表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/353

13話

 天正十年十月 長宗我部元親 白地城


 翌朝、白地城に向けて織田軍が出陣したと報せが有り、我等も急いで準備に取り掛かった。

 織田軍との戦力差は明白、援軍の無い籠城戦など無意味だ。地形を活かした短期決戦。もはや、それしか勝機は無い。


 戦支度を整えた俺は、三千の手勢の前に立ち槍を空へ掲げる。

「敵は大軍、正面からぶつかっても勝ち目は無い。天下の覇権を狙う織田軍の勢いは、まさに日ノ本最強であろう! 」

『……………………』

 勝機は薄い。その事実を大将自ら認めても、家臣達は怯むこと無く、俺の一言一句を聞き逃すまいとしている。

 その頼もしい姿に、思わず笑みが零れる。

「だが、我等には地の利がある! 幾度の戦場を駆け抜けた頼もしき友がいる! 孟子曰く、『天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず』……天は織田家に有ろうとも、地と人は我等に有り! 我等の勝機はそこに有り! 決して逃すで無いぞっ!!! 」

『御意っ!!! 』

「出陣だぁぁぁああああああああっ!!! 」

『ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおっ!!! 』

 空気を震わせながら一気に山を駆け抜ける。物見の報告によると、織田軍は一刻程でこの山道を通るとの事。

 大軍を展開したまま、山道を進軍することは不可能に近い。必ず、部隊ごとに別れて進む。

 ……そこが、俺達に与えられた勝機だ。陣営を崩している最中に襲われたら、まず初動が遅れる。どれだけ優秀な武将が居ても、軍の大半は農民である故に、咄嗟に対応は出来ない。間違いなく混乱に陥る。大軍ならば尚更だ。

 その一瞬の隙を突いて突撃する。大将首目掛けて、ひたすら突き進む。


 ……分の悪い賭けだ。希望的観測に過ぎない。成功しても、手勢の殆どが死に絶えるだろう。大将首に届かずに終わる可能性が圧倒的に高い。

 だが、やらねばならない。勝たねばならない。光り輝く未来を掴む為にっ!


 薄暗い山道を駆けていると、不意に前方から光が差し込む。出口だ。山道を観察しても目立った足跡は無く、織田軍は未だにここを通っていないことが分かった。

 即ち、この先に居る。人の気配も感じる。想定通り、織田軍が陣営を崩している最中であろうことは明白。

 脳裏を過ぎるその光景に、思わず武者震いをしてしまう。家臣達にも緊張が走っており、俺の合図を今か今かと待ち焦がれている。

 汗ばんだ手を握りながら、震えを抑える。

 ……勝敗は一瞬で決着がつく。俺が勝つか、死ぬか。そのどちらかだ。

 俺が死ねば……十兵衛様の夢は叶わない。愛する家族や家臣達も、皆殺しにされるだろう。

 あぁ……全く。本当に俺ってやつは、守るモノが多過ぎる。



 ――だから、負けられないんだよ。



「行くぞぉぉぉぉおおおおおおおおおっ!!! 」

『ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおっ!!! 』

 おびただしい咆哮を上げながら、我武者羅に突っ走る。目まぐるしく景色が変わる中、不意に眩しい光が俺達を照らす。

 一瞬足が止まりかけるも、無理矢理身体を動かして前へと進む。止まれない。止まったら死ぬ。そんなことは、分かりきっているからだ。


 段々と慣れてくる瞳。白一色だった景色に色が付いていき、鮮明になっていく。

「敵はどこだ……大将首は……」

 そんな事を呟きながら目を凝らすと、ようやく敵勢の姿が視界に映り込んできた。


 ――鉄砲を構える敵勢の姿が……。


「…………えっ」

「放てぇぇぇぇええええええええええ!!! 」


 ――パァーンっ!!!


 乾いた銃声。横からの衝撃に、地面を転がる。視界を塗り尽くす血飛沫。顔にかかった生温かいモノが、俺を現実へと引き戻す。

「弥次兵衛っ!? 」

「と…………の…………に…………げ……」

「しっかりしろっ! 死んではならぬ! 目を開けてくれ! 目を開けるのだ弥次兵衛っ!!! お前には、帰りを待つ者が居るであろう!? こんな……こんなところで……ぅぅ……」

「……と……の……………」

「弥次兵衛ぇぇぇえええええええええっ!!! 」

 そのまま力尽きるように、俺を押し倒す弥次兵衛。顔に降り注ぐ血飛沫が、もう弥次兵衛が助からない事を悟ってしまう。

「何故だ……何故だ何故だ何故だぁぁぁあああっ!!? 伏兵だと……っ!? 馬鹿な……。物見は、一体何をしていたんだ!!! 」

 既に、瞳に光が灯っていない弥次兵衛を抱き締めながら、嗚咽混じりに絶叫をあげる。

 俺が守らねばならぬ若き芽を、未来ある若者を失ってしまった事が、悲しくてたまらなかった。所詮、俺は妄言を吐き散らかすだけなのかと、己の無力さに絶望した。


 それ故にだろうか。やけに、周りがゆっくりと進んでいく感覚に陥った。味方と敵の動きが、不気味な程に詳しく分かる。

 俺の肩を掴みながら、必死な形相で退却する重臣達。死ぬと分かっていながらも、長宗我部家への忠義の為に盾となる若者達。混乱に陥りながら、敵勢に討ち取られる民。

 その全てが、俺の記憶に刻み込まれる。

「に……逃げよぉぉぉぉ!!! 逃げてくれぇぇぇっ!!! 頼むから……頼むから、逃げてくれぇぇぇええええええええっ!!! 」

 無我夢中で伸ばす右手には、何一つとして掴めない。ただただ空を切るばかりで、俺の目の前で死に絶える仲間達を見ている事しか出来ない。


 そして、追い打ちをかけるように、織田軍が掲げる錦の御旗が、長宗我部軍の崩壊を決定づける決め手になった。

 錦の御旗を目にした途端、長曽我部軍に動揺が走った。家臣達も、目に見えて動きが鈍り、戦意を喪失した民は、見るも無惨に討ち取られていく。


 決死の覚悟で挑んだ戦いは、僅か一寸で勝敗がついた。


 ――岡豊城に辿り着いた時。手勢は、百にも満たない数であった。



 この日、俺はある事を知った。

 絶対的な『天』の前では、『地』も『人』も、ただただ淘汰されるだけに過ぎない事を。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 長宗我部元親、まさかの三法師に全て読まれていた。しかも完封負けで、生き残りが100人まで激減。此れは、白旗振るしかありませんね。 トドメの錦の御旗、此れは崩壊しても仕方ありません。天皇に歯向…
2021/03/02 12:14 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