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転生三法師の奮闘記 ~魔王の孫とよばれて〜  作者: 夜月
序章 京都御馬揃え編
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織田信長

 天正九年二月 安土城



 光秀との会談から数日が経ち、いよいよ明日には京へ出発することになった。それ故にだろうか、朝から小姓や侍女達が忙しなく働いている。

 (本当に、朝から良く働くよ。中には、明らかに十歳前後の子供とか居るしね)

 女中の後ろを付き従う子供を指し、俺は背後に控える松へ問いかける。

「松。皆、あのように幼き頃から働くのか? 」

「はっ。家の手伝い程度でしたら、七つ程で始める者も多いかと。蓄えの少ない集落でしたら、さらに幼い童も率先して手伝うものです。あの子らは、察するに家臣方のご子息やご息女かと思われます。その場合、無下に扱われるようなことは起きないでしょう」

「そうなのか? 」

「ええ、繋がりがあります故。所詮、小姓相手と侮り背後関係を調べなかったばかりに、一族郎党没落することもあったそうですよ? 」

「で、であるか」

 や、闇が深過ぎる。これは、深入りしたらヤバいやつだ。話を変えねば!

「……そういえば、松は幾つの頃から修行をしていたのだ? やはり、過酷な鍛錬を繰り返してきたのか? 」

「はっ。我ら里では、乳離れした段階で少しずつ毒耐性の鍛錬を始めます。微弱な痺れ毒を敢えて摂取することで、次第にどのような毒にも耐える強靭な肉体を手に入れることが出来ます。更には、三つになれば親元を離れ師範の元で朝から晩まで修行ですね。山篭り、水練、体術、話術に変装術。勿論、近隣諸国の情勢や計算、読み書きといった座学。休みはありません。情を無くさねば、任務に支障が出ますので」

「…………」

 ウッソだろ、お前。チラッと松の顔を見ても、何か変な事を言ったでしょうか? と言わんばかりに困り顔を見せてくれた。いや、そんな可愛らしくコテンと首を傾げられても、こっちはドン引きだわ。あぁ、これガチのヤツじゃん。

 きっと、今の俺はチベットスナギツネのような顔になっていることだろう。忍者の子供に転生しなくて本当に良かった。



 ***



 そんな、あまりにもえげつない忍者の世界を知り、縁側で黄昏ていると、ひとりの小姓が近付いてきた。

「失礼致します、三法師様。上様がお呼びです」

 爺さんが? 珍しい事もあるもんだな。あまり待たせたら怒られるだろうし、さっさと行きますかね。

「分かった。案内せよ」

「はっ」

 小姓について行くこと数十分。安土城の最上階、天守閣へ辿り着いた。

「三法師様、上様の御許可を得ました。どうぞお通りくださいませ」

「うん、ご苦労さま」

「ははっ」

 小姓が控え、部屋へ入る。そこは、戦国時代とは思えない他とは逸脱した光景が広がっていた。

 なんというか、日本のことを良く知らない外国人が、和風の物を適当に買い集めて自分の部屋に飾った……みたいな感じ? とにかく物が多く、西洋風と和風の物が所狭しと乱雑されており、全く統一感が感じられない。現代人の感覚から言うと、ぶっちゃけダサかった。



 この部屋は、おそらく爺さんの私室なんだろうな。こんなの、他の人から見たら異質だろうし。時代を先取りし過ぎて現代まで飛び越えてるよ。

 ……はぁ。もう、何から突っ込んだら良いんだろうか。畳に置かれた豪華絢爛な椅子。その横に、西洋風の鎧。棚に並べられた木箱、掛け軸、日本刀……の近くに置かれた、やたらデカい地球儀。――いや、そんな事よりめ爺さんの後ろにいる黒人アレなに!? なんでこの時代の日本に黒人いるんだよ! 頼むから、これ以上カオスにしないでくれ!!

