4話
天正十年 七月 安土城
織田家を揺るがした大戦から幾ばくか経ち、ようやっと新体制に慣れてきた今日この頃。俺は、大老達とこれからの方針を話し合っていた。
「――以上が、此度の大戦にかかった費用にございます。貯蓄はございますが、些か軽視出来る金額では無いかと存じ上げまする」
「左様ですな。此度の大戦の本質は内乱。故に、得たものが無く失ったモノは計り知れませぬ。毛利家から勝ち取った五カ国も、悪戯に重税を重ねれば一揆を招きかねませぬ」
「……であるか」
五郎左と藤からの報告書を見ながら、一同深い溜め息をつく。
分かっていた事だが、戦は金がかかる。兵を出陣させるにしても、目の玉が飛び出る程出費がかさむし、田畑が焼かれ人が死ねば税も取れん。
とりわけ、新たに獲得した旧明智領は元々織田家の領地なので、実際は織田家の利益になっていないのだ。
大老達も光秀の謀反の真実を知っているが、現在の織田家の懐具合を知っている故に、ついつい溜め息をついてしまうのだ。
「京の動乱は収まりましたが、未だに民の動揺が隠しきれておりませぬ。倒壊した家や、焼け落ちた寺院も多く、川沿いに屯う輩も増えたとか」
「家中の若い者達に見廻りをさせておりますが、些か民の顔が暗いのが目立つようにございます。痩せこけた童の姿も、少々目に止まりますな」
「……であるか」
続く左近と権六の報告に、思わず顔を伏せてしまう。本能寺の変、二条城の戦い。この二つの戦場となった京は、予想以上の被害が出ている。
明智軍は横暴を働かなかったが、混乱に紛れて悪事を働く輩が続出。被害にあった者達を思うだけで、胸が張り裂けそうになる。
当分は、戦を避けて地盤固めを重視すべき……か。
口元に広げていた扇をパチリと閉じると、奥に控えている高丸を傍に寄せる。
「高丸、例のモノを」
「はっ! 」
小走りで近付いて来た高丸は、俺と大老の順に深々と頭を下げた後、懐から紙を取り出して広げて見せる。
その紙には、俺監修の下制作された日本地図が大雑把に描かれている。
急ピッチで作ったわりに、織田家・徳川家・北条家・上杉家・毛利家・長宗我部家などなど……大名家の領地が色で分かれており、中々良い出来だ!
「織田家に連なる全ての大名家が所有する領地において、関所・関税を廃止する。この安土城を支点とし、山陰・山陽、近畿、北陸、東海に繋がる街道を作り物流を活性化させる。それに伴い、道の整備や宿場町を作るのも良いと思う。……皆は、どう思う? 」
すると、織田家の内政に精通している五郎左が、強く頷いて賛成の意を示す。
「上様も、経済の発展には多大な関心を抱いておいででした。楽市楽座、関所の廃止、道の整備……三法師様が上様の事業を引き継ぐ意志を示されたのならば、問題無く事を進められましょう」
五郎左の言葉を皮切りに、大老達も賛同していく。
「しかし、物事には優先順位が不可欠。三法師様は、どう言ったお考えでしょうか? 」
左近がさりげなく疑問を口にすると、俺は勝ち気な笑みを浮かべて答える。
「先ずは、堺と京・京から安土を繋げる街道を整備しようと思う。やはり、人の流れが多い方が効果的じゃからな! そして、その工事に人を雇うのじゃ! 住む場所を、職を失った者達をな! 」
「なっ!? あの素性も分からぬ者達をですか? 」
目を見開いて驚きを隠せない大老達に、俺は身振り手振りに説明を始める。
「経済を回すには、財を貯えるばかりではいかんのだ。上が財を吐き出し、下に使わせてこそ経済は回る! 織田家が主導になり、堺の豪商達にも金を出させる。その金で、浮浪人達を雇うのじゃ! 奴等は、金が無く職も家も失ってしまったから、ああなっておるだけで、こちらが用意すれば立派に務めを果たしてくれよう! 」
「な、なるほど」
「奴等を二班に分け、堺・京間と京・安土間で一斉に街道作りを始める。その工事現場に、大工達を派遣して家を建てさせるのだ。その家に住むのも良し! 宿舎を開くのも良し! 街道を作り終えた頃には、宿場町も出来ている寸法じゃ! 宿が出来れば、童達も丁稚奉公に行けるじゃろて」
「これで、経済が回れば織田家の懐も潤い、浮浪人達も職と家を手に入れ、童達も飢える事も無くなり、浮浪人達がいなくなれば京の治安も良くなる! まさに、一石四鳥の政策じゃ!!! 」
『お、おぉ~』
大老達が、感心したように膝を叩いている。そんな皆の様子に、誇らしげに胸を張る。
師匠から教わった経済学が、ほんの少しだけでも活用出来たかと思うと嬉しくなるな。
「さてと、この案もまだまだ穴はあるじゃろうて。これから、皆で煮詰めていこう! 頼りにしておるぞ? 」
『御意っ!!! 』
それから、皆であーでもないこーでもないと、議論を何時間も交わしていた時、高丸が大慌てで広間に入って来た。
「し、失礼致しますっ!!! う、上様が! 上様がお目覚めになられましたっ!!! 」
『なんじゃとっ!? 』
高丸から告げられた報告に、皆が皆条件反射のように立ち上がる。
「行くぞ皆の者! 高丸、案内せよ!!! 」
『御意っ! 』
一行は、焦る気持ちもそのままに、凄い勢いで廊下を進んで行く。じいさんがやっと目覚めた! 皆が皆、待望していたその報せに、胸を高鳴らせるのは致し方無いこと。
「殿、こちらにございます」
「うむ、ご苦労であった! 」
遂に到着した部屋の襖を開け放ち、勢い良く部屋へと足を踏み入れる。そこには、上半身を起こしたじいさんの姿があった。
「じ、じい様っ!!! 」
待望の再開。目覚めぬその姿に、どれ程心が傷んだか分からない。このまま死んでしまうのでは無いかと、不安で夜も眠れなかった。
――声が聞きたい。話しがしたい。笑顔がみたい。その大きな手で抱き締めて欲しい。
そんなちっぽけでも、熱望していた願い。もう、叶わないんじゃ無いかって、半ば諦めていた願い。
だけど、だけどやっと目覚めた! 大好きなじいさんに、やっと会えたんだ!
しかし、非情にもその願いは叶わなかった。
「……お主は、誰だ? 」




