しいでしょう」

「ぶぇっ!? 」

 まさか飛び火するとは思って無かったのか、口からお茶を吹き出して狼狽えている。気管に入ったのか、咳き込む(とう)を左近が慌てて介抱していた。

 全く、のほほんとしているからだ。

「だが、最初から長宗我部を殺すつもりは無かったのでおじゃろぅ? これで、織田家の支配領域は四国全土に及ぶ事になる。結果的に、大友家と毛利家の国境線に、長宗我部家と言う壁を作る事が出来ておる。誠に、此度の件で織田家は絶大な利を得たのぅ〜。まさに、長宗我部家は第二の徳川家と言ったところかのぅ〜」

 そう言うと、義父上はいじらしく笑った。確かに、伊予国は九州征伐・毛利征伐の重要拠点。それ故に、必ず織田家が手に入れなくてはならないと思っていた。


 だが、義父上は少し勘違いしている。

「当初は、長宗我部元親を助命する予定では無かった。所詮、長宗我部征伐は前座に過ぎぬ。アレは、長宗我部元親が掴み取った未来だよ」

 そう。長宗我部元親の処刑は、必ずしも実行しなくてはならないモノでは無い。それ故に、奴を許したのだ。

 そもそも、長宗我部元親が十兵衛に与していない事は分かりきっていた。十兵衛は、親しい者達を巻き込まないようにしていたしな。

「長宗我部元親が小者であるならば、即効処刑して御家取り潰し。自ら首を差し出すならば、嫡男信親に家督を継がせ、土佐一国を任せるつもりであった。しかし、予想に反して見所があった故に、助命した上で本領安堵を許したのだ。愚物に、大領を任せても民が苦しむだけだからな」

「うむうむ。成程のぅ〜」

 したり顔で頷く義父上を後目に、権六に声をかける。権六には、色々面倒な仕事を任せてしまったからな。フォローしておかないとな。

「権六。必要な事とはいえ、中々嫌な役回りをさせてしまってすまなかったな」

「いえ、これも大老としての責務でございます」

「そうか。ありがとう」

「ははっ」

 深々と平伏する権六には、何の不満も感じられなかった。そんな姿が、なんとも言い難い罪悪感を感じさせられる。

 ぶっちゃけると、証拠を集めたのは白百合であり、権六は織田家随一の強面だからあの役に抜擢されたのだ。正直、気分が良いものでは無いだろう。悪いことをしてしまった。


 そんな風に落ち込んでいると、見兼ねた五郎左が俺に笑いかけてくれた。

「ご心配なされますな三法師様。権六は、この日の為に、毎晩一人隠れて取り調べの稽古に励んでいたそうですよ? どうやら、余程楽しみだったみたいですなぁ」

「なっ! 何故それをっ」

 驚愕の表情を浮かべながら立ち上がる権六に、皆の視線が集中する。

「~~~っ! 」

 どこか生暖かい眼差しに晒された権六は、顔を真っ赤にして座り込んでしまった。

『ふっふふ…………はっはっはっ! 』

 そんな権六の滅多に見せない姿に、思わず笑いが溢れる。ふと、五郎左に視線を向けると小さく頷いた。

 どうやら、気を遣わせてしまったようだ。

 全く……誠に、俺には過ぎた家臣だよ。



 暫く皆で笑いあっていると、ようやく権六が再起動した。権六は、どこか恥ずかしげに咳払いをする。

「んんっ! 儂の事はもう良いでしょう。それより、一つ気になった点がございます。長宗我部家の処遇についてでございますが、誠に本領安堵を許しても良かったのでしょうか? 」

「不満か? 」

「いえ、三法師様の決定に不満はございませぬ。しかし、些か見せしめとしても弱く、他国の大名達に付け込まれるのでは無いか……と」

 そう言うと、権六は心配そうに眉をひそめている。未だ、織田家に臣従していない大名家も多くいる為に、これからの事を心配しているのであろう。

 ならば、その不安を取り除くのが主の仕事だ。

「確かに、余の沙汰を甘いと判断する者もいるであろう。だが、逆に考えれば選択肢が増えた事になるのだ」

「選択肢……でございますか? 」

 イマイチ理解出来ていない権六の横で、五郎左が「なるほど」と、呟いた。

「五郎左、何か分かったのか? 」

「うむ。選択肢とは、降伏か抵抗かを敵方に選ばせる事を差しておるのだ。織田家に反抗した者達を皆殺しにすれば、見せしめとしての効果は期待出来る。だが、逆に言えば皆殺しにされるくらいなら最後まで戦おうとするだろう。そうなれば、織田家にとっても被害が大きくなるだけなのだ」

「む……それは、確かにそうだな」

 頷く権六を見て、五郎左は続きを話す。

「しかし、錦の御旗を使って攻略した長宗我部家が、織田家に降伏したにも関わらず本領安堵で許されたとなれば、抵抗では無く降伏を選ぶ者も増えよう。織田家にとっても、被害が減るのならこれ以上無く喜ばしい事であり、外交戦略として降伏勧告を効果的に使うことが出来る。これからの戦いにおいて、一族郎党皆殺しばかりでは無く、降伏勧告も混じえる事によって効率的に天下統一を狙えると、三法師様はお考えなのだ」

「何とっ! 三法師様は、そこまでお考えの上で長宗我部元親を許したのですかっ! 誠に感服致しました! 流石は、三法師様でございますなっ!!! 」

 権六は、膝を叩きながら興奮を顕にしている。そんな権六を見て、他の大老達も頻りに頷いて同意を示していた。

 五郎左もそうだが、おそらく(とう)も俺の狙いを察していただろうな。外交戦略が得意な彼等からすれば、攻略の手札が増える事は何よりも嬉しい事だろう。


 そして、五郎左の言葉に付け加えるようにして、俺も意見を語る。

「長宗我部征伐の狙いは二つ。此度の長宗我部征伐は、言わば布石であった。その一つが、朝廷の掃除である。義父上が、参ったのもそれが本題でございましょう」

 チラリと視線を向けると、義父上が力強く頷く。

「左様でおじゃる。遂に、この時が来た。十兵衛が、その命を懸けて炙り出した膿を掃除する時が来たのでおじゃるっ! 」

『おぉっ!!! 』

 握り拳を掲げながら立ち上がる義父上に、俺達も同様に思いをぶつける。

 あぁ……ここまで長かった。

 本当に……長かった。


 ――借りは、必ず返す。




 数日後、京に激震が走った。


 一条内基、関白・左大臣を辞職。




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