27話
天正十年 六月 安土城
藤の報告も無事に終わり、いよいよ論功行賞が始まる。旧明智領と、中国地方の五カ国。それと、細川達の処罰が議論の対象であろう。
親父が姿勢を正すと、一同頭を下げる。最初の議題は、細川達の処罰についてだった。
「細川幽斎・筒井順慶・高山右近・中川清秀の四名……此度の処罰を言い渡す故、前に出よ」
『…………はっ! 』
親父の命令に従い、四名が前に出て平伏する。身体を震わせながら沙汰を待つ様子は、紛れもなく罪人そのものだった。
一応、亀山城の戦いで武功は上げたようだが…………果たして、どうなるかな?
「亀山城の戦いにおいて、最前線で奮闘したのは褒めてやる。故に、切腹と御家取り潰しは免除とする」
『ははっ! 有り難き幸せに存じます! 』
四人の顔に希望の火が灯る。言葉の節々からも、御家取り潰しを免除されたことへの、喜びに溢れているようだ。
「貴様等にかけられた明智光秀との共謀は、貴様等の忠義に免じて撤回致そう。だが、織田家の危機を見て見ぬふりをした罪は重い。よって、これより沙汰を下す」
「最初に、細川幽斎。貴様は、息子の忠興に家督を譲り、京の屋敷で隠居とする。貴様には、やってもらう仕事がある。内容は、追って知らせる。それに伴い、丹後国は没収。出雲国へと転封とする」
「ははっ! 」
親父の沙汰に、細川幽斎は深々と平伏する。細川は、今後、京にて公家達の動向を探る事になった。
朝廷に蔓延る蛆共を抹殺する為に、公家達と交流を持つ幽斎に、価値を見出されたからだ。今後の働き次第では、もう一度返り咲く事もあるかもしれない。
「次に、筒井順慶。貴様は、大和国を没収の上、備後国へ転封とする。今後は、藤吉郎の与力として毛利家に備えよ」
「……ははっ! 」
備後国……此度の毛利家との和睦で、藤が勝ち取った領地だ。毛利家との国境線、最前線に立たされる事になる。
石高も大和国の半分程度だし、ハッキリ言ってしまえば左遷だろうな。筒井も、悔しさが滲み出ているようだ。
「そして、高山右近並びに中川清秀。貴様等は、特に罪が重い。居城の直ぐ傍で明智討伐軍が編成していたと言うのに、貴様等は一向に動こうとしなかった。故に、領地没収の上で、藤吉郎の与力とする。城を持つことは許さん。一兵として、その性根を鍛え直せ! 」
『……っ! は、ははっ! 』
悔し涙を浮かべながら、両名は深々と平伏した。
彼等は、これより対毛利戦線の最前線に立たされる事になる。厳しい処置だが、致し方無しだろう。
そして、十兵衛の謀反に関与していた疑いで、勝三郎の屋敷で監視されていた津田七兵衛叔父さんは、美作国を与えられ対毛利戦線へ参加する事になった。
七兵衛叔父さんが、此度の件に関与していない事は明白だったし、有能でもあったから筒井順慶の後の大和国を治める話もあった。
しかし、七兵衛叔父さん自ら西国行きを望んだのだ。あの日……親父に大和国国主就任を求められた時、七兵衛叔父さんは首を横に振りこう続けた。
『火の無いところに煙は立たず、一度疑いの目に晒された某が大和国を治めれば、家中に無用な不和を招く事になるでしょう。某は、西国にて織田家の為に死力を尽くし、皆から認められたく存じます』
『七兵衛…………本当に、良いのか? 』
『全ては、織田家の為に……』
『………………すまんっ』
かくして、七兵衛叔父さんは美作国へと向かった。西国に一門衆の誰かを入れる予定があった故に、話しはスムーズに進んでいった。
七兵衛叔父さんは有能だから、きっと真面目に美作国を統治出来るだろう。けど……少し、悲しかった。