 正直、このあまりの惨状に衝動の赴くままに叫びたくなる。そうでなくても、頭を抱えて爺さんのセンスの無さを嘆きたくなるほどだ。

 しかし、爺さんはそんな俺の心の叫びなど知る由もなく、笑顔を浮かべながら懐から小瓶を取り出した。

「うむ、よく来たな三法師。宣教師から、菓子を貰ったのだ。小さく、甘い代物でな。余も、気に入っておるのだ。お前にもやろう。さぁ、もっと近う寄れ」

「……はい」

 手を差し出すと、小瓶から取り出した小さな欠片を乗せた。……まぁ、これくらいなら大丈夫だろう。欠片を口に含み、舌の上で転がす。すると、甘く優しい味わいが口の中いっぱいに広がった。

「これ、は……」

「これはな、金平糖という南蛮の菓子じゃ。砂糖をふんだんに使った一品でのぅ。余も、気に入っておるのだ。どうじゃ、美味かろう? 」

「……はい。とっても」

「そうか、そうか! 」

 久しぶりの砂糖菓子を舌で転がす。爺さんはやたら上機嫌だけど、後ろにいる黒人のせいで話が全く入ってこない。俺の視線は、完全に黒人にロックオン状態だった。



 《誰か、説明してくれ》

 そんな、切実な願いを叫ぶも爺さんは気付かない。

「そういえば、昨日は家臣達と会ったそうだな。皆、三法師を褒めておったぞ。十年、二十年先が楽しみだとな。あの気難しい輩を良くもまぁ……。その歳で人を誑し込むとは。全く、大した童よなぁ。お主も、そうは思わんか。弥助よ」

「ハッ、素晴ラシキ事カト」

「――っ!! 」

(日本語!! もう、我慢出来るか! )

 遂に、我慢の限界に達した俺は、自分から切り出す覚悟を決めた。

「……お爺様、そちらの方は」

「……うむ。そういえば、三法師とは初めてだったな。こやつは、弥助だ。宣教師が連れておったのを貰ったのだ。力も強くてのぅ。与右衛門を一捻りしおったわ」

 カカカッと、笑う爺さん。与右衛門って、確か爺さんお気に入りの相撲取りだって親父が言ってたような? まぁ、その体格なら納得だよ。

 それに、宣教師が……か。嫌な想像をしてしまった。

「初メマシテ、三法師サマ。弥助ト、申シマス」

「う、うむ。三法師である。これから、よろしくの」

「ハハッ、有リ難キオ言葉」

 たどたどしくも、きちんと礼を尽くすその姿に面を食らってしまう。彼からは、無理やりやらされているようには見えなかった。



「弥助は、随分と遠い場所から海を渡って来てな。……うむ、これを見た方が早いか。三法師よ、こちらへおいで。これは地球儀と言ってな。弥助は、ここら辺から来たそうじゃ」

 そういうと、爺さんは俺を抱きかかえて、大きな地球儀の目の前まで運んでくれた。へぇーこんな時代から地球儀ってあったんだな。でも、なんか大陸が歪だし未完成品なのかな?

「十兵衛も五郎左も、コレを全く理解出来なくてな。我等が住んでいるのは、地球という一つの星なのだ。夜空に浮かぶ月と同じようにな。このように丸く、大部分を海が占めておるのだ」

 爺さんは、まるで子供のような笑顔で説明してくれた。まぁ、普通の人には理解出来ないだろうな。俺の時代は、もう地球が丸いのは当たり前の事だから話しについていけるけど、義務教育も受けていない光秀達はちんぷんかんぷんだろう。正直、この時代で理解している爺さんが異常なだけだ。

