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11話

 天正十年 九月 安土城


「麿の役目は、帝の思召しを伝えること。即ち、三法師殿の元服と官位についてでおじゃる」

「…………であるか」

 俺の呟きを皮切りに、評定の間には恐ろしい程の静けさが漂う。皆が皆、義父上の言葉を頭の中で精査し、己の考えをまとめているのだ。


 正直、義父上の言葉は、ある程度予想がついていた。織田家当主として、天下人として無位無官のままでは示しがつかないからだ。

 故に、俺が懸念していることは別にある。

「無位無官では、アレを使えないからか? 」

「逆でおじゃる。アレを使わせたい故に、官位を授けたいのでおじゃろう」

「…………であるか」

 真っ直ぐに見つめ合う俺と義父上。互いの真意を探るようにしたのも束の間、数秒後には同時に笑みが零れた。

 義父上は、俺の味方だ。何も探る必要は無いだろう。だと言うのに、自然と義父上の言葉の裏を探ろうとしたのは、普段から他者の真意を探りながら話しを聞いているからだろう。

 全く……嫌な癖が付いたものだ。義父上も、そんな思いを抱いた故に、可笑しくなったのだろう。


 であれば、俺の答えは自ずと出てくる。

 俺は、広げていた扇を閉じ、笑みを浮かべる。

「ならば、是非も無し。有難く、帝の御厚意に甘えるとしよう」

「おぉっ! そうか、そうか! 」

 俺が同意を示したことに、嬉しそうに手を叩きながら声を上げる義父上。そんな興奮した義父上を、俺は困り顔で宥める。

「しかし……少々、悩ましいところもあるのだ。余は、未だに三つ。流石に、元服は早いのでは無いか? 」

「……うむ。確かに、それは麿も引っかかるところでおじゃった」

 頷きながら腕を組む義父上。その少し困っている姿に、俺は五郎左の方を向く。

「五郎左。そなたは、此度の申し出をどう見る? 」

「はっ! 官位につきましては、こちらとしましても喜ばしい限りかと愚考致します。新たな織田家当主として、朝廷が三法師様を認めたと同義である故にございます」

 澱みなく己の見解を述べる五郎左に、義父上も同意するように頷く。皆の視線が集中する中、五郎左は続きを話し始める。

「されど、元服は些か時期尚早かと。乱世において、後継者争いの結果、幼子が家督を継ぐことは有り触れたものでございます。ですが、齢三つで元服するのは早すぎます。せめて、五つ…………否、当初の予定通り十二で元服するのが最善かと」

「……であるか」

 顎に手を添えながら考えていると、左近も話しに加わってきた。

「恐れながら申し上げます。儂も五郎左と同じく、元服は時期尚早かと思われます」

「左近もか」

「はっ! 五郎左の申す通り年齢の問題もございます。ですが、それ以上に領地の問題がございます。尾張国・美濃国・山城国は、三法師様が元服するまで三介様、三七様、新五郎が統治するように取り決めが結ばれております。それ以外にも、元服後を条件に先送りにしてきた案件も多く、ソレ等が浮き彫りになれば、家中にいらぬ不和を招くやもしれませぬ」

『………………』


 左近が話し終わると同時に、評定の間に沈黙が訪れる。権六や義父上と目を合わせようにも、直ぐに視線を逸らされてしまう。

 皆の態度を受けて、思わず溜め息を漏らしてしまった俺は悪くないだろう。実際、俺達の脳裏に浮かぶ考えは同じだ。


 ――いや、無理じゃね?


 誰がどう見ても、俺の元服は悪手だと分かってしまった。官位は欲しい。だけど、元服は駄目。ならばどうするか。それを考えなくてはならない。


「義父上……」

 ボソリと呟くと、ビクッと義父上の肩が揺れる。此度の議題を持ち込んだ者として、多少なりとも責任を感じているのだろう。

「一つお聞きしたい。元服せずとも、官位を賜ることは可能でしょうか? 」

「……っ! そ、それは……」

 俺の問いかけに、目を見開いて驚きを露わにする。そんな義父上から目を離さずにいると、悩みながらも答えてくれた。

「う〜む……公家と武家では、勝手が違うでおじゃろうし、何より前例があるか定かでは無い。そもそも、官位を賜る者は皆が皆元服しておるし、幼子に官位を授けること自体が稀でおじゃる」

 義父上の言葉に「成程な」と頷く。

 そもそも、官位ってのはそう易々と授ける類いのものでは無いのだろう。まぁ……じいさんが褒美として家臣に与えたケースもあるが、それは天下人たる例外だ。


 例外は、そう易々とつくることは出来ない。だが、例外は言ってしまえば前例になるのだ。織田家の為に、例外をつくったと言う前例に。


 そんな考えが脳裏を過ぎると、俺は薄暗い笑みを浮かべて義父上を見た。

「そもそも、一年前に余に官位を授けると言い出したのは、朝廷でございましょう? ならば、元服前に授けても問題は無いのでは? 精々数年の前倒しをするだけでございましょう? 」

「む……むぅ……ぅぅ……」

「此度の件は、例外中の例外。織田家の現状を考慮すれば、朝廷内でも配慮の余地は有ると思われる御方も居りましょう。今、織田家が滅びれば乱世に逆戻り。また、多くの民が理不尽に命を落とす事になります。それは、朝廷の……帝の思うところではございませんでしょう? 」

「う……それは……」


 段々と外堀を埋めていくと、目に見えて義父上は狼狽えていく。これも駆け引き、味方とはいえ交渉中は別物です。

 だって、前太政大臣として話を切り出したのは、義父上の方だからね。俺も、織田家当主として対応しなくては失礼だよな。


 そんな風に自分の中で納得すると、トドメの一撃を義父上にぶち込む。

「それに、織田家に貸しが出来ると思えば、他の公卿様も納得されましょう」

「………………朝廷は、麿が何とかしよう」

 ガックリと項垂れる義父上に対して、俺は満面の笑みで応えた。

「では、前太政大臣様。よしなに御願い致します」



 この時、藤吉郎は「三法師様の笑顔が、悪巧みを思いついた時の上様と瓜二つだった」と、内心戦慄していたそうな。



 天正十年九月二十日。

 三法師が、従五位上近江守に叙位・任官した。

 同時に、元服後に正五位下左近衛少将に転任する事が、取り決められた。


 天正十年九月二十八日。

 長曽我部家が伊予国を攻略。約四ヶ月に及ぶ戦いに終止符を打った。長曽我部家の悲願である四国統一に、王手をかけたのである。

 まさに、長曽我部氏の最盛期と言っても過言では無く、家中の者達が総出で宴を楽しむ中、一通の文が長曽我部家に届けられた。


 ――織田家からの宣戦布告である。



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