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25話

 天正十年 六月 亀岡


 啜り泣く声が三重奏のように、部屋中に響き渡る。織田家の為に生き、織田家の為に死んでいった十兵衛を、ただただ惜しむように……。


 文を握り締めていた俺は、不意にこれからの事が脳裏を横切った。

 遺された明智家の者達は、これからどうなるのだ……。殆どの者達が自害したとは言え、斎藤利三などの重臣達は捕えている。

 まさか……。そう思った俺は、直ちに親父に詰め寄った。彼等の助命を願う為にっ。

「ちちうえ! のこされたあけちのものたちを、どうなさるおつもりでしょうか!? 」

「…………処刑する他あるまい」

「な、なぜですか!? じゅうべえたちは、おだけのために、ちゅうぎをつくして…………」

「分かっておるっ!!! 」

「……っ! 」

 親父の叫びに、思わず身体が強ばる。

「十兵衛が、忠義を貫いた事は百も承知ぞっ! されど、それをどう説明する! どうやって家臣達を納得させる! 暗躍していた九条兼孝も、十兵衛が殺した。残されたのは、この文のみっ。家臣達からすれば、我等は裏切り者の言葉を信じた事になる! それでは、家臣達や諸国の大名達が納得するものかっ」

「そ、そんな…………」

「無念っ! 無念だっ!!! 」

 親父は、悔し涙を浮かべながら、何度も何度も畳を叩いた。その姿だけで、どうしようも無い無念を感じてしまって、俺も涙を流す。

 悔しくて悔しくて堪らないっ!

 俺は、忠臣の覚悟に報いる事も出来ないのかっ!


 己の無力感に苛まれていると、今まで黙っていた近衛が、俺の両手を握り締める。

「十兵衛も、明智家の者達も、皆が皆死ぬ覚悟をしておった。麿も、天女殿のように彼等に生きて欲しいと願った。しかし、『私共の命で、天下泰平の世が築けるのなら、悔いは無い』……そう申しておった…………」

「では……はじめから、しぬつもりで……」

「左様でおじゃろうな。諸悪の根源である朝廷を害せぬのなら、己が悪となり朝廷の膿を殺す。朝敵となった己を、織田家が成敗すれば、織田家は天下の信任を得る。十兵衛は……そこまで、考えたのでおじゃろう。家臣達もそれを良しとし、自ら公開処刑を望んでおった」

「……ぅぅ……ぅぅぅ…………」

 彼等の忠義が、痛いほどに胸に染みた。苦しくて悔しくてっ! 何故、彼等のような善良な人間から死なねばならない!

 蹲る俺の背中を、親父の大きな手が支えた。

「泣くな三法師。十兵衛達の忠義を、我等が無駄にしてどうする。立ち上がって、敵を見据えるのだ。十兵衛に味方した公家を……十兵衛が命をかけて炙り出した膿を排除するっ! それこそが、我等が為すべき事だっ!!! 」

「ちちうえ……」

 親父は、そう言って俺の事を鼓舞してくれた。親父だって悔しいだろうに、本当に強い人だ。


 すると、近衛がもう一枚の紙を取り出した。そこには、多くの名前が記されている。

「左様でおじゃる。ここに、十兵衛が調べ上げた公家の名が記されておじゃる。即ち、九条兼孝と共謀し、天下を乱した大罪人を支援した者達と言えようぞ。これを元に、朝廷を一新するつもりでおじゃるっ!!! 」

 力強く目を見開いた近衛は、姿勢を正して深々と頭を下げてきた。

「麿は、この恩を生涯忘れぬ! 近衛家は、織田家と共に歩む。どうか、天下泰平の世を築き、朝廷を……日ノ本をあるべき姿に戻して欲しい! 麿も、その為ならば幾らでも力を貸すぞよ! 」

「……近衛様、忝のぅございます。共に、良き世を作りましょうぞ! 」

「ぶけは、おだけが。くげは、このえさまが。ともにてをとりあい、てんかたいへいをめざしましょう! 」

「岐阜殿っ! 天女……いや、三法師殿っ! 有り難い! 帝も、必ずや喜んでくださるっ! 」

『天下泰平の為に、お互いに協力致そう!!! 』

 笑顔で手を取り合う三人は、どこまでも真っ直ぐに平和を願っていた。近衛家と織田家が、一つの目標を達成する為に協力し合う。

 日ノ本に激震が走る同盟が、ここに生まれた。



 そして、六月二十四日。明智家家中の者達の、公開処刑が行われた。

 亀山城に居た二百二十七名を、多くの人が見守る中、刑が執行された。皆が皆、後悔の色を見せない晴れやかな表情を浮かべ……死んでいった。


 俺は、それをただ黙って見守る他出来なかった。

 泣いては駄目だ。俺の立場を忘れるな! 家臣達だけでは無い。諸国の大名達が遣わした者達だって、この公開処刑を見に来ているんだ!

 ここで、泣いてしまったら、彼等の忠義を踏みにじる事になってしまうだろうが!


 処刑された明智家家中の者達は、天下を乱した大罪人。それを、帝の勅命を受けた織田家が見事成敗してみせた。


 それこそが、天下の覇権を握る大儀となり、大罪人の味方をした大名や公家を滅ぼす免罪符となる。

 故に、織田家現当主嫡男である俺が、公衆の面前で彼等の死を嘆く訳にはいかないんだっ!


 忘れるな! この光景を!

 忘れるな! この悲劇を!

 忘れるな! 彼等の忠義を!


 彼等の死を、無駄にするなっ!!!

 魂に刻み込め! それこそが、俺の役目だ!


 悔しいよ! 悔しくて堪らないよ! 生きて欲しい善良な人間から、次々と死んでいくこの腐った世の中が、俺は憎くて堪らないっ!

 平和を願う心優しき者達が、何故死なねばならない! 人を平気で食いモノにする悪人達が、何故平気で生き永らえる!

 こんな世の中、間違っている。

 俺が、俺が正すのだ! 乱世を終わらせ、天下泰平の世を築くのだ!


 きっと……それが、俺が転生した意味だ。

 いつも考えていた。何故、俺だったのだろうって。もっと歴史に詳しい人だったら、もっと頭の良い人だったら……俺の手から零れ落ちた命を救えたんじゃ無いのかな……て。

 神様がいるのかなんて、俺には分からない。見たことも無いし、声を聞いたことも無い。だから、俺を選んだ理由も分からなかった。


 だけど、やっと分かったよ。

 俺は、乱世を終わらせる為に転生したんだ。



 翌日、明智光秀並びに斎藤利三並びに明智家重臣達の首が、京にて晒し首にされた。裏切り者の末路を、織田家の熾烈さを、日ノ本に轟かせる事になる。


 それから三日後、毛利家との和睦を成立させた羽柴秀吉が、京へと帰還した。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「本能寺の変の動機」がこのような物だとすると、史実での明智光秀の動きとはどうも食い違いが出て来るような気がするのですが…… これは、主人公が歴史を変えたが故に起きた陰謀劇であり、史実と…
[一言] 三法師様、この世の悪がすべて憎いのでしたら苛烈さも覚えた方が身のためですが、その覚悟はいばらの道以上の困難でしょう。 優しさを趙匡胤とするなら、苛烈さは永楽帝又は朱元璋のバランスが宜しいでし…
2021/01/28 14:54 退会済み
管理
[気になる点] 信長の安否 主人公のこれから [一言] 大殿はどうなってしまうんです?そのあたり気になります。
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