「クククッ。三法師よ、日ノ本は何処だと思う? 当てられたら褒美をやろう」

 ニヤリと笑う爺さん。うわぁ、大人気ねぇなこの人。絶対分からないって確信してやがる。

 どうやら、織田信長はかなりお茶目な性格をしていたらしい。きっと、間違えても優しく教えてくれるのだろう。簡単に想像出来る。



 だが、残念。俺は、答えを知っている。伸ばした小さく細い指先は、正確に日本列島へと置かれた。

「この小さい島かと」

「……何故、そう思ったのだ? 」

 まさか当てると思わなかったのか、爺さんは目を丸くしている。まぁ、正解を知っているのもあるけど、それ以上に――

「これが日ノ本なら、世界はもっともっと広いということ。その方が、面白いではありませんかっ! 」

「……フ、フハハハハッ!! そうか、面白いかっ! 確かに、そうじゃな。世界は広く、まだまだ余の知らぬことばかりじゃ。そう思うと、胸躍るものよなぁ! 」

 上機嫌に笑う爺さん。そうだよ、 世界は広く謎に満ちている。そう考えた方が絶対に良い。

「そうよのぅ。余も、いつか弥助の故郷を見たいと思うておった。その時は、三法師も連れていってやろう。……あぁ、そうじゃ。褒美として、この地球儀をやろう。大事にするがよい」

「本当に、良いのですか!? お爺様、ありがとうございます! 」

「良い。弥助、後で運んでやれ」

「ハッ」

 まさか、地球儀くれるなんて思わなかった! 間違いなく、国宝クラスの貴重な品だ。後で、親父にも見せてあげよう。部屋に飾って大事にしないとな。



 思わぬプレゼントに諸手を挙げて喜んでいると、爺さんはにこやかに笑って高い高いをしてきた。

「うむうむ、嬉しそうでなによりじゃ。他に、何か欲しい物はあるか? 何でも良いぞ? 」

 聞き方が、完全に孫に甘々なお爺さんである。正直、既に俺の中にあった信長像は完全に砕け散っていた。冷酷非情な第六天魔王など、影も形もありゃしない。なんか、世界中の信長ファンを敵に回した気がするが、これが現実である。

 さて、更に何かくれるという。なら、前々から欲しかった物をお強請りしよう。この先、必ず必要になるから。

「では、大砲が欲しいです! 村上海賊を蹴散らしたという、最強の武器が! 」

 以前、親父は嬉々として爺さんの武勇伝を語ってくれたことがある。なんでも、三年前に荒木村重討伐に行った際、横槍を入れて来た毛利の村上水軍を相手に、爺さんは鉄甲船という船で蹴散らしたらしい。鉄甲船は、特注品で六艇しか無かったけど、石火矢という武器を使用することで毛利の舟を百艇程沈めたんだとか。

 その時、親父は言った。空に響き渡る轟音は、身体の芯から敵兵の心を打ち砕いたと。その瞬間、俺はピンときた。船と轟音。兵力差を覆す火力。これは、間違いなく大砲だと。



 その読みは、正しかった。

「う〜む、たいほう……か。もしや、石火矢の事か? あれなら、鉄甲船にごまんと積んでおる。今度、見せてやろう。何なら岐阜に運んでやるぞ」

「本当ですか! 」

「うむ、約束しよう。……それにしても、石火矢に目をつけるとは中々分かっておるのぅ。あれは、南蛮から取り寄せた技術でな。ゆくゆくは、日ノ本で造れるようにするつもりだ」

「それなら、お金を異国に流さずに済みますね! 」

「!! 」

 なんとなく、前世のコメンテーターの発言を思い出して口にする。すると、爺さんは一瞬驚いたように目を見開き、嬉しそうに目を細めた。

「偶然、か。いやはや、本当に先が楽しみな子じゃな。……三法師よ、お主が元服する頃には余が天下を統一しておるだろう。その時は、共に海を渡って世界を見に行こう。奇妙に、政務を押し付けて……な? 」

「はい! 私も、楽しみです! 」

「であるか! 」

 爺さんは、そう言って優しく頭を撫でてくれた。



 いつか、一緒に世界を見に行こう。互いに笑いながら約束したこの日を、生涯忘れる事は無いだろう。心のどこかでそれは叶うことは無いと知りながらも、俺はいつか共に海を渡りたいと願わざるを得なかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 爺さんと更に仲良くなれた事は良かった。 [気になる点] ただ、この愛すべき信長爺さんともしかしたら、もしかしなくても謀反で二度と会えなくなってしまうかもしれないという恐ろしい結末が迫って来…
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