細川達の処遇も決まり、続いて論功行賞に入る。
「此度の大戦において、最も織田家の為に働いた者達は、今この場に居ない。本能寺より、父上を救い出した三法師の忍び桜。二条城より、父上と俺を救い出した忠三郎、勝蔵、久太郎……今尚、療養中のこの者達にこそ、最大限の褒美をもってその忠義を称える」
そこで一度話しを区切ると、重臣達を見渡す。彼等の表情には、何一つ不満な色は無く。皆が皆、親父の評価に納得していた。
「桜には、安土に屋敷を建てる事を許す。家を興し、織田家の末席に加えよう。家名と家紋については、三法師に一任する」
「忠三郎には、和泉国を与える。前和泉国主であった蜂屋が、先日亡くなったばかりだ。民の混乱もあるだろうが、忠三郎ならば民の心を掴めるであろう」
「勝蔵には、丹後国を新たに与える。僅かな手勢でありながら、二条城の戦いにおいて一騎当千の活躍をみせた。これからも、期待しておる」
「久太郎には、河内国を任せる。三好康長が、亀山城攻めで負傷し、療養中だ。その代わりを任せる。康長には、少々無理をさせ過ぎた。回復次第、四国攻めに専念させるつもりだ」
「……四名の処遇は、以上の通りとする」
『御意!!! 』
親父の沙汰に、一同平伏して同意を示す。此度の戦いにおいて、一番の功績を挙げた四名がそれぞれ褒美を賜った。
未だに療養中の彼等も、きっと喜んでくれるだろう。後で……桜の家名を考えないとね。
その後も、武将達への褒美が次々と発表されていく。援軍として駆け付けてくれた又左や左近、それに家康には、金や茶器……馬等が贈られ。安土城にて指揮を執ったお義父さん達にも、多大な謝礼が贈られた。
その中でも、注目すべきは三人。三七叔父さんと、勝三郎に新五郎だ。亀山城攻めにおいて、多大な功績を挙げた三名には、それに見合った褒美が贈られた。
皆が注目する中、三名が前に呼ばれると、親父はいつになく嬉しそうな表情を浮かべていた。
「三七。そなたには、大和国を任せる。今後は、織田姓を名乗り、織田家の重臣として尽力するが良い。…………ようやっと花開いたその才を、父上もさぞや喜んでいようぞ」
「……っ! ははっ! 」
「勝三郎には、摂津国と丹波国を任せる。此度の大戦で、民も動揺しておろう。暫くは、内政に務めるがよい」
「御意! 」
「新五郎には、坂本を任せる。明智が残した坂本城も、そのまま残っている故。好きに使うと良い。……今後も、三法師を頼むぞ」
「ははっ! 有り難き幸せにございますっ! 」
感涙にむせぶ三名を、皆が皆祝福していた。積年の努力が報われたのだ。これ以上嬉しいことは、ありはしない。
全ての論功行賞も無事に終わり、そろそろ終わりの時が近付いてきた。親父が黙って立ち上がると、一同平伏して言葉を待つ。
「此度の大戦において、他にもその忠義を称えねばならぬ者達がおる。蜂屋達……織田家の為に死んでいった者達の忠義を、俺の出来る限りで報いたい。彼等無くば、父上も俺も死んでいた。……遺族共々、この安土にて生涯面倒を見る。異論は認めんっ!!! 」
『御意っ! 』
「……それでは、今一度黙祷を捧げよう。織田家に忠義を尽くした武士達へ…………黙祷っ!!! 」
『……………………』
親父の号令に従い、各々亡くなった忠臣達へ黙祷を捧げる。蜂屋……村井……蒲生……弥助……蘭丸……十兵衛……織田家の為に、最後まで忠義を尽くした誇り高き武士達よ……どうか、安らかに眠ってほしい。
長かった戦いも終わり、公家や大名達の対応を見据える中…………親父の容態が、急変した。




