1話
お待たせ致しました。
第三章開始です。
天正十年 七月 安土城
織田家の家督を継いでから数日後、親父と母さんの葬式が開かれた。仲の良い二人だったから、俺が無理を言って同時に執り行ったのだ。
織田家当主としての初仕事であったが、大老の四人が補佐をしてくれたので、滞りなく式を執り行う事が出来た。
二人の遺体は摠見寺に眠っている。静かで爽やかな風の吹くこの場所で、二人は死後も寄り添っているのだ。
どうか……俺を見守っていて欲しい……。
そして翌日、暖かな日差しに照らされて、俺はゆっくりと瞳を開く。そろそろ夏本番だが、前世の時より涼しく過ごし易い。
湖の近くだからだろうか……。
そんな事を思っていると、妙に身体が暑い事に気付く。気温が高いからでは無く、どちらかと言えば温かいモノに引っ付かれている感覚。
徐々に覚醒していく意識と共に、四肢にしがみつくモノの正体が視界に入ってきた。
「…………茶々、初、江。早う起きよ。もう、朝だぞ? いつまで引っ付いておるのだ? 」
『ん……んん…………もぅ……少し……』
「はぁ…………」
俺の問いかけに、愚図りながら応える三人。頬を擦り寄せてくる茶々を後目に、軽く溜め息をつく。
親父と母さんが亡くなってから、毎日の様に茶々達は俺の傍に居てくれるようになった。それこそ、ご飯を食べる時から寝る時まで……だ。
大老達と会議をしている時は、流石に部屋には入って来ないものの。襖の隙間から覗かせる三人の瞳に、ついついほっこりしてしまう。
……きっと、両親を一度に失った俺の事を、心配してくれているんだと思う。
『大丈夫だよ? 私達が傍に居るよ? 』
そんな風にして、常に俺の傍を付いて回る三人が堪らなくイジらしい。
……だが、それとこれとは話が別だ。
「…………あっ! お市お姉様だぁ『おはようございますっ!!! 』
俺が言い終わるより早く、三人が条件反射のように飛び起きる。普段マイペースな江までもが、瞳をシャッキリさせながら周囲を伺っている。
お市お姉様の教育の賜物であろう。
「おはよう。茶々、初、江」
『……っ! …………おはよう』
三人に対して、してやったりと笑うと、ようやっと騙された事に気付いたのかジト目を向けてくる。
少し顔が赤くなっている事から、内心怒りと羞恥心でいっぱいいっぱいなのだろう。そんな状態でも、きちんと挨拶するところが彼女達の育ちの良さが伺える。
「そんなに怒るでない。中々起きぬそなたらが悪いのだぞ? 」
「分かっておるわそんな事っ! じゃが、起こし方と言うものがあるじゃろうがっ! 」
「怖かったですー」
「……悪趣味」
「ふふっ、ごめんね? 」
茶々達は、頬を膨らませながら不満を口にする。正直、可愛いだけで全然怖くない三人に、思わず頬が緩む。
何気無い穏やかな日常。茶々達と過ごす時間の中で、少しずつ心が癒されていく。俺の中で、三人の存在はかけがえのない宝物になっていたんだ。
そんな事を考えていると、不意に江の右手が頬に触れる。僅か十歳の彼女らしからぬ慈しみに満ちた眼差しが、真っ直ぐに俺を貫いた。
「……心配」
「えっ? 」
「……時々、三法師様の気配が薄くなる。……何処か、遠くへ行ってしまいそう」
「そんな事は……」
後に続く言葉が出てこなかった。彼女の瞳に映る己の顔が、酷く揺れていたから……。
「……無理に笑う必要は無い。……泣きたい時は泣いても良い。……私達は、いなくならないから」
「…………」
江の優しさが胸に染みた。裏表の無い、どこまでも純粋な善意。心から俺の事を思ってくれているのが、痛いほど伝わる。
だからだろうか……。自然と笑みが零れた。
「江……ありがとう。でも、大丈夫だよ? 」
「……本当に? 」
「うん。確かに、辛くて泣きそうになる時はあるけど。支えてくれる江達がいるから……だから、大丈夫っ! どんなに辛くても悲しくても、前を向いて歩くって決めたから! 」
「…………そっか」
そう言って微笑む彼女は、今まで見たどの表情よりも美しく思えた。無愛想に見えて他者の機敏に聡く、迷っている人の背中に寄り添える。
江は、誤解されがちだけど、誰よりも優しい心を持った素晴らしい女の子だ。
そんな彼女の悪いところは、純粋故に言わなくてもいい事を口に出してしまう事だ。
「……それで、いつになったら茶々姉様を嫁に迎えるの? ……元服後? 」
「ぶっふぅぅぅうううっ!!? 」
「姉様!? 大丈夫ですかー!? 」
ゲホッゲホッと、息を詰まらせながら咳き込む茶々を、初が慌てて介抱する。そんな二人を、江は不思議そうに眺めていた。
「……そんな驚くこと? 」
「江っ! 何故、いきなり妾の嫁入りの話しになるのじゃ! 関係無いじゃろうが!? 」
ようやっと息を整えた茶々が、顔を真っ赤に染めて江に詰め寄る。しかし、暖簾に腕押しと言うのか、江は全く気にしていない様子であった。
「……三法師様には、支える人が必要不可欠。……本当の家族になれるくらい、三法師様を愛している茶々姉様が適任」
「な、何故、妾が三法師の嫁にならねばならんのじゃ!? 」
「……だって、茶々姉様は三法師様が好きなんでしょ? ……ずっと傍に居たいんでしょ? 」
「……っ! そ、そんな事はっ」
言葉を詰まらす茶々に、躊躇無く江が詰め寄った。江は、思わずそっぽ向く茶々の頬に手を触れると、無理矢理視線を合わせる。
「……前に、三法師様の家族になりたいって言ってた。……生涯を添い遂げたいって言ってた。……それって、好き以外の何? ……もはや、愛だよね。……それ 」
「……っ! 」
茶々は、顔を伏せたまま微動だにしない。あまりの急展開に、ついていけない俺と初が狼狽えていると、不意に茶々が顔を上げる。
「ち……違うわ阿呆ぉおおおっ!!! 」
身体を震わせながら、茶々は部屋を飛び出して行ってしまった。
「姉様ー!? ちょ、ちょっと江!? 貴女、何でいきなりあんな事を言ったのー!? 二人の事は、生暖かく見守るって決めたよねー!? 」
「……まどろっこしい」
「まどろっこしい!? 」
江は、強引に初を退けると、迷いの無い足並みで俺の元まで来る。
「……行って」
「いや……何を……」
「……行って」
「はい……」
有無を言わさず外を指差す江に、遂に折れてしまった俺は、茶々を探しに部屋を飛び出した。
……茶々の気持ちには気付いていた。
漫画やライトノベルの難聴系主人公や、鈍感系主人公でも無い限り、あんな分かりやすい好意を気付かぬ筈がない。
今まで、有耶無耶にしてきた問題に決着を付ける日が、江の手によってもたらされたのだ。もう、腹を括る他あるまい。
遂に、茶々との関係に決着が!?
茶々は、ヒロインに返り咲けるのか?
